4月14日、京都市交響楽団常任指揮者として初めての演奏が終わり、奏者を称える沖澤。笑顔があふれるデビューコンサートだった。終演後のロビーでも華やいだ人々の会話が続いていた(写真提供・京都市交響楽団)
4月14日、京都市交響楽団常任指揮者として初めての演奏が終わり、奏者を称える沖澤。笑顔があふれるデビューコンサートだった。終演後のロビーでも華やいだ人々の会話が続いていた(写真提供・京都市交響楽団)

■見えていた音の色が妊娠中は見えなくなった

 フランスの作曲家メシアンは音と色の「共感覚」を持っていたことで知られるが、沖澤もそれと同じ感覚の持ち主であるようだった。

 2021年10月、沖澤は初めて名門・京響に呼ばれ、一夜のコンサートを指揮した。フランス音楽のプログラムである。翌22年、京響は思い切った決断を下す。沖澤を広上淳一に続く第14代の常任指揮者として迎えることにしたのである。

 このニュースはクラシック音楽界を超えて広く話題となった。若く、しかも女性。常任指揮者就任にはゲストで招かれる場合とは別格の重みがあった。数年契約で定期演奏会をいくつも指揮し、緊密な関係性の中でオーケストラの音を自分の色に染めていく。世界の音楽界で、「どのオーケストラが誰をシェフに迎えたか」がニュースになるのもそのためである。

 それまで京響は広上のもと、ワーグナーやマーラーなど大編成のドイツ・オーストリア系の音楽を得意としてきた。京響のコンサートマスターの一人、ヴァイオリンの会田莉凡(あいだりぼん・32)は、

「最初のリハーサルの時、沖澤さんは京響がフランス音楽のような繊細なものを演奏する『パレット』があまりないことを瞬時に見抜いたと思うんです。どうやって振るのかなあと思っていたら、振り方もすばらしいし日本語の使い方がとてもうまくて、むずかしい要求でも全員が共感できるように話してくれる。めちゃめちゃ理知的な人です」

 ラヴェルの《ダフニスとクロエ》の中の野性的な曲で「まだ音が上品すぎますね」と指摘したあと、「お風呂に5日間入っていない海賊のイメージで」と言った時は「おお」とどよめきが起きた。初顔合わせのコンサートは大成功。終演後、沖澤の楽屋前にはメンバーの長い列ができた。

「15人はいたと思います。みんな沖澤さんとツーショットを撮りたがったんですけど、『絶対常任(指揮者)になってください!』とも言っていましたね。そうしたら本当に常任になったので、『言ってみるもんだなあ』と思いました」(会田)

 実はこのコンサートの時、沖澤は妊娠後期に入っており、大きなおなかで指揮台に登った。

「妊娠中と出産後半年くらいは調性に色が見えなくなってしまいました。頭もぼーっとしてミスばかり。元に戻れるかどうかとても不安でした。出産後1カ月くらいで仕事に復帰できると思っていたけれどとても無理で、結局2カ月かかりました」

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