阪神・後藤次男監督も「嘘言え。冗談だろう?」と本気にせず、メンバー表に「4番・柴田」と書かれているのを見ても、「書き間違い以外に考えられないよ」とキツネにつままれたような表情だった。
ところが、この新打線が見事にハマるのだから、野球は何が起きるか本当にわからない。
1回表、高田繁がいきなり先頭打者アーチをかけ、江夏からシーズン初得点を記録すると、土井正三が四球、長嶋が三振のあと、1死一塁で柴田に打席が回ってきた。
「スコアボードを見て初めて知った」という4番起用に戸惑った柴田だったが、開き直ってバットを振ると、なんと、左越えへの貴重な2ラン。初回に一挙3得点の先制パンチが効いて、巨人は4対1で快勝した。
4番の重責をはたした柴田は「ON健在のときに2人に挟まれて4番を打つというのは、悪い気持ちじゃないよ」とニンマリだったが、奇策が通用するのは1回限りがお約束。川上監督は次の中日戦から柴田を5番に下げ、3、4番を再びONに戻した。この結果、柴田は通算1試合で本塁打を打った唯一の4番となった。
ちなみに93年に2試合4番を打った第59代の大久保博元も、4番デビュー戦となった10月2日の広島戦で本塁打を記録している。
ONが揃ってベンチ入りした試合で4番を打ったのが、柳田俊郎(真宏)だ。
74年9月6日の広島戦、連敗中の悪い流れを変えようとした川上監督は、相手の先発を右と予想すると、「捨て身で勝ちにいった」と長嶋をスタメンから外し、3番・王・4番・柳田、5番・淡口憲治と主軸に左打者3人を並べた。
ところが、広島の先発は、まさかの左腕・白石静生だった。「えらいのが出てきたなあ」と完全に意表を突かれた川上監督は、慌てて淡口を柴田に代えたが、4番・柳田はそのまま。
「イースタン(の試合)じゃないですかね」と目を丸くしながら打席に立った柳田は、1打席目は四球、2打席目は安打で出塁したあと、5回2死一、三塁のチャンスで代打・長嶋を送られ、ベンチに下がった。
1試合限定の4番と言うより、巨人の歴代4番91人の中で打率、出塁率ともに10割をマークしたのは、もちろん柳田一人だ。