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うまくいかなかった2度の手術。「もう完全に治ることはない」と医師は言った。「1年後の生存率1割」を覚悟して始まったがん患者の暮らしは3年目。46歳の今、思うことは……。2016年にがんの疑いを指摘された朝日新聞の野上祐記者の連載「書かずに死ねるか」。今回はお見舞いについて。
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視力がすっかり落ちた。もともとの近視、老眼に加えて、入院後、鼻先のスマートフォンを眺めて過ごす時間が長くなったせいか、視界がいっそうぼやけた。
先日、看護師に付き添われて洗髪を済ませ、廊下を歩いて行くと、20メートルほど向こうの病室の前で、スーツ姿の男性が待っていた。さて、誰もお見舞いに来る予定はない。だが胸のあたりで小さく手を振ってきたのを見ると、知り合いらしい。相手が目上だった場合に備えて、まずは同じぐらいに振り返し、さらに会釈した。
2メートルほどまで近づいたところで、ある先輩記者だとわかった。
13回目となる今回の入院では、なぜかこの「事前連絡がない」パターンが多い。
「最近は『ドタキャン』じゃなくて『ドタ現れ』『ドタ見舞い』みたいなものがはやってるんですかね?」と問うた。