NHK高知放送局の取材光景。高知市内の通りには「らんまん」塗装の路面電車が走り、商店街アーケードには主役・神木隆之介の微笑む旗がたなびく。書店では牧野博士の本が並び、街全体が喜んでいる(撮影/品田裕美)

 物語の秘めた力に圧倒され、小説家になることを決めた長田は早稲田大学第一文学部(当時)の文芸専修に進んだ。ミュージカル研究会の門を叩き、見よう見まねで書いた脚本がいきなり本公演に採用。研究会の「掟(おきて)」として、脚本を書いた学生が演出も担当しなければならない。照明、音響の仕事に就いた先輩のもとに駆け込み、舞台設営の作業を手伝わせてもらった。そんなある日、紀伊國屋ホールで観た舞台に、長田は息をのむ。

「最後のシーンで、言葉が一切なかったんです。なのに、登場人物が何を考えているかが、客席にいながら、手に取るように伝わってきた」

 言葉のない空間に、言葉を響かせていく。舞台の深淵にのめり込んだ瞬間だった。

井上ひさし最後の研修生 言葉に本当の意味を宿す

 卒業後、社会人として生活を送りながら、ミュージカルの脚本執筆に携わり続けた。2007年、日本劇作家協会の「戯曲セミナー」に参加し、受講中に書き記した戯曲が認められ、翌年、劇作家・井上ひさしの個人研修生として選ばれる。

 ある日、劇場にいくと、井上はロビーで物販本にサインしながら、矢継ぎ早に話し始めた。

「この間のあなたの提出作品、あの場面は……」

「ええっ、今ですか?」

 急に始まった井上のアドバイスを、長田は直立不動で聞く。その助言が終わるや、劇場の客席で明かりが落ちるまで、たった今聞いた言葉を書き連ねた。そんな「研修生生活」最後の日、井上がかけた言葉の束が、長田の背中を今も押している。

「今日一日を、あなた自身の心の力で、良い方向に向かわせなさい」

「人が人生で一度だけ言うような、言葉に本当の意味が宿る瞬間を、必ず劇のなかに書き込みなさい」

 研修の2年後、井上は世を去った。長田は、井上の最後の研修生になった。

「戯曲セミナー」の研修が終わる頃、30歳になっていた。焦っていた長田は、東京・王子の小劇場に駆け込んだ。

「演出家もいません。出演者も誰もいません。だけど、1年後にはどうにかします。だから、劇場だけ貸してください!」

 長田は当時の思いを振り返る。

「劇作家には早くなりたいけれど、どうすれば良いのかわからない。自分の作品をプレゼンしなきゃ、と思ったんです。劇場だけは押さえようと」

 目を丸くした小劇場の支配人は、こう告げた。

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