ドナネマブはフェーズ2もフェーズ3も進行を30パーセント近く抑制することを統計学的に証明し、承認申請を果たした。来年には、世界各国で承認をされエーザイの「レカネマブ」と市場での激しい争いをすることになるだろう。

 一方、スター紙を買収したガネットはインターネットにおされて振るわなくなり、私が1993年に訪ねた当時20万部を超える部数を誇っていたスター紙自身も2022年の部数はデジタル有料版をあわせても3万5127部に縮小した。

 私は1993年のその日、スター紙のオフィスで、社主の娘と対峙し、ガネットからきた経営者とつきあっていることも含めてすべての材料をあてた。彼女は動揺し、後に私の担当の教授に、何度も電話をしてきたが、彼女が本当に心配すべきだったのは、スター紙の将来だった。

 イーライリリーが、約8900億円をアルツハイマー病の創薬につぎ込み、幾度も失敗しながらもそれでも諦めなかったのは、アルツハイマー病に治療薬がないからだった。アンメットメディカルニーズを正しい方法で追求していけば「いつかは報われるという信念があった」(デマトス)のだ。

 ジャーナリズムも同じだ。アンメットニーズ、つまりそこでなくては読めない記事を有料で出すこと、それをぶれずに続けていくこと。

 インディアナポリスの二つの企業の物語は、そのことを私たちに伝えている。

 調査報道があったのだ。

 むかし、むかしインディアナポリスで──。

下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。

AERA 2023年12月4日号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。標準療法以降のがんの治療法の開発史『がん征服』(新潮社)が発売になった。元上智大新聞学科非常勤講師。

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