私も、喋り言葉は、自分自身が稚拙であるという苦手意識があるからか、そこまで気にならないのですが、文章の言葉が陳腐だったり、退屈だったりすると、この男を好きになる気がしない、と思ってしまいます。それなりにイラつく表現のないテキストに出合うことはそんなに難しくないかもしれませんが、まぁこれくらいならいいかな、という感じで妥協して実際に本人と対峙したのでは、その人の本来的な魅力にはなかなか気づかないでしょうから、テキストで関係を深めるのではない形で、自分の理想を壊してくれるような出会いに期待するのがいいかもしれません。

 少なくとも、こういう言葉を使わない人、こういう態度を取らない人、という自分の理想像にあてはめてみて破棄する、という作業を繰り返している間は、自分の理想と違う、しかし自分の想像を超えるような魅力的な人とは、出会わないか、出会っても気づかない気がします。

 むしろ何か別の理由でたまたま隣に座らざるを得ない状況になった女性が、あなたの嫌いな表現がすべて入ったテキストを送り付けてきたのに、なぜかそれに返信してしまうような、狭量もこだわりもすべてぶっ飛ばしてくれるような存在になる可能性もあります。許しがたいことを受け入れるのは仕事上は必要だったとしても、恋愛では徐々に器を大きくしていく努力よりも、自分のこだわりが壊れる瞬間を大切にしてほしい気がします。

 ちなみにフライパンで人を殴ったり、親にAVを送り付けたり、他の男に色目を使ったと言って嫌がらせを開始したりする男たちは、自分の中の理想の男性像を壊していくという点では役に立ちましたが、別に感謝はしていないですし、許しがたいことは許しがたいまま、ということももちろんあります。

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鈴木涼美

鈴木涼美

1983年、東京都生まれ。慶應義塾大学在学中にAV女優としてデビューし、キャバクラなどで働きつつ、東京大学大学院修士課程を修了。日本経済新聞社で5年半勤務した後、フリーの文筆家に転身。恋愛コラムやエッセイなど活躍の幅を広げる中、小説第一作の『ギフテッド』、第二作の『グレイスレス』は、芥川賞候補に選出された。著書に、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』『非・絶滅男女図鑑 男はホントに話を聞かないし、女も頑固に地図は読まない』など。近著は、源氏物語を題材にした小説『YUKARI』

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