1年夏の甲子園で好リリーフを見せ、“江川2世”と呼ばれたのが、宇都宮学園時代の泉正義だ。
中学時代は瀬谷シニアのエースとして全国大会Vの実績を持つ泉は、1年夏の栃木県大会で、伸びのある速球を武器に連日リリーフ登板。決勝の葛生戦では7回から延長13回までロングリリーフで踏ん張り、サヨナラタイムリーの片岡保幸(易之、治大)とともにチームを甲子園に導いた。
甲子園の1回戦、丸亀戦でも、泉は7回から3イニングを4奪三振無失点に抑え、最速142キロをマーク。“スーパー1年生”と注目された。
だが、その後は右肘を痛めて投げられない日々が続き、一時チームからも離れた。そして、02年の最後の夏、「やっぱり野球しかない」と再起を誓った泉は、最速150キロを計測したが、県大会3回戦で今度は肩を痛めてしまう。痛み止めを服用しながらの悲壮な投球も、決勝の小山西戦で限界に達し、無念の7回途中降板。チームもサヨナラ負けした。
「ケガさえ治ればイケる」の思いも、ドラフト4巡目でヤクルト入団後も、肩は手術を経ても回復せず、3年間2軍での登板もないまま戦力外になった。
当時筆者の取材に対し、「肩が治れば、また野球に挑戦したい」と語っていた21歳の江川2世は、その後、少年野球の指導者になった。(文・久保田龍雄)
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。