以下、2023年を賑わせたYouTuberによる私人逮捕問題をうけての私自身の発言。「いやあ、でもこれはさ、“ジャスティスポルノ”っていう現象だと思うんだよね。フードポルノ、感動ポルノ、エモポルノとかと並ぶ新しい概念“ジャスティスポルノ”だよ!」。よほど気に入った語呂なのだろう、執拗に新概念の提示を試みている。さらに、氏はこう続ける。「この“ジャスティスポルノ”ってのはさ、極めて今日的な問題だと思うんだよね、だからさ、これを流行語大賞にしちゃえばいいんですよ!」。これ、マジですよ? どう考えても、武田氏の指摘する警戒すべき人間は私自身なのである。

 納得と懺悔(ざんげ)の交互浴。本書は、我々にそんな読書態度を要求する。いや正確には、武田氏は要求などしていないのだろうが、我々の心が勝手に応答してしまう。だから、本書を通して「わかりやすさ」偏重社会に対する憤りの溜飲を下げているだけだとしたら、その従順さこそが最も危うい。「4回泣けます」の誘導に対して「4回泣」いてしまう観賞者よろしく、武田語録に「わかるわかる」と納得するだけの読者は歓迎されていない。

 社会はわかりやすさ支持派とわかりにくさ支持派に二分されているわけではなく、状況や気分でそんなものはすぐに混ざり合う。池上彰のわかりやすい解説は好きだが、林修のソレはしたり顔で鼻につく、なんて感想はいくらでもあり得るのだ。重要なのは、そのこじれた心の内訳を自分の頭で考え続けることだろう。「私たちは複雑な状態に耐えなければならない」(「おわりに」より)と武田氏は結んでいるが、私はそこに、以上のような含意をみる。

 本稿執筆にあたり、コロナ禍以来の再読となった。当時と比べても、「わかりやすさ」は今、ものすごいスピードで社会の隅々に侵食してきているという所感をもった。論破が遊びの道具に変わり、わかりやすい喧嘩の構図が定番フォーマットになり、映画はネタバレを読んでから観る若者が4割を超えたという。

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