辻村深月著『傲慢と善良』(朝日文庫)※Amazonで本の詳細を見る
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 作中の真実の上京も、周囲からは「なんで?」と思われた。母にも姉にその理由がわからない。彼女らから話を聞いた架も当然わからない、が、そこにこそ真実という人を知るヒントがあるように思えてならなかった。

 地元のつながりのよさも知っている。そのうえでレナさんは、首都圏で就職し、いまのところ地元に帰る予定はない。連絡を取りつづける幼馴染は2人ほどいるが、同窓会の案内があっても出ようと思ったことはない。血縁はともかく、地縁が自分に必要だと思えない。ご近所、同級生、親の知り合い……「私のことは放っておいて!」と思う。レナさんにとって地元は「放っておいてくれが通じない場所」だった。

 アリサさんは大学卒業後、山陰の地元に帰って就職する。息苦しさはすぐに復活した。地縁と血縁の強さを思い知らされた。母親は、無断でアリサさんの職場を覗きにきて「がんばってたわね」などという。これも親心、とは思えない。「逃げなければ」と思い続け、かわいがってくれた祖父母が他界したのを機に、今度は東京に出た。資格を活かした仕事に就き、やがて独立。もう地元に戻ることはないだろう。

「いまは、私のバックボーンを知っている人が身近にいない環境に逃げてこられたのだと感じて、それだけで楽です。今後地元に帰ることはあるか……そうですね、両親が自分の足であちこち行くことができなくなったら、考えられるかな。ひどいことを言うと思われるかもしれませんが、動けるかぎりは私がいくつになっても干渉してくると思うんです」

 地元から出ることを、アリサさんは「逃げる」と表現する。進路を自分で決め資格を取り、一度は地元に戻ったものの、転職とともに再び地元を出る……すべて自分で獲得したものであるにもかかわらず「逃げた」という感覚が強いようだった。それほど“しがらみ”が怖いのだろう。いま暮らしている東京では、地域に根ざしたいと思いながらも地元の人たちと関係を築くことに及び腰になっている。

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