2022年大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の重要人物であった北条政子や、豊臣秀吉の妻おね、室町期の日野富子など、日本の歴史を動かした魅力的な女性を題材に、数々の傑作歴史小説を描いてきた永井路子さん。古代から幕末まで、日本史上で知られた女性33人の激動の生涯と知られざる素顔とは? 朝日文庫『歴史をさわがせた女たち 日本篇』から一部を抜粋・再編集して公開します。
離婚は女にとっては、一大決心を要する大事業である。最近では、離婚後一人立ちする道もひらけたし、再婚もさほどむずかしくなくなったが、昔はなかなかそうはいかなかった。
しかし、江戸時代にも、自分のほうから、エイッとばかりに離婚を宣言したおかげで、幸運をつかんだ女性がいる。この女性こそ三代将軍家光の乳母として名高い春日局なのである。
彼女の本名はお福。その離婚の原因はご多分にもれず、夫の女性関係からだった。
もともと彼女は後妻で、夫の稲葉正成と先妻(死亡)の間には、すでに二人の子供がいた。そういう相手とでも結婚する気になったのは、彼女の家庭の事情からである。
彼女の父は明智光秀の家臣で山崎の合戦で討死している。つまり逆賊の家で世間の目は冷たく経済的にも苦しかった。
その上、彼女自身、天然痘をわずらって、ひどいアバタづらだった。種痘を知らなかったそのころは、天然痘は、ハシカ同様だれでも一度はかかるものとされていたが、なかでも、お福のはひどかった。
逆賊の家のアバタ娘――。
が、お福はその不幸にメソメソするどころか、かえって勝ち気な娘に成長した。
「くやしいっ、今にみておいで!」
が、この勝ち気もたたってか、なかなか縁談はころがりこんで来ない。そこへやっと持ちこまれたのが、母方の親戚にあたる正成の後妻の話だったのである。
さて、お福は正成夫人となって、三人の子供の母となる。
ところで彼女にとってがまんできなかったのは、夫が女中に次々と手をつけることだった。もっとも、これは当時としてはよくあることだから、正成のほうではさほど気にもとめなかったのだろうが、椿事は、お福が三人目の子を産んで一月ほどたったときに起こった。