作家・SFプロトタイパー・小野美由紀。この日本で、女が自分らしく生きていくのは至難の業だ。男のようにトップも目指せない。だからといって媚びるのも嫌だ。小野美由紀には、小さなころからどこにも居場所がなかった。世界が自分と折り合わない。気がつくと傷だらけだった。だが、出産し、見方が少し変わった。自分は自分のままで生きていっていいと思える、そんな物語が待っていた。
* * *
《子どもを産む気なんて、ぜーんぜん、なかった。
だってほら、子育てって、ものすごく大変そうだし。仕事だって楽しいし。(中略)
ところがどっこい。
つがいになった途端、入道雲のようにむくむくと湧いてきたのは「子どもを持ちたい」という欲望だった。突然鳴り響くファンファーレのように、あるいは獰猛な獣のように、ある日突然「私、産みたいんだ」という感情がお腹の底から飛び出してきた。》
そんな書き出しで始まる一冊の妊娠出産エッセイが、いま本好きの間でじわじわと話題になっている。本のタイトルは『わっしょい!妊婦』。書いたのは作家の小野美由紀(おのみゆき・37)だ。35歳で10歳年上の夫と結婚した小野が、コロナ禍と重なった自分自身の妊娠から出産までの約1年間を綴(つづ)った。妊娠・出産本というと、一般的にはほのぼの・ほっこりした雰囲気を想像するが、本書の魅力は作家の冷徹な観察眼と、過剰なまでのエネルギー、秀逸なユーモアが並立している点にある。例えば、夫の精子検査の場面はこうだ。
《「いた! 本当に、いた!」
夫は初めてトトロと出会った時のサツキとメイのように、大喜びではしゃぎ回った。私も初めて見る夫の精子の姿に瞠目(どうもく)した。》
また別の日には、出生前診断の受付で突然「ママ」と呼ばれ、心の底から驚く。
《「はい、じゃ、ママ、診察室Dに入ってください」
……マ、ママぁーーーー??!!
フレディ・マーキュリーのように、私は心の中で絶叫した。》