『死を生きる 訪問診療医がみた709人の生老病死』 小堀鷗一郎 著
朝日新聞出版より発売中
「面白いお医者さんがいるんだけど」と上司から聞いて、取材を開始したのは2017年の夏。そこから、その医師とはもう7年目のお付き合いをさせていただいている。その人の名は、小堀鷗一郎。埼玉の病院を拠点に活動する訪問診療医だ。看取りをも担う先生の現場を密着取材させていただいた記録は、NHK BS1スペシャル「在宅死 〝死に際の医療〟200日の記録」として放送された。それは、制作者である私も想像できない位の反響をいただき後に「人生をしまう時間」というタイトルで映画化もされた。訪問診療医というのは、一軒一軒、患者の家を訪ねて診察をする。10分程度の診察でおわる病院外来とは異なり、患者の生活の場に入り、患者の人生に関わる形で診療を行う。大病院で手術専門の外科医だった小堀先生にとっては、未知の領域であり、いわばアウェイの現場だ。
そもそも東大出身のエリート医師がなぜ地域の在宅患者を診る医師に転身したのか。番組では、先生と患者さんの関係や現場のリアルをドキュメントすることに重点を置いたので、先生自身のプロフィールの変遷や心の内を細かく描くことはなかった。そんなこともあって、今回の『死を生きる』は、小堀先生の人となりをさらに深く知ることが出来る著作とも言える。
この本は、先生自らが綴った2冊目の著書である。
1冊目の『死を生きた人びと』と大きく違うのは、第1章の訪問診療医前史で、自らのことを綴っている点だ。印象的なのは、「孤高の画家」として知られている父・小堀四郎と、祖父・森鷗外が、どのように自分の人生に影響しているかを語っている点だ。小堀四郎は、藤島武二の一番弟子でありながらフランスで修業後、帝国美術院改組に伴う画壇の混乱に失望。恩師の助言に従い、画壇にも属さず、一枚も絵を売らず、ただ純粋に絵画を描くことのみに集中し表舞台に立つことのない人生を送った。一方、祖父・森鷗外は、日本を代表する作家として活躍しながら、軍医総監という陸軍軍医のトップにまで上りつめた。祖父と父の、対照的な人生。小堀先生は、その中道の生き方を意識的に選んできたのではないか。