そして、デザイナーベビーとして生まれてくる子どもは意思決定に関与せず、自分以外の誰かの意思によって勝手に操作されることになる。これまでのヒトの生殖プロセスを人為的に変える行為であり、プロセスの一部だけを切り取って操作しても、何の歪みも生じないことを証明するのは困難だ。生命操作が一つのシステムだとすれば、バグが絶対に発生しないシステムは幻想に近い。予想しなかった病気や障害が生じることや、Dこともある。
ゲノム編集技術を未来永劫、完璧に扱い、安全性を永遠に担保できるという発想は、願いの範囲を出ない。
2015年12月に行われたヒトゲノム編集国際サミットで採択された声明では、ヒトの生殖細胞系列へのゲノム編集は、次のような6つの問題をもたらすと指摘している。
1.オフターゲットやモザイクといった技術上の問題
2.遺伝子改変がもたらす有害な結果を予測する困難
3.個人のみならず将来の世代への影響を考える義務
4.人間集団にいったん導入した改変を元に戻すのは困難
5.恒久的エンハンスメントによる差別や強制
6.人間の進化を意図的に変更することについての道徳的・倫理的検討
これらの問題は、技術の進化によって解決できるものもある一方で、人間の思想、倫理、行動については、最良な全体合意、選択がなされるとは限らない。技術だけは立ち止まることなく進化しながら、6つの問題の解決を阻むのは、統一感のない意思、そして理想である。しかも、その意思や理想は、置かれた環境によって流動的である。
人間の価値観は曖昧な上、人間それぞれの価値観には相違があることは一般的に認められている。それゆえ、倫理的問題に対する答えは異なりやすく、異なれば現実的な不一致が生じる。人間の価値観はまとまりがない上に、世の中の事象が複雑で矛盾を多く含むことが、不一致の問題をこじれさせる。不一致の問題は解決し難く、誰かが、どこかの国が、このギャップを悪用できる状態にある。
自然が作った生命を、人間がデザイン、操作する営みは、前代未聞、未知の世界だ。時間と共にデザイン技術は進化し、量子コンピュータ、人工知能の進展などがそれを加速させる。技術的に操作できることと、実際にすることは別次元であり、「できるから」といって、生命をシステム化の領域に移行させた場合の不具合は、取り返しのつかないものとなる。
倫理学者のマイケル・サンデルは、「遺伝子操作は『世界そのもののnature(本性)の根本的な改変』であって、『与えられたもの(the given)』、すなわち思い通りにならない世界のnatureそのものを『激しく罵ろうとする衝動』に基づいている」と述べている。自然な生命を人間がデザインすることは、まさにこれに該当する。
不可能だったことを技術の力で可能にし、生き永らえ、社会を発展させてきた人類にとって、ゲノム編集技術もその延長にあると捉えるかもしれない。しかしながら、生命をデザインする行為は、本当にその延長線上にあるのか。破滅へ導く可能性を排除できるのか。
ゲノムテクノロジーという光が強烈であるほど、強烈な影を作り、科学の二面性のコントラストを強める。全人類が、ゲノムテクノロジーを倫理的に望ましく、理想的に扱うことを期待したいが、その期待を保証する科学的根拠は現時点では見当たらない。
《『人類滅亡2つのシナリオ AIと遺伝子操作が悪用された未来』(朝日新書)では、制度設計の不備が招く「想定しうる最悪な末路」と、その回避策を詳述している》