そうした時に知り合いの映画監督から、「自主制作映画なら、シネマ・ロサでやれ!」と勧められ、自主制作映画業界ではちょっとした有名人だった業務委託氏に連絡をとり今度は、「シネマ・ロサ」で始めることにしたのだった。

「『カメラを止めるな!』は一度切りの奇跡、奇跡は二度おきないとずいぶんいろんな人に言われました。でも、一年前の京都国際映画祭で『侍タイムスリッパー』を初上映した時の反応が、『カメラを止めるな!』のようだったので、手応えは感じていたんです」(安田監督)

 実は『侍タイムスリッパー』は、公開二日目の8月18日に大手配給会社GAGAの社員が見に来ている。そして東宝や松竹の人間も最初の客の中にはいたのだった。

『カメラを止めるな!』の成功は、大手にとって「シネマ・ロサ」を拡大公開のための青田買いの場にしていたのである。

 自主制作映画の場合、映画館にお金を払ってようやくかけてもらうというのが普通だ。そしてそうしたことを専門にするあやしげな配給会社もある。安田監督は、そうしたところではない、東宝と松竹とまず話をして、TOHOシネマズや松竹マルチプレックスシアターズで46館の公開をまず自分で決めたのちに、GAGAからの営業マンにあった。そしてそれらをあわせて全国100館以上の拡大公開を発表したのが、9月13日ということになる。

 小よく大を制す。

「池袋シネマ・ロサ」の自主制作映画公開には舞台挨拶がつきものだ。これは『カメラを止めるな!』からの伝統で、「会いにいける映画監督と役者」なのだ。

 10月14日の舞台挨拶の回のチケットは、オンラインで発売開始数分で売り切れた。当日顔をみせた観客の中にはもう24回この映画をみたという人もいた。

 舞台挨拶は、ずっと下積みの道を歩いてきた役者や監督が、時にこらえきれず涙を流しながら、観客への感謝を伝えるもので、こちらの涙腺も緩んだ。

 さて、その安田監督に、次は、自主制作映画ではなく、制作委員会をつくってもっと大きな予算の映画を撮れるのではないか、と聞くとこんな答えが。

「そうした映画だと、売れている役者さんを使い、いろんなスポンサーがつき、大きな絵が撮れるのかもしれませんね。でも、だからこその制約もいろいろあるでしょう。自分は、自分がすべて好きにつくりあげていく自主制作映画があっているんですよ。そうした話もありませんしね」

 まだ、ない、ということなのかもしれない。

AERA 2024年11月4日号