殺人にも様々なものがある。通り魔殺人や衝動的・偶発的殺人などは、犯人が達成しようとする明確な目的がない場合も多いが、計画的殺人には動機があり、それによって、犯人が実現しようとする目的がある。特に、山上容疑者のような、ただちに逮捕され処罰されることを覚悟し、公然と行われる確信犯的な殺害行為の場合、それによって実現しようとする明確な目的がある。その多くは、被害者側に対する「恨み」である。「恨み」によって確定的殺意を生じ、逮捕覚悟で殺害に及ぶという典型的な殺人事件の場合、殺害に成功すればその「恨み」を晴らすことになる。そうならないよう犯行で受傷した被害者の救命行為が行われるが、そのかいもなく被害者が死亡した場合には、犯人の目的は、完全に達せられることになる。
しかし、そのような殺人犯の犯罪の目的が達成されれば、当然の報いとして「犯罪の結果」に相応する厳正な刑事処分が行われる。刑事裁判が行われて、情状に応じた刑罰を科す判決が下され、その中で、「怨恨による確定的殺意に基づく計画的殺人」に対しては、特に厳しい処罰が行われる。犯人は、死刑に処せられることもあり得るし、長期間、場合によっては一生服役することになる。それによって、犯人の再犯を防ぐだけでなく、同種の犯罪を抑止する「一般予防」も図られるというのが、刑罰権の発動によって犯罪を抑止する国家の基本的作用だ。
それゆえ、恨みによる殺人事件が起き、その結果、犯人の恨みが晴らされ目的が達成されたからと言って、それを契機に、他人に恨みを持つ人間が次々と殺人事件を起こすわけでもないし、ただちに同種の行為、模倣犯が誘発されることにはならない。通常、事件の報道において、怨恨が動機であることの報道が差し控えられることもない。
事件の捜査の中では、そのような動機の要因となった事実が実際にあったのかどうか、動機の裏付け捜査が行われる。公開の法廷で行われる刑事裁判で、その捜査結果が検察官立証の中で公にされる。弁護人にとっても、殺人事件の動機は「重要な情状事実」なので、被疑者・被告人から十分に話を聞いて、弁護人立証を行うことになる。