●避難タワー過信は危険
ハードとソフト。震災の教訓を生かすにはこの両面が大切と説くのは、群馬大学の片田敏孝教授(災害社会工学)だ。
13年、紀伊半島の熊野灘に面するリアス式海岸沿いの三重県尾鷲市の市街地で津波避難タワーの被害シミュレーションをした。津波避難タワーは、「人工の高台」として国が推奨し、沿岸部の自治体で整備が進められている。しかしタワーの安全性には議論がある。どこまで高くすれば安全かが不明なことや、流れてきた漁船などがぶつかった場合の危険性があるからだ。
尾鷲市は、南海トラフ巨大地震では15分で最大17メートルの津波が襲うと予測されている。片田教授は、尾鷲湾の居住地全域を50メートルメッシュにし、計4915地点の一つひとつに津波避難タワーを建てる推測で被害想定(犠牲者数)を調べた。すると、津波避難タワーを設置することで1地点あたり最大で99人の被害の減少がみられたが、204人も被害が増加した場所もあった。なぜか。
分析したところ、被害が減少した地域は、▽中規模津波の氾濫(はんらん)域外にあり、大規模津波の場合も氾濫域外か浸水が浅い場所に位置していた▽津波避難タワーを設置することで、高台まで逃げられなかった人を救えた──。
一方で被害が増加した場所は、いずれも氾濫域内に設置されていた。タワー設置前は山側の避難所を目指したが、設置後はタワーが存在するために浸水の厳しいところに住民をとどめ置くことになったり、海岸に向かって避難しようとする人を多く発生させたりするなどして、津波に巻き込まれることになったという。片田教授は言う。
「津波避難タワーを否定するわけではないが、タワーに行けば安心と過信するのは危険です。要援護者や逃げ遅れた人を救うためには確かに有効。しかし海沿いの危険地帯にタワーを設置するのは、避難住民にとってかえって危ないこともある」
津波避難タワーにしろ、震災後に建設が始まった巨大防潮堤にしろ、日本人は「過剰な行政依存体質」だと片田教授は批判する。その結果、災害時に自ら身を守る主体性をなくした、と。
「いま大事なことは、自らが判断し率先して避難する力をはぐくみ育てることです」
忘れられていく災害の教訓。次は明日か、100年後かわからない。教訓を未来へ生かそうとする科学のチカラが、将来の被害を少しずつ減らしていく。(編集部・野村昌二、長倉克枝)
※AERA 2017年3月13日号