2022年2月に始まり、1年半が経とうとするウクライナ戦争。世界各国がウクライナへの協力を行うなか、フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏は日本の岸田首相のキーウへの電撃訪問に疑問を呈する。ジャーナリストの池上彰氏との対談をまとめた『問題はロシアより、むしろアメリカだ 第三次世界大戦に突入した世界』(朝日新書)より一部を抜粋、再編集し、紹介する。
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エマニュエル・トッド ここで、ぜひお伝えしておきたいと思っていたことを話したいのですが、私はひじょうに日本が好きで、ずっと関心を持ってきたのですけれども、3月21日に岸田文雄首相がウクライナの首都キーウを訪れましたね。それを見て、私はとても悲しくなったんです。
というのも、この日本という国が、ヨーロッパのこのキーウという地域がヨーロッパ人にとってどういう意味を持つものなのかということを果たしてしっかり理解しているのかどうか、というのが疑問に思えたからなんです。
実はこの地域は、第2次世界大戦のナチス・ドイツ占領下に、ホロコースト(ユダヤ人大虐殺)が起きた地域なわけですね。
多くのユダヤ人が虐殺されたという、悲しい歴史を持つ地域です。ヨーロッパ人の間での戦争というのは、こういった背景がひじょうに関係しているわけです。
そんななかで、ホロコーストとか、ユダヤ人大虐殺とかとは全く関係のない民族がいるとしたら、それは日本人だと私は思います。にもかかわらず、そういった関係のない人々がこのウクライナ戦争に対して介入してきて、あのキーウに来たということを、私はひじょうに不思議な感覚で捉えたわけですね。
そういう意味では、たとえば、広島や長崎といった日本でもとても悲しい歴史、悲惨な歴史を持つような地域に関係のない他国が来て、同盟関係を結ぶ、といったようなことと同じだと思います。何かどこか、不思議な感覚を持って、かつ悲しくなったわけです。