砂崎 私はずっと、自分だけの孤独な楽しみでいいと思っていたんですけど、研究や仕事で海外に目を向けるようになってから、源氏物語に助けられた。例えば人種差別されて見下されても、そういうあなたたちの祖先はあんなすごい文学が書けた?と心の中で思うと落ち着くんですよ。源氏物語に救われたんですよね。

承香院 現代とは倫理観とかまったく違うので、いまの物差しで読んではいけないのですが、それだけに平安にハマってから、多様性の意識が身についたというのもあるかもしれません。

砂崎さんが収集している平安柄の帯のひとつ。平安時代には、帯の呪術的なパワーが信じられていた。恋人と解いた帯に他人が触れると仲が絶えてしまうとされたり。

砂崎 あと平安の楽しみ方は、源氏物語を開けばそこにあります。私は今も机の横に文庫版を積んでいて、日々音読しています。何度読んでも発見があって、自分のそのときの気持ちによっても感じ方が違う。見落としていたことが見えたりしますよね。

承香院 そうそう、先ほどもそんな話をしていたんですよ。衾(ふすま)の話です。海が荒れたときの描写に、「まるで衾を張ったようだった」というのがありまして。

 ――「ふすま」って、いまもある建具の襖のことですか?

砂崎 いや建具の襖は平安時代には障子と呼んでいて……衾という布団があったんです。つまり「海が荒れて、布団を張ったようだった」という意味ですね。で、ある日、ふと思って承光院さまにどういう光景なのかうかがったんですよ。そうしたら、平安の暗い部屋の中では絹の布団の光沢がツヤツヤ光る。稲妻に照らされた海面はそれに似て見えたのでは、と。それが腑に落ちて、紫式部の表現力のすごさを、あらためて感じました。

承香院 そもそも衾の話はマニアの間の一大テーマの一つですからね。

砂崎 衾は長方形の布団じゃなくて、服なんじゃないかという説もありますよね。寝る前に服を着替えたりとか、平安貴族はしていないので……。

……と再び、背中が見えない遠くに行ってしまったお二人。1月6日発売のAERA 1月15日号にも、対談を掲載しています。

(構成 ライター 福光 恵/出版写真部 東川哲也/生活・文化編集部)

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