隣室の男女の会話、捨てられた手紙。人の秘密に興味津々の女房が、それを漏らすとどうなるか。いわゆる風聞、噂話が、やがて書き留められれば説話となり物語となる。『源氏物語』「帚木(ははきぎ)」巻の冒頭は、いかにも老いた女房らしき人物を語り手に仕立て「これは光源氏様の恋の失敗の暴露話」と始められている。もちろんこれは紫式部の設定した架空の語り手だが、現実においても寝殿造邸宅を舞台に、秘密を知る女房、漏らす女房、語り伝える人々が連鎖して、世間に周知の「世語り」ができてゆく。いわゆるゴシップ、スキャンダルだ。女房とはある意味で、「世語り」の標的である貴人の身辺と世間とをつなぐ、噂のパイプといってもよいかもしれない。だからこそ、貴人たち、特に女主人たちは女房を警戒する。

 その様子は『源氏物語』にも窺える。「帚木(ははきぎ)」巻で、光源氏に抱き上げられ、連れ去られるところを女房・中将(ちゅうじょう)の君に知られてしまった空蝉(うつせみ)は「どう思われたか」と死ぬほどに気をもむ。光源氏も「空蝉」巻で軒端荻(のきばのおぎ)と契った帰り、老女房に見とがめられ、騙しおおせたものの冷や汗を流す。「若紫」巻で、光源氏との一夜の後、藤壺女御(ふじつぼのにょうご)は「世間の語り草になるのでは」と思い乱れ、光源氏を連れ込んだ女房・王命婦(おうみょうぶ)を、以後は遠ざける。対照的に、「若菜下(わかなのげ)」巻で柏木(かしわぎ)に踏み込まれた女三の宮(おんなさんのみや)は、密通を仲介した女房・小侍従(こじじゅう)を、思慮のないことにその後もそばに置く。案の定、不義の子・薫(かおる)はやがて「橋姫(はしひめ)」巻で、この女房の筋から出生の秘密を知ることになる。

 強固な作りのようでいて、住まう者の秘密は守れない寝殿造。腹心の部下のようでいて、時には裏切り口さがない女房たち。平安貴族の、とにかく世間を気にする感覚の一端は、こうした環境によるものと言ってよい。優雅に見える生活だが、実は常に緊張を強いられていたのだ。

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