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五島健司さんの心の中には燦然(さんぜん)と輝く「松林図屏風」があるという。
国宝・松林図屏風は安土桃山時代の絵師・長谷川等伯が描いた作品で、水墨画の最高傑作の一つと言われる。もやに包まれて見え隠れする松の木の何げない風景。そこにわびさびの境地を感じる。五島さんは、こう語る。
「『描かずに表す』といわれる幽玄美と空白美。松林を包み込むもやを描くことなく、手前の松を濃墨で荒々しく、背後の松を薄墨でやわらかく表すことであたかももやが実在しているような、湿気を帯びた大気までも見る者に錯覚を抱かせる」
五島さんはレンズを通してそんな表現を目指してきた。「要は『描写せずに表す』みたいな。それが自分のゴール地点かな、と思う」。
一方、これまで撮影してきた作品については「自分の内面に向かっていく感じだった」と振り返る。
■雪の風景に感じた温かさ
1960年、福島市に生まれた五島さんは20歳のころ、友人宅の玄関に飾られた版画を目にした。雪深い会津の情景を晩年のライフワークとした版画家・斎藤清の作品だった。
「雪がたくさん積もった民家に人の姿が小さく見えた。冬の風景なのになんでこんなに温かいんだろう。ああ、ぼくも何かを表現したいなあ、と思った。それがカメラを持つようになったきっかけですね。それで『郷愁シリーズ』を撮るようになった」
訪れたのは暗雲が低く垂れ込めた厳冬の日本海。断崖絶壁で人を寄せつけぬ荒涼とした風景と対峙する五島さんに横なぐりの風雪が容赦なく吹きつけた。荒れくるう海原や逃げ惑うカモメ、墓碑、廃屋など、出合うすべての風物をいとおしく感じた。
30代は「夜桜の世界にハマった」。単なる植物として桜を撮るのではなくて、桜を擬人化して向き合った。
「心象写真というか、桜を通して自分の内面を表現していく。喜怒哀楽だったり、生や死といったものを風景を通して表していく。それを常々心がけてきた」