ツキノワグマを追って50年になる米田(まいた)一彦さんによると、クマは本来、臆病な動物で、人間の存在を察知すると、そっと逃げていくという。
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「クマは森林の動物ですから、森の中にいるときは非常に穏やかな顔をしているんですよ」
米田さんの作品には、夏の小川のせせらぎのなかであおむけになって気持ちよさそうに昼寝をするクマの姿や、森の中に座ってのんびりと毛づくろいする様子が写っており、なんともほほえましい。
一方、狭い穴の中で迷惑そうな目でこちらを見るクマの写真もある。
「これはクマが越冬している穴の中にカメラを持った腕を突っ込んで、ストロボをたいて写した写真です。カシャっと撮った瞬間、ガーッとカメラをかじられた。レンズに装着したフィルターに穴が開いた」と、淡々と語る。
これまでに米田さんが出合ったクマは数えきれない。襲われることも珍しくない。
「一般的な攻撃とは違う、殺人的な攻撃で襲われたのは9回。捕まえるときに麻酔で失敗したとか、越冬穴に入ったら襲ってきたとか」
いずれも重大な事故にならなかったのは、経験によってクマの動きを読めたからだという。
ロボットカメラは嫌い
米田さんは1948年、青森県十和田市で生まれた。秋田大学を卒業後、秋田県庁に就職し、生活環境部自然保護課に配属された。
「50年前、行政も研究者も、クマのことは何も知らなかった。研究は全く揺籃(ようらん)の時期だった。クマの管理といえば駆除がほぼ100%だった。そこで不法な捕殺行為がたくさん行われていた」
米田さんの業務は農作物被害をもたらす野生動物や、希少生物の確認だった。
「その際、写真を撮って確認を行うんですが、それをきっかけに、写真に凝るようになった。『アサヒカメラ』もずいぶん読みましたよ。それで、機材をたくさん買わされた。大迷惑ですよ(笑)」
昭和40~50年代はニホンカモシカによる食害が深刻だった。
「それで撮影したカモシカの写真を何げなく『アサカメ』に送ったら、カラーで大きく掲載された」
米田さんはいわく、「カモシカは明るいところに出てくるから、撮影は簡単なんです」。
「一方、クマの撮影は難しかった。森の中は暗いので、高感度フィルムを使ってもほとんど写らない。なので、クマがやってくる場所にロボットカメラなどを仕掛けて、ストロボをたいて撮るしかなかった」
ロボットカメラというのは、クマがカメラの前を横切ると自動的にシャッターが切れる仕組みだ。
「でも、ロボットカメラは好きじゃない。できるだけ自分の手でシャッターを切りたかった」