足音を忍ばせてトイレに入ると疑われるかもしれないと思い、あえて水を流してそこにいると知らせたら、頭を洗うふりをして盗み聞きをしているというふうに思ったみたいで、スパイ行為をしていると思ったようでした。何をしてはいけないとはほとんど言わず、拷問や見せしめをやってこちらが察するという関係でした。

 2017年3月の半ばごろ、安田さんは英語のコーラン(聖典)を読まされたという。

「2日後に話をしようと言われ、(イスラム教に詳しい)通訳が来て談話をしました。なぜイスラム教が生まれたのかなどの会話をしました。事務所にはヌスラの囚人の尋問をした資料の束とかがあって、部屋の中の棚の引き出しがいくつかあったのだけど、そこにはロゴが貼ってあって…。当時、ヌスラは看板を替えて(別の組織名を名乗って)いたが、そのロゴを貼っていました。(自分たちの)組織名を言わないと言っていたのに、どういうつもりだろうと思いましたが、このころ、すでにヌスラが(自分を)捕まえているというのが確定事項のようになって(報じられて)いたので、ヌスラのふりをしていたのかなと思いました」
ある日、安田さんは施設のリーダーであるという人物と話をしたという。

「英語ができる人物で、『東京から来たのか』と何度も聞かれ、『東京だ』と答えました。自分が周りの囚人と話してはいけない理由というのが、解放された囚人が話したことで、報道されている日本人の人質がここにいるとバレてしまうかもしれないので、周囲に(安田さんだと)特定できるようなことは言ってはいけないのだと理解していましたが、それに対してリーダーはあえて『東京から来たのか』と。『アー ユー ジャパニーズ?』(おまえは日本人か?)と20回くらい連発してきました。ここで『日本人』と言うと『言ってはいけないことを言った』として拷問が始まってしまう。結局、何をやってはいけないのか解釈していくと、身動きできないのではないかと。囚人が喋っている時に身動きしてはいけない、など。そうなると一日中ダメじゃないかと。身動きできるのは食事を持ってきた時で、彼らのタイミングでなら動けると。その時にトイレを済ませ、関節を鳴らしてその後鳴らないようにする、ということをやっていました。

 彼らは日本側から金を取れると思っていたのに、彼らの解釈によるスパイ行為をしているという扱いで虐待のようなものを始めたのではないかと。一方で、私の感触ですが、彼らの仕掛けるゲームのようなものが全てできれば帰れるという期待を持って、要求に答えようとしましたが、不可能でした。たとえば、体の向きを変えるだけでも音を聞いていて、枕の上で頭の向きを変えるだけでもその音を聞いている。鼻息も聞いている。鼻息がダメだというので、鼻を一生懸命かんで通そうとするけれど、鼻炎なので通らない。つばを飲み込むのもダメ。彼らが物音を立てる時にだいたい1分以内に動かないといけないという感じでした。40カ月これ以上身動きができず、声も出ず、水も飲めない。そんな日々が続きました」

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