翌18年、37歳の鶴岡は101試合に出場し、ベテランならではの存在感をアピールした。
ヤクルト時代の14年オフに正捕手としての出場機会を求め、2度目のFA権を行使した相川亮二も、年俸1億1000万円から6000万円に大幅ダウンながら、阿部慎之助の一塁コンバートで空いた正捕手の座を小林誠司と「横一線で争ってほしい」(原沢敦球団代表)と励まされると、「自分自身、横一線で見てもらえるところを探していた。自分が考えていたのと一緒だった」と納得して入団を決めた。
巨人から来季の構想外を通告された13年オフに2度目のFA宣言をした小笠原道大も、最盛期は4億円プレーヤーだったが、「まだできると思っている」と年俸7000万円から57パーセントダウンの3000万円で中日に移籍している。
「まだ第一線でやりたい」「もうひと花咲かせたい」という真摯な思いは、野球選手にとって、時として、お金の問題以上に譲れないものになるようだ。(文・久保田龍雄)
●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」(野球文明叢書)。