広島県、1998年8月。枯れ木にニホンミツバチが巣をつくっているが爪で破壊できず、上から入ろうとしている。ミツバチの蜜はもちろん、クロスズメの幼虫も好物だ(撮影:米田一彦)
広島県、1998年8月。枯れ木にニホンミツバチが巣をつくっているが爪で破壊できず、上から入ろうとしている。ミツバチの蜜はもちろん、クロスズメの幼虫も好物だ(撮影:米田一彦)

 米田さんは森の中に1畳ほどのスペースの小屋を設け、クマが訪れるのをじっと待った。

「クマは来る場所は決まっています。夏は沢で草を食べているし、秋は実のなる木の上にいる。そこにカメラを仕掛けて、クマが来たら遠隔操作でシャッターを切る。昼も夜も、日曜日も。ずっと仕事の延長だった」

「動物写真家とやっていることは変わらないですね」と、筆者が言うと、「へっへっへ」とうれしそうに笑う。

秋田から広島へ

 ちなみに、最近のクマの研究は、クマにGPSを装着して人工衛星で行動を追跡したり、体毛やふんなどから取り出した遺伝子の分析が主流になっている。

 それに対して、米田さんの研究は、山に分け入って、クマはどのようなところで暮らしているのか、「森を見る」と表現する。

「最近の研究者はずいぶん遠くからクマを見ている感じがします。彼らが話すクマの生態は、本当のクマの生き方とは違うような気がしてね」

 86年、米田さん秋田県庁を退職し、90年にフリーのクマの研究者として広島県廿日市に移住した。

「環境省が『西日本のクマの実態は全然わからない。研究者が誰もいない』って、言うんですよ。それで、こっちに引っ越してきた。広島県の一番山奥です」

広島県、2013年7月。若いクマは林内では見晴らしのよい地点から危険なクマがいないかうかがう。ブナ林内でクマを待つのは非常に寒くて私は主に夏に観察する(撮影:米田一彦)
広島県、2013年7月。若いクマは林内では見晴らしのよい地点から危険なクマがいないかうかがう。ブナ林内でクマを待つのは非常に寒くて私は主に夏に観察する(撮影:米田一彦)

 秋田県とは異なり、中国地方に生息するクマは「絶滅のおそれのある地域個体群」に指定されている。

 クマとの共存を訴える米田さんは、農作物被害を防ぐために捕獲したクマを殺さずに山奥に放つ「奥山放獣」を始める一方、これまでと同様、クマの観察や撮影を続けた。

「最近はカメラがデジタルになって、感度がすごく上がったのと、さまざまな画像処理が施せるようになったので、暗くて陰影の強い森の中でもふつうに撮れるようになりました」

秋田で撮り続ける理由

 米田さんは7月18日から東京・新宿のニコンサロンで写真展「クマを追って50年 思い出の40コマ」を開催する。

「写真作家の登竜門と言われるニコンサロンに応募して、通ったわけですから、もう写真家だよね。ははは」

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それでも襲われる