元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。
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2023年1月某日、我が家からアルミホイルが消えた。
そうこの日、我が家にあったアルミホイルをついに使い切ったのだ。それだけなら「だからどーした」と言われるだろうが、実はこのホイル、買ったのはかれこれ10年前。当時は会社員で神戸に住んでいて、駅前の薬局で買った記憶がうっすらある。つまりは私はこの安売りのホイルと、この激動の10年を延々と共に生きてきたのだ。
言い換えれば私、この10年間ほぼアルミホイルなしで暮らしてきたということになる。となれば当然、これからの数十年の人生でも使う場面はなかろうと思われるのであって、死ぬまでホイルを購入しない可能性が9割。なのでこの日は、我が人生から永遠にアルミホイルが消えたという実に感慨深い日なのだ。
私には他にも似たようなものがあり、ラップ類、フリーザーバッグ、ゴミ袋、タッパーなど当たり前に使っていた台所関係の消耗品はことごとく人生から消えて久しい。
なぜこんなことになったかというと、冷蔵庫をやめたからだ。冷蔵庫がないと保存という発想が消えるので保存用グッズは不要となり、結果、貯め込んだ食材を腐らせることもなくゴミも劇的に減った。別の言葉で言えば、家事がえらく単純になった。保存ができないと先のことを考えられないので、食べるものはその場で瞬時に作るしかない。その日暮らし。そして毎度一汁一菜の一択。ホイルを使うようなシャレた料理をする機会もなく、案外それで十分満足な私がいたのだった。
ところで、よく取材で「これからやりたいこと」を聞かれるんだが、胸に手を当てても何も出てこない。やりたいことはもうやっているし、やりたいことができたら今すぐやっているのだ。気づけば我が人生から「○○したい」は消えた。先は考えない。今しかない。この発想、よく考えると冷蔵庫をやめた影響である。そしてこれはなかなかの境地だ。「○○したい」だらけの人生は、やれていないことだらけの人生であった。その苦しさを懐かしく思い出す。
◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行
※AERA 2023年2月13日号