「これは、とても美しい本だと思う。一つ一つの場面が詩のように連なって、全体で一冊の詩集のようになるように、全ページを磨こう」
マキノは、当時を振り返る。
「長田さん傷ついてましたね。まぁ、駆け出しの時には誰もが通る道なんですけど。脚本を書くっていうのは、自分の心の中の、ある種『とっておきの柔らかい部分』を使う行為ですからね。多かれ少なかれ、心の中の、そういう部分を使わないと書けない。だから否定されると、すごく傷つきます。それを乗り越えて、広い世界でやってゆける人になるのか。それとも、もっと小さな親密な場所で、自分の信頼する人たちとだけやってゆくのか。分かれ道でもあったと思います」
のちに「朝ドラ脚本家」の大先輩となるマキノの、こうした視点が、長田をどれだけ励ましたかわからない。長田は「これまでは机上だけで考えていた言葉が、俳優の肉体を通じ演劇空間を駆けめぐりました」と振り返る。演出家の緻密な研磨によって、言葉はみるみる昇華していった。
「劇団四季」「劇団民藝」「PARCOプロデュース」──日本演劇界を牽引(けんいん)する存在からオファーが相次ぐようになった。「劇団四季」代表取締役社長の吉田智誉樹(ちよき・59)は18年、海外翻訳ミュージカルの上演と並行し、オリジナル作品の創作に再び注力するため専門部署を設立した。そこで白羽の矢を立てたのが、長田だった。吉田は振り返る。
「初めて観た『てがみ座』の『対岸の永遠』が、とにかく素晴らしかった。時間が行ったり来たりして、複雑な構造を持っているのに、観客にはちゃんと伝わり、ロジカルに話が進む。台詞は文学的で井上ひさしさんや三島由紀夫さんの香りがする。構成力と文体が見事で、ファンになりました」
20年秋、長田による戯曲でミュージカル「ロボット・イン・ザ・ガーデン」(原作:デボラ・インストール)の上演が実現した。吉田は言う。
「長田さんの書く台詞は、背景にとんでもなく大きなイデアをイメージさせる。以前は、舞台でこそ映える言葉なのかなと思っていましたが、テレビドラマを観て考えを改めました。球が速く勢いが良いのに加え、老獪(ろうかい)なコントロールピッチャーの技まで覚えられた。身体に気を付けてほしい。『あなたは日本演劇界の宝だから』と」
母の言葉が孤独を支えた ラストは必ず光が射す
時計の針を戻す──。
「てがみ座」で舞台美術を担ってきた杉山が、今から十数年前のある日、長田にこう告げた。
「長田さん、牧野富太郎のことを書いてみたら?」
杉山は、その瞬間をはっきり覚えている。