昨年はヒマラヤ6座挑戦の遠征も。体力を維持するためのトレーニングも欠かさない(撮影/写真映像部・東川哲也)

――今回のチョ・オユーとシシャパンマ遠征はどのような日程ですか。

石川 チョ・オユーはチベットとネパール側に分かれていますが、チベット側から登るのが一般的で容易です。シシャパンマはチベット内に位置しています。14座を三つのフェーズに分けるとしたら、ネパールの7座、パキスタンの5座、チベットの2座という感じに大枠で分けられます。ここ数年はコロナもあって許可が出ずになかなかチベットに入れませんでしたが、秋には許可証がほぼ出るだろう、と言われています。まだどうなるかわかりませんが…。

 日本を出国し、まずネパールの首都カトマンズに入って、中国大使館でビザや入境の許可証を取ります。そして、飛行機でチベットのラサに移動。その後は車でチョ・オユーのベースキャンプに行く予定です。行ったことがないので何時間かかるかわからないけれど、チョモランマ(エベレスト)の近くだとしたら丸1日くらいですかね。9月中にチョ・オユーに登り、10月にシシャパンマに行けたらいいなあ、と。そして10月内に帰国したいです。チョ・オユーの頂上付近は饅頭(まんじゅう)みたいになっていて、登攀(とうはん)自体それほど難しくないはず。一方シシャパンマは中央峰と主峰があり、手前の中央峰から主峰への道のりが結構大変だと聞きました。

――これまでの12座も大変むずかしい登山だったと思うのですが、何度も挑戦してきたのでしょうか。

石川 K2は3回目、ナンガ・バルバットは2回目で登頂できました。あとは、ほとんど1回で登れていますので、登頂率はまあまあ高い方でしょう。ただ、マナスルについては2012年に一度登頂したけれど、その後「あれは真の頂上ではなかったんじゃないか」という疑問があって、2022年に登り直しました。距離にしてわずか20〜30mの違いなのですが、最後の稜線(りょうせん)を真っ直ぐに進むことはできず、いったん少し下に降りて、トラバース(横移動)してから登り返さねばなりません。それで40分くらいはかかってしまいます。

――地上を1時間歩くのとはわけが違うでしょうが、そこまで苦労をして登り直す意味があったのですね。

石川 その山の一番高い場所に立とうと、命懸けで登ってきた先人たちへの敬意がありましたからね。特にマナスルは8000メートル峰で唯一日本隊が登頂した山で、1956年の日本山岳会隊の詳細な記録が残されています。また、1974年に日本の女性登山隊がマナスルに登った際は、シェルパに「ここが頂上だよ」と言われたにもかかわらず、それを遮ってまで、その先の真の頂上を目指したという経緯もありました。そうやって、先人たちが頂にこだわってきたのを見ているのに、手前でいいですよね、なんてぼくには言えなかった。現在は、ドローン技術の発達と共に、頂上付近を俯瞰(ふかん)した写真や映像が世に出るようになり、最高点がはっきりと目に見えるようになりましたから、手前のニセ頂上などが、はっきりと「低いな」と思えるようになった。やっぱり一番高い場所に立たなくては登頂とは言えないんじゃないか、という議論がわき起こるのは当然だったんじゃないですか。当たり前のことですが、その山における頂上というものはたった一つしかないわけですから。

 例えば、富士山だったら、頂上火口の周辺のどこかに着けば登頂だと思われている節がありますよね。でも測候所のある標高3776メートルの剣が峰に登らないと本当は登頂とはいえないわけです。それと一緒くたにはできませんが、似たようなことが8000メートル級の山で起きている。特にマナスル、ダウラギリ、アンナプルナなどは頂上を間違えやすいんです。登山史の再考にもつながるトピックなんですが、なかなか慎重に扱わないといけない問題で、難しいですね。

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シェルパが表舞台に出てきた