6刷まで版を重ね、電子版も合わせ3.4万部の売れ行きを見せている『あの人はなぜ、東大卒に勝てるのか ― 論理思考のシンプルな本質』。
ダイヤモンド・オンラインの好評連載「混沌社会を生き抜くためのインテリジェンス」でもおなじみの「スズカン」こと鈴木寛・文部科学大臣補佐官との対談。
「灘中→灘高→東大法学部」の先輩・後輩である2人のトークは「思考力の磨き方」としての「書く習慣」「教える習慣」…さらには「笑いや演劇」へと展開していく。
(構成 高関進/写真 宇佐見利明/聞き手 藤田悠)
●人間から思考力を奪うには「選択式」「マークシート方式」が一番
――ここまで、「考える野蛮人」がロールモデルだという灘中・灘高の教育のお話、あまりに瑣末な知識を問う難問・奇問を入試に出す大学の問題などについて、いろいろとお話をお伺いしてきました。
そこから抜け出すために、個人レベルで、また、教育の現場レベルでは、どのような取り組みが必要でしょうか?
鈴木寛(以下、鈴木):「考える」より「学ぶ・覚える」が中心になった元凶は、1979年に導入されたマークシート方式だと考えています。人間から思考力を奪いたければマークシートが一番ですね。それがだんだん普及していって、1990年にセンター試験になって、私大も参画して……今日に至るというわけですね。
津田久資(以下、津田):「文章を書けない人」でも大学に入れるようになった、と。
鈴木:ええ、その頃から日本人は考えなくなったんじゃないかと私は思っています。やはり記述式の試験というのは、相当な知的エネルギーを要します。「ものを書く」というのはすごく重要なことなんです。
だから私たちが注力している入試改革のカギは、「どれだけマルチプルチョイス(多肢選択法)の比率を下げて、記述式を増やせるか」なんですよ。
津田:その代わり、採点する側も大変になりますね……。
鈴木:おっしゃるとおり。いまは教員のほうもマークシートとか選択式の環境の中で育ってきていますので、なかなか難しい部分はあります。ただ、これまでこの悪循環を35年続けてきて、「考えない日本人」を量産し続けてきたわけですから、これを改めるのはそう簡単なことではないと思っています。
津田:そのためにはまず「書く」習慣ですよね。いや、ホントに社会人に文章を書かせるとひどいですよ。逆接の接続詞だとか接続助詞が入っているのに、まったく逆接になっていなかったりとか。
鈴木:そう、まずは書くことですよ。文章を書くと、自分の考えのあやふやなところに気づけるし、まさに書き分けられるようになりますから。
高校生にはひたすら文章を書く練習をしてほしいですね。そのためには、もっと学術書をしっかり分量読まなければダメです。クイズ番組みたいな難問・奇問に答えるために勉強するなんてつまらない。
かつての旧制高校の生徒たちのように「デカンショ(デカルト、カント、ショーペンハウアー)」みたいな難解な哲学書をわからなくても読んで友人と議論したり、自分なりの考えを書き留めるといった経験が、15歳から18歳くらいには必要なんですよ。
津田:そうですよね。昔はみんな寮生活でしたから、理系も文系も関係なく同級生や先輩後輩と話をしていた。
鈴木:そう、みんなで議論をしたと思うんですよ。そこでも、やはり基本になるのは「言葉と幾何」です。
津田:そうですね。研修なんかでも「考えるとは書くことだ」と何度も伝えているんですが、一方で「そもそも自分で正しい文章が書けているのか自体が判断できないんです……」という人もいます。なぜそんなことになってしまうかというと、そもそも頭の中に「正しい文章」が入ってないから。
鈴木:読書してないからでしょうね。