だが、子だくさんなだけでは天皇として不合格だ。跡継ぎとは次代の天皇になる存在なのだから、どんなきさきの子でもよいというわけではない。即位の暁には貴族たちの合意を得て円滑に政治を執り行うことができる、そんな子どもをつくらなくてはならない。それはどんな子か。一言で言えば、貴族の中に強力な後見を持つ子どもである。ならば天皇は、第一にそうした跡継ぎをつくれる女性を重んじなくてはならない。個人的な愛情よりも、きさきの実家の権力を優先させることが、当時の天皇の常識だった。

 こうなると、天皇が「よりどりみどり」という訳にもいかないことも、推測がつくだろう。貴族たちは、天皇がしかるべき子どもをつくることを期待している。それはしかるべき家から送り込まれた、しかるべききさきと、しかるべき度合いで夜を過ごすことを期待し、見守っているということだ。摂政(せっしょう)・関白(かんぱく)、大臣、大納言(だいなごん)。天皇はきさきの実家を頭に浮かべ、その地位の順に尊重しなければならない。つまり、その順で愛さなくてはならない。天皇にとって愛や性は天皇個人のものではなかった。最も大切な政治的行為だったのだ。

 こうした当時の常識に照らせば、桐壺帝(きりつぼてい)が「いとやむごとなき際にはあらぬ」更衣(こうい)に没頭したことは、掟破りともいうべき許しがたい事件だった。皇子誕生は政界の権力構造に係わる。実家の繁栄を賭けて入内(じゅだい)したきさきたちが怒るのは当然のこと、「上達部(かんだちめ)、上人(うへびと)」など政官界の上層部が動揺したのも、これが自分たちの権力を揺るがしかねない政治問題だったからだ。

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