作品には「秋山の駒桜」のように有名な被写体があれば、まったく無名の風景を写したものもある。

「こういう世界って、遠くに行けば撮れるわけではないですから」と言い、見せてくれた別の写真には松の木が点在する山の斜面にもやが流れている。

「これは福島市内で撮影したものです。誰もカメラを向けることのないごく普通の山。そこにもやが流れると幽玄な世界が展開される。そんなもやが織りなす光景を心の中に描いておいて、天気が悪くなったら、さっと行って撮影する」

 雨や雨上がりの山里を訪れると、もやのかかった風景を目にすることは珍しくない。しかし、あらかじめ水墨画のような世界を明確に心の中に描いておかなければなかなか撮れるものではないという。

「絵になる山があったり、松がぽんぽんとあったりして、そこにふわっともやがかかっている、と言いますか。でも、なかなかそんな場所はないですね」

■自分を呼び寄せる力

 コロナ以前は年間200日以上、車中泊をしながら日本全国を旅した。いくつかの撮影テーマを追いながら、「ここにもやがかかったらすごく幽玄な世界になるだろうな」と感じた場所を頭の片隅に集めていった。

 天気が悪くなると、そんな場所に足を運んだ。しかし、シャッターチャンスに恵まれるとはかぎらない。もやは多すぎても、少なすぎても作品にはならない。心の中で描いたようにもやが流れるのを待った。

「1日10時間ねばっても真っ白なもやに包まれて、まったく何も見えなかったとか、そういうことは多々あります。それは自然相手なので仕方がない」

 一方、旅の途中「この風景がもやに包まれれば幽玄なんだけれどなあ」と想像し、翌朝、ぱっと起きるともやがかかっているときがあるという。

「偶然なんでしょうけれど、偶然ではないと思っています。そこに自分を呼び寄せる力のようなものが働いていると思うんです」

アサヒカメラ・米倉昭仁)

【MEMO】五島健司写真展「山河幽靄図」
福島市写真美術館 10月15日~11月7日
塩谷定好写真記念館(鳥取県琴浦町) 11月23日~11月28日
京都写真美術館ギャラリー・ジャパネスク12月6日~12月11日

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