患者さんに過度に共感しないことが大事だと主張する医療従事者もいます。

「患者さんに感情移入したらあなたがつぶれちゃうよ」

 医療現場で聞く、もっともらしいアドバイスの一つです。私はいつもその言葉に違和感を覚えます。

 伊藤さんの死から10年以上たった、とある学会で、私は偶然、彼女と同じ症状の患者さんの発表を聞くことになります。

 その日、はじめて伊藤さんの病気の本体がわかりました。

 乾癬からの紅皮症ではなかった。

 とても珍しい皮膚疾患でした。

 私は取りつかれたようにその病気を勉強しました。論文を読みあさりました。そして最終的にわかったことは、あの当時、ほかにできる治療がなかったこと。私たちの医療チームは最善を尽くしたということでした。

 現在、私の患者さんである磯部祐介さん(仮名)の皮膚は、普通の人と変わらないくらいきれいです。実は、伊藤さんと同じ病気です。あの時、名医になれなかった私は、伊藤さんの経験から珍しい疾患の治療ができるようになりました。もちろん、医学の進歩と新薬の登場のおかげではあるのですが……。

 患者さん本人や家族の方は思います。

「もう少しはやく気がついていれば」

 同じような気持ちは私たち医療従事者も抱くことがあります。

「助けてあげられなかった」「もっとほかにできたことがあったんじゃないだろうか」

 親密であればあるほど、そして、別れの場面が印象的であればあるほど、残された人間の心は深い悲しみと後悔の思いに苛まれます。

 いま振り返ればわかることも多くあります。あの頃の自分に必要だったのは、精いっぱいやってきたことに自信を持つこと。楽しかった伊藤さんとの思い出を大切にすること。そして、伊藤さんからの「ありがとう」の言葉に、私も逃げずに「ありがとう」と答えることでした。

「つらい思いをするから患者さんに感情移入しない」というのは、この先もできないと思います、きっと。仕事も家族も人間関係も、深く関わったからこそ得られる喜びがあるのを知っているから。最後に、大切な人を失って深く悲しんでいる方がいつか、その人との関係で得られた喜びに目を向けられるようになることを、心から祈っています。

◯大塚篤司(おおつか・あつし)/1976年生まれ。千葉県出身。医師・医学博士。2003年信州大学医学部卒業。2012年チューリッヒ大学病院客員研究員を経て2017年より京都大学医学部特定准教授。皮膚科専門医。がん薬物治療認定医。がん・アレルギーのわかりやすい解説をモットーとし、コラムニストとして医師・患者間の橋渡し活動を行っている。Twitterは@otsukaman

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