かつてのインディアナポリス・スターの本社。1993年3月に下山が撮影。スター紙は2014年6月にもっと小さなビルに移動をし、この本社ビルも現在は存在しない。
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 先月、インディアナポリスというアメリカ中西部の都市に本社をおくイーライリリーという製薬会社の研究者たちに取材をする機会を持った。

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「ドナネマブ」というエーザイの「レカネマブ」の次に承認されるアルツハイマー病新薬を開発したグローバルな製薬企業だ。

 インディアナポリスという街は、実は私にとって特別な思い出がある。

 今から30年前のことである。

 当時勤めていた文藝春秋を休職してコロンビア大学のジャーナリズムスクールに留学していた私は、ピューリッツアー賞を前年受賞したにもかかわらず、その調査報道班を解散させてしまったインディアナ州の州紙「インディアナポリス・スター」を卒論のテーマに定め、この中西部の街を駆けずりまわっていた。

 社主家の箱入り娘とUSAトゥデイを発行するガネット社から移籍したビジネスマンがねんごろになって、コストがかかりすぎるからと調査報道班を解散させ、トイレットペーパーの使い方についての通達をだし(一回に何センチだとこれだけ節約できる)、優秀な記者の首を次々に切っていく。

 そうした事実を掘り起こしていたが、しかしその箱入り娘とビジネスマンに直接あてなくてはいけない。

 そんなプレッシャーもあって、必要以上に怯えてその街に私は入ったのだった。インディアナポリス空港について、レンタカーを借りるわけだが、トヨタやニッサンのレンタカーではなく、わざわざGMの車を借りた。こうすることで、少しはその敵愾心が和らぐのではないかとビクビクしながら、その街に入ったのである。

 みかける人はほぼ白人の街で、アジア系の私は異質だったし目立った。

アルツハイマー病研究と調査報道

 イーライリリーは、1876年にイーライ・リリー大佐が創業した会社で、1923年に糖尿病の薬であるインスリンの大量生産に世界で初めて成功した。1920年代にインディアン自治区で起こった連続殺人事件を描いた映画「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」で、出回り始めたこの特効薬が出てくるが、イーライリリーのものだろう。

 一方のインディアナポリス・スターの創刊は、1903年。スター紙では、1970年代から新しい社主のもとで、調査報道が花開いた。

 警察や検察の汚職を、記者が逮捕される嫌がらせをうけながらも明らかにした「警察・検察汚職」シリーズで1975年のピューリッツアー賞を受賞。以来80年代まで調査報道班が、FBIやロビースト、破産法廷など、司法、立法、行政の腐敗を次々に掘り起こし明るみに出すことで、紙名を全国に轟かしていた。

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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