辻村深月著『傲慢と善良』が大ヒットしている理由のひとつに、ストーリーを読みすすめるうちに現代社会における生きづらさが次々と浮かび上がってくる点があるだろう。
ひと組の男女がマッチングアプリを通して出会って、婚約する。本作の主人公である坂庭真実(まみ)と西澤架(かける)。すべてが順調に見えた。それなのに、真実は突然失踪する。
架はその行方を追い、真実を知る人に会って、話を聞く。それは真実がどう生きてきたかをたどる旅でもあった。そのなかで架は、婚約者が抱えていた生きづらさにまるで気づいていなかった自分を突きつけられる。ふたりが生きてきた環境に共通点が少なかったことも、その一因だ。
架は東京に育ち、小さいながら親から継いだ会社を経営し、社交的な性格も手伝って学生時代からの友人は男女問わず多い。一方の真実は群馬県に生まれ公務員の父と専業主婦の母のもとで育ち、地元の女子高、女子大を経て、やはり地元の県庁に臨時職員として就職して、親元から通った。
地元にいたときの真実は息苦しさに喘ぎ、しかし自分ではそうとは気づいていないようだった。
ここで、同じく地方に暮らし息苦しさを感じている女性たちの話を紹介しよう。北陸地方在住のモモエさんは、こう話す。
「このあたりではいまでも、女性は“誰かに属している”ことを求められます。独身なら●●さんのところの娘さん、結婚すれば▲▲家に嫁に行った。特に冠婚葬祭で親戚が集まるときに、それを強く感じます。私は未婚で両親と同居しているのですが、そうなると40代になっても“あそこの家の娘”としか認識されない。私がなんの仕事をしているとか、何が好きで、どんな人間であるとかは、誰も興味がない感じです」
結婚した女性は、たとえ仕事をもっていてもそこには注目されず、夫の勤め先などが話題になる、とモモエさんは付け加える。作中の真実は親のすすめに従ってお見合いをしたが、母親は相手の職業への思い入れが強かったようだ。その身上書を自分の友人に見せ、真実から怒られたこともある。