石川直樹(いしかわ・なおき) 1977年、東京都渋谷区生まれ。写真家。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。人類学、民俗学などの領域に関心を持ち、辺境から都市まであらゆる場所を旅しながら、作品を発表し続けている。2008年『NEW DIMENSION』、『POLAR』で日本写真協会賞新人賞、講談社出版文化賞。2011年『CORONA』で土門拳賞。2020年『EVEREST』、『まれびと』で日本写真協会賞作家賞を受賞。著書に、『最後の冒険家』(開高健ノンフィクション賞)、『地上に星座をつくる』ほか。最新刊に『Kangchenjunga』、『Manaslu 2022 edition』など(撮影/写真映像部・東川哲也)

 写真家の石川直樹さんは2001年5月のエベレスト登頂以来、これまでヒマラヤ・カラコルムにある世界の8000メートル級の山々14座のうち、12座への登頂を果たしてきた。残りはチベットにあるチョ・オユー(8201メートル)とシシャバンマ(8027メートル)。この2座への登頂をめざして9月中に日本を旅立とうとしている。出発前の石川さんに話を聞いた。

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――いよいよ残り2座となりましたが、石川さんはいつ頃から8000メートル級の山々をすべて登ろうと思っていたのですか?

石川 最初は14座を登ろうなんて全然思っていなかったんです。2011年に、世界最高峰のエベレストに二度目の登頂をしたんですが、そのときに「エベレストを周辺の山々から水平に撮影したらどんなふうに見えるんだろう?」と思って、翌年からローツェやマカルーなどに登りにいったんです。でも、ネパールやチベットだけでなくパキスタンにも行くようになり、シェルパの仲間も増えてくると、いつしか「もっといろいろな山を登ってみたい」という気持ちになっていきました。

 14座に登ってみようか、と本格的に考え始めたのは、去年のことでした。2022年4月から5月にネパールへダウラギリ・カンチェンジュンガ遠征、7月にパキスタンへK2・ブロードピーク遠征、9月に再びネパールへマナスル遠征をおこない、5つの山に登頂できたのがきっかけです。連続して登ったわけですが、それは想像されるほど大変ではなく、高所順応した体で続けて行ってしまった方が実は楽な部分もある。「これなら14座も行けるんじゃないか」と思うようになりました。これまで8000メートル峰に登るたびに写真集を作っていて、14冊全部作りたいという思いもありましたし。

 今年の4月にはアンナプルナに登頂し、7月にはナンガ・パルバットとガッシャブルムI峰に登頂しました。最後の遠征から帰国したのは8月初めで、まだ高所順応が体に残っているうちに次の山へ行ってしまったほうがいい。今年で46歳になりましたが、体力が落ちたという実感はほとんどありません。でも5年後、10年後に挑戦できるかというと疑問が残る。だから、今やっておきたいんです。パキスタンで52kgまで減った体重も、その後に食べまくって5kg戻しました(笑)。

 10年くらい前は、一年に一回、多くても春秋二回の遠征で、ベースキャンプに入ってから1カ月ほどかけてじっくりと高所順応していましたけれど、その間に体調が悪化したり、落石や雪崩などで諦めざるを得なかったりもしました。でも、あらかじめ順応さえできていれば、遠征期間を短縮できて、天候待ちの時間も長く取れる。短い方がむしろ安全だとぼくは考えています。最近はこうした登り方を多くの人が実践するようになってきました。人生に1回だけという思いでヒマラヤの山に登っていた時代もあったのに、隔世の感がありますね。

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命懸けで登ってきた先人への敬意