これだけ切羽詰まった時代だ。ぬるい道徳や美意識よりも実利や即効性が優先されることを、私は他人事とは思わないし、正面から批判もできない。私だってBreaking Downは熱心に観ている。だが、同時にそうした巨大な「わかりやすさ」の磁石のようなものに自動的に群がってしまう自分や他人にがっかりしているのも事実だ。
私たちの頭の中はかくも、ややこしい。だが、そのややこしさから逃げるな、本書はそう繰り返す。長い長い紙幅を使って、無数の角度から自力の思考を促してくる。当然気持ちのいいだけの読書では済まない。ところが、本書は増刷を繰り返し文庫本にまでなったという。それを、ややこしさに耐えたい民意の現れと読むのは楽観的すぎるだろうか。いや、そのくらいは信じてみたい。「わかりやすさ」の磁力は強い。多分、これからもっと強くなる。だからこそ、そんな磁力から遠く離れた場所で踏ん張りたい。巨大な磁力に抗う、最後の砂鉄になりたい。そのささやかなたくましさを諦めないでいたい。そんな風に思う。