「撮影を通して、最後にはお互いに抱き合うこともできるようになりました。ただ、このぎこちない母娘の関係はフランスでは理解されにくいんです。友人に話しても『なぜ? ハグし合えば解決するじゃない?』と言われる。でも日本のジャーナリスト、特に女性からは『すごく理解できる』『自分も母との関係に問題を抱えている』と言われることが多いんです。なぜでしょう?」
前出の信田さんはこう分析する。
「日本の母娘問題が西欧に比べて特殊だとしたら、やはり母親が世間をバックにしている、ということじゃないでしょうか。日本では明治時代から『母性』という言葉で母に対する幻想を強化してきました。現実には男性優位、家父長制の社会で抑圧され差別されている女性たちが『母』になったとたんにあがめられる。日本の社会のあらゆるシステムが『母であること』で女性を許すように作動するのです。その世間に支えられた権力で、母は子を支配する。特に同じ女同士である娘は身体的にも共通点が多く、母親からの束縛や嫉妬にさらされやすい」
信田さんのアドバイスを参考に、母娘問題の処方箋をまとめた。高齢化によって母娘問題は長期化している。が、変化の兆しはわずかにある、と信田さんは続ける。
「かつて介護は娘がやるもので親戚や世間の目を気にして施設などに親を入れられない、という空気がありました。でももうそんな時代ではない。親を棄(す)てる、ということは十分ありうる。発想の転換で一度介護をしてみるもよし、ダメだったら施設に入れてもよし。罪悪感を持つ必要などありません。さまざまな選択肢を持つことで、少しは楽になれると思います」
最後に筆者に救いをもたらしてくれた、ある言葉を紹介したい。2015年にフランスで黒人女性が生後15カ月の娘を海辺に置き去りにして殺害した事件の裁判記録をもとに作られた映画「サントメール ある被告」(公開中)。そのクライマックスで弁護士から語られるこの言葉は、自身も母との関係に悩んできたというアリス・ディオップ監督と脚本家が生物学の雑誌記事からヒントを得て、付け加えたものだ。
<女性が妊娠すると、母親の細胞と遺伝子が胎児に移る。これは双方向で行われ、子の細胞も母の脳からつま先まで宿ります。出産を終えても、たとえ出産に至らなくても、子の細胞は維持され、一生残ることもある。その細胞の名は「キメラ」。元は神話のキマイラという怪物です。(中略)母親は娘の痕跡を宿し続け、娘たちは私たちの痕跡を宿します。無限の連鎖なのです>
母娘問題は、遺伝子に刻み込まれた連鎖なのか。そう思って溜飲(りゅういん)を下げつつ、母をもう一度、見つめてみようと思っている。(フリーランス記者・中村千晶)