これも意外に思うかもしれないが、1966年に文藝春秋に入社した花田の最初の配属先は、『オール讀物』だった。そこで花田は、憧れの尾崎に原稿を頼むことを思いつく。そのときのデスクは「尾崎さんはもう純文学の大家だからなあ。難しいと思うよ」と言いながらGOサインをだしてくれた。

「とにかくどんな人にでも会えるのが編集者の特権だから、尾崎さんの小田原の家にも行きましたよ」

 小田原市内下曽我にある尾崎の家を新人編集者花田は訪ね、『オール讀物』編集部にいる間に、読み切りの短編小説をふたつ、そしてエッセイをひとつとることができた。

 このエッセイが「絵入り随筆」というもので、尾崎は「田舎のバス」というのを書いてきた。「バスを乗り違へてすましてゐる」とキャプションについた尾崎の自画像イラストをそえて。

 その自画像イラストは花田の宝物になった。

 色あせた自画像は、尾崎一雄の『書目』に挟まれて今も花田の手許(てもと)にある。

下山 進(しもやま・すすむ)/ ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。4月27日(木)18時半から、静岡県立大学web公開講座で『2050年のメディア』について話をする。申し込みはwebで。

週刊朝日  2023年5月5-12日合併号

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下山進

下山進

1993年コロンビア大学ジャーナリズム・スクール国際報道上級課程修了。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者をつとめた。聖心女子大学現代教養学部非常勤講師。2018年より、慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授として「2050年のメディア」をテーマにした調査型の講座を開講、その調査の成果を翌年『2050年のメディア』(文藝春秋、2019年)として上梓した。著書に『アメリカ・ジャーナリズム』(丸善、1995年)、『勝負の分かれ目』(KADOKAWA、2002年)、『アルツハイマー征服』(KADOKAWA、2021年)、『2050年のジャーナリスト』(毎日新聞出版、2021年)。元上智大新聞学科非常勤講師。

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