廃校寸前だった山あいの高校が夏の甲子園目指す! ある野球部の軌跡 (2/9) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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廃校寸前だった山あいの高校が夏の甲子園目指す! ある野球部の軌跡

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2014年、埼玉大会(c)朝日新聞社

2014年、埼玉大会(c)朝日新聞社

 しかし、その後、小鹿野町にはこれといった産業が育たず、たとえば最近では地域の中心である秩父市は「秩父夜祭」が「ユネスコ無形文化遺産」に登録されてにぎわっているが、一方の小鹿野町はその恩恵にあずかるわけでもなく、ずっと慢性的な人口減少に頭を悩まされ続け、生徒も町を離れて秩父市の公立校やスクールバスを走らせる近隣の私立校へと流れていた。小鹿野高校は募集定員を120人に下げたが、志願者はさらに大きく下回っていた。

「地元が骨を折って誘致して開校したというのに……。何としてもこの流れを食い止めねば」(木村)

 当事者である小鹿野高校も生徒数減少に歯止めがきかない現状に危機感を募らせていた。一時は出願者が定員の半数の60人近くにまで落ち込んだのだから。「このままでは廃校もやむなし」と、そんなうわさもチラホラと流れ始めていた。実際、この10年余りの私立校の進出と少子化の影響で、近隣では公立高校の統廃合が進み、「次は小鹿野か?」と、その現実味を帯びていた。

 7年前、校長を中心に同窓会長、後援会長、このほか町長も含む町の有力者が一堂に会し、「どうやって生徒を呼び寄せるか」をテーマに会議が持たれた。また、町議会でも話題に上がるほど緊迫していた。

 このまま廃校ともなれば、町から若者が消え、町は活気を失い、町自体の存亡にもつながりかねない。出された結論は、スポーツを通じた再生プロジェクトだった。魅力あるスポーツ指導者の招請により競技力をアップさせると同時に、その旗の下に生徒を集めるというものだ。町議会でも「町おこしにもつながる」と、プロジェクトの方向性の“適性”を確信した。

 ではそれは野球かサッカーか、それとも……。

「高校スポーツといえば、やはり野球ではないのか。甲子園は全国47都道府県の代表が故郷の誇りをかけて競う日本独自の文化だ。サッカーが世界規模のスポーツといえども、やっぱり野球だ」

 高橋幸三校長(当時)の腹の中は、既に決まっていた。


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