大納言の君は紫式部とは同僚で、親友とも言っていい仲だった。次は、彼女が紫式部に詠んだ和歌である。土御門殿で、道長主催の大規模な法会(ほうえ)が一カ月にわたって営まれた時のことである。公卿を始め上流貴族たちのほとんどすべてが参加し、その数は僧・俗を含めて百四十三人にものぼった(『御堂関白記』寛弘五年五月五日)。夜には庭にかがり火が焚かれ、燈明と光り合って昼以上の明るさとなった。そんななか、大納言の君はふと紫式部に思いを漏らしたのである。

澄める池の 底まで照らす かがり火に まばゆきまでも うきわが身かな

(澄んだ池の底まで照らすかがり火は、道長殿の栄華をあらわすまぶしいもの。でも私の身は、その光に照らされて、恥ずかしいまでにつらいのです)

(『紫式部集』「日記歌」一一七番)

 いかに道長が栄華を極めようとも、召人である大納言の君の現実は、決して幸せなものではなかった。紫式部は傍にいて、じかにその苦衷に寄り添ったのだった。

[AERA最新号はこちら]