尾崎一雄直筆のイラスト。当時の『オール讀物』の名物企画「絵入り随筆」に原稿とともに寄せられた一枚だった。
尾崎一雄直筆のイラスト。当時の『オール讀物』の名物企画「絵入り随筆」に原稿とともに寄せられた一枚だった。

 その日、花田の「平台散歩」に私と一緒につきあったのは、月刊『Hanada』編集部の佐藤佑樹。2016年入社の佐藤は、花田が大正大学の非常勤講師としてメディア論を教えていたときの教え子だ。佐藤は、夕刊フジの連載のなかで、ときどき花田が、ふっと息抜きのように書く古本の話に魅了され、それだけをぬいて一冊に編んだ『古本春秋』というオンデマンド出版の自家本をつくったりしている。初版が20部。現在3刷で70部ほどつくっただろうか。この『古本春秋』を読んでいると、花田紀凱の『人生劇場』と早稲田に憧れた青春時代の話なんかがでてきて、しみじみした気持ちになる。

 花田は2019年から、蔵書の整理を始めている。倉庫を三つかりていたが、倉庫一つ分の本を処分した。段ボールに仕分けして預けた本を、番号がわかれば、出して自宅に送ってくれる本パックというサービスの倉庫会社を選んだのだが、20年、いちどもそのサービスを利用しなかったことに気がついた。「もう読むことのない本は整理しよう」と倉庫一つ分の段ボール120箱を自宅に送ってもらって、いらない本は古本屋にきてもらってひきとってもらったのだ。

 それでも、古本屋の平台めぐりは今でもやめられない。

 その花田に一冊、絶対に処分できない古本を何か選んでくれないかと聞いたらば、「うーん」とまよった末に『尾崎一雄文學書目』をあげた。

 花田が、尾崎一雄の小説を初めて読んだのは、高校一年生のとき、高校の国語の教師が授業で「虫のいろいろ」を勧めてくれたのがきっかけという。病気療養中の尾崎が、寝床にいたまま、天井板の蠅や壁の蜘蛛を観察し、その心境を綴った私小説だ。

 たとえば、<眉をぐっとつりあげて>額のしわで蠅をつかまえてしまう話を夕刊フジのエッセイで花田は紹介しているが、そのペーソスとユーモアに癖になったという。

「書目」というのは「図書目録」の略、ようは尾崎の生涯出版した本の装幀を並べて書誌を記しただけの本だ。これを、花田は大塚の古本屋で買った。

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