ジャニー喜多川氏の行為は犯罪であり、事務所の対応も批判されるべきです。しかし他方で、同氏の行為は芸能界で広く知られていたとも言われます。つまり、かつては沈黙することがルールで、みなそれにしたがっていたわけです。ところがいまは糾弾することが新しいルールになったので、みなそれにしたがって糾弾し始めている。これでは空気の支配はなにも変わりません。

 多様性の肯定は軋轢の肯定でもあります。多様なひとたちが声を上げれば、当然軋轢も生まれる。そこからこそ訂正する力も生まれてきます。

 みなが声を上げるのはいいですが、それがだれにでも拍手され歓迎されるようになってしまっては、むしろ訂正する力が機能しなくなります。本当に大事なのは、自分と異なった意見をもつ人間を、すぐに理解し包摂しようとするのではなく、理解できないまま「放置」するある種の距離感なのです。その点でいまの日本社会は、まるで小学校の教室のように幼稚な空間になっています。

東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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