ゲストスピーカーに招いた詩人の仲間らと大学の研究室で談笑する伊藤さん。学生たちともフランクに付き合った(写真:本人提供)

 すると、実際にアルバイトをしている学生が「演技過多なぐらい丁寧な言葉遣いで対応しろって教わるんですよ」と明かした。でないと、クレーマーがもっと高圧的になるから、ということらしい。つまり、かしこまりました、はカスハラ(カスタマーハラスメント)から身を守る防御のスキルというわけだ。しかし、「へりくだり過ぎ」な言葉で対応されると主従関係と勘違いする客も出てきて、かえってカスハラを誘発するリスクはないだろうか、と案じてしまう。伊藤さんは「過剰な卑下」がカスハラの負の連鎖につながる恐れも指摘する。

スーパーのレジで圧力

「カスハラをする人も、『かしこまりました』って職場で言わされているかもしれない。その人が自信やプライドを持って発語していればいいですが、そうでない場合、どこかで自尊心が傷ついているはずです。カスハラの負の連鎖を断つためにも、日本全国の人々があと5センチぐらいずつ、自己肯定感を高める必要があります」

 そもそも、「かしこまりました」という言葉にホスピタリティーを感じるかは微妙だ。

「日本人って、相手にへりくだることがホスピタリティーだと勘違いしてません? 『かしこまりました』と言う学生と接していると、人との関わりにおびえているような印象も受けます。それって、ホスピタリティーとは真逆のような気がします」

伊藤さんはアメリカから日本に帰国するたび、空港で同様の違和感を抱いていたという。

「空港の検疫や税関、航空会社のカウンターで接客している日本人の言葉遣いや振る舞いはすごく丁寧ですよね。なのに、どこか突き放されている感じがするんです。ショップの店員も手を前で組んで腰を屈めてすごく低姿勢なんだけど、全く相手の目を見ないで受け答えする人もいます」

「○○させていただきました」という言葉にもひっかかると伊藤さんは言う。

「例えば芸能人が、この番組に出演しましたって言えばいいところを、『出させていただきました』みたいな言い方をよくしますよね。これも過剰な卑下だと感じます」

 いつからこうなったのか。「小学校の頃からずっと、なるべく周囲に合わせ、言われたことには従う、という教育を受けてきました」と話す学生もいたという。伊藤さんはアメリカで日本とは全く異なる教育環境に接してきた。アメリカでは幼少の頃から自分の意見を人前で表現することを尊び、「変わった子」にはその個性を伸ばすよう周囲が後押しする。日米の違いが顕著なのはスーパーのレジでの光景だという。例えば、「あなたが着けているマフラーいいわね」とレジの人に言われた客が、「これ、あの店で買ったのよ」と笑顔で応じる。そんなやりとりがアメリカではごく普通に交わされる。会話が少し長引いても、後ろに並んでいる人たちが不機嫌になることもない。つまり、アメリカでは機械的にマニュアルをこなす接客が「サービス」だとは認識されていない、ということだ。

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