指揮者・沖澤のどか。2019年にブザンソン国際指揮者コンクールで第1位となり、沖澤のどかは今、世界的にも注目される指揮者の一人だ。今年4月からは京都市交響楽団の常任指揮者にも就任。忙しい日々だが、常に大事にしているのは自然と家族との時間だ。青森で生まれ、美しい自然の中で育った。体に自然の景色や音がしみ込んでいる。四季の美しさが、沖澤の作る音に溶け出す。
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今年4月14日夕方。京都市左京区にある京都コンサートホールには当日券を買い求める人の長い列ができていた。この日は4月に京都市交響楽団(以下京響)第14代常任指揮者に就任したばかりの沖澤(おきさわ)のどか(36)が登場する「フライデー・ナイト・スペシャル」が開催されるのである。翌日の定期演奏会は既にチケット完売となっていた。
エントランスから大ホールへと向かうゆるやかなスロープの壁には京響代々の常任指揮者の写真が飾られている。渡邉暁雄、山田一雄、小林研一郎ら名指揮者たちの最後に掲げられた沖澤の写真の前で多くの人が足を止め、撮影していた。
沖澤の常任指揮者としてのデビューコンサートとあってロビーには祝いの花がずらりと並び、新しい「シェフ」の誕生を歓迎する興奮した空気が漂う。たくさんの若者の姿が目についた。
ほっそりした身体をタキシードに包んだ沖澤が登場すると、客席から温かな拍手が湧いた。プログラムは休憩なしでモーツァルトの歌劇《魔笛》序曲、メンデルスゾーンの序曲《ルイ・ブラス》と交響曲第4番《イタリア》。小柄な沖澤だが背筋を伸ばし、腕を柔らかに使う指揮ぶりは大きく、ぶれがない。どの曲もホールの隅々まで伸びやかな音が届いた気がした。拍手に応える沖澤も、オーケストラのメンバーも、聴衆も笑顔だった。
コンサートの2日前、沖澤の姿は京響の練習場にあった。彼女のリハーサルは非常に緻密である。じっくりと楽譜を読み込み、指揮そのものはもちろん、言葉でも細部にわたる要求を伝えていく。自分がなぜこの曲を選んだのか、どう演奏したいのか、何を伝えたいのか、ギリギリまでメンバーと共有していこうとする。定期演奏会で演奏するブラームスの交響曲第3番について説明する沖澤の声が、少し離れたところにいた私にも聞こえてきた。「4楽章終結部は桜の花びらが散っていくようにしたい」と説明し、こう付け加えた。
「私には調性が色で見えるんです。たとえばF-Dur(ヘ長調)は桜色、Es-Dur(変ホ長調)はエメラルドグリーンですね」