「文庫・新書イチオシ」に関する記事一覧

「来ちゃった」
「来ちゃった」

酒井さんは女性版・赤瀬川原平だと、かねて思っていた。何気ない、みんなが見逃しているようなところに、意外な面白さを見つける天才。そしてその面白さを魅力的に伝える天才。そんな酒井さんは、旅でもいろいろなものと出会う。  そもそも「ど真ん中よりも端っこについつい寄っていってしまう」性癖を持つ彼女が選ぶ旅の目的地からしてユニークだ。「大人になると味覚の幅が広がるように、旅において『悪くない』と思う体験の幅も、うんと広がる」と酒井さんは言う。でも、それは酒井さんの三つの「力」あってのこととも思う。日に数本しかないローカル線やローカル・バスの待ち時間を楽しく過ごす「のんびり力」、何気ない景色のなかに見所を見つける「釣り上げ力」、そして何より、人との出会いを楽しむ「なじみ力」。特に人間への興味と共感がすごい。  北海道の宗谷岬に向かえば、列車を待つ2時間あまりの間に近所の高校で木工作品を見学し、お祖母さんの故郷である鹿児島では、過去と今をつなぐ思いに耽る。はたまた秋田県後生掛温泉のオンドル式の湯治宿では、長期滞在している高齢者の方々に早速なじみ、福島県いわき市のスパリゾートハワイアンズでは、ハワイらしくハンバーガーを食べ、フラ教室を受け、トップダンサーのダンスに目頭を熱くする。  こういう「楽しみ力」があるからこそ、どこもかしこも「来ちゃった」の魅力を発揮するのだろう。  そういえば関西には「面白いことを言う準備はできている」という「関西顔」があるそうで、大阪ミナミ辺りでは皆そういう顔をしているそうだ。さすが眼のつけどころが鋭い、というか、抉るがごとき視点。その感性あらばこそ、大阪文化の精華である文楽を見ても、東京の国立劇場で見るのとは違う、ミナミに立地する文楽劇場ならではの、周辺の商店街ともなじんだワクワク感を伝えて余すところがない。酒井さんはのんびりしている時も、楽しみに貪欲だ。

週刊朝日
ジャズをかける店がどうも信用できないのだが……。
ジャズをかける店がどうも信用できないのだが……。
タイトルを見た瞬間「同意!」と思い、即購入を決めた。姫野カオルコのエッセイ集だと知ったのは、レジに向かう道すがら。『昭和の犬』で直木賞を獲ったひとじゃないか。ジム帰りのジャージ姿で受賞の記者会見をしたひとじゃないか。あのマイペースぶりに感動した記憶が蘇り、顔がニヤけた。  姫野の主張は一貫している。世の中の「そういうことになっている」ことに「えっ、なんでよ?」と言いたいのだ。特に思い入れもないのに雰囲気だけでジャズをかけている店は一体どういうつもりなのかという問いは至極もっともだし、わたしも「蕎麦屋のジャズが許せない」と考える人間なので、あれをムーディ&オシャレと思っている派閥とは決定的にソリが合わない。というワケなのでぜひ姫野派に入れてください!  このほかにも、女のすっぴんは本当にダメなのか考えたり(姫野は「2年に1回」しか化粧をしない)、単行本を文庫化するという流れは非効率的なので逆にしてみてはどうかと訴えたりしている。どれも独特な言い分で笑えるのだけれど、分析の仕方にハッとする鋭さがある。エロ本における「嫁であることの『記号』」が「専業主婦の姑」であって、「未亡人の喪服」や「看護師さんの白衣」と同じように「制服」なんだと結論づけるあたりなんて、すごく納得してしまった。姑は着るものだったんだなぁ!  ……と、愉快な分析でわたしたちを楽しませてくれる本書だが、ひとつだけ毛色の違う文章が。ポジティブ・シンキングを心がけるようにしたら、劇的にモテだした、という話だ。実際、通りすがりのひとにナンパされるなど、信じられないくらいモテている。ゆるふわ愛されメイクでがんばる女子が見たら、これまでの努力はなんだったのかと脱力するだろう。姫野の手にかかれば、モテすらも「そういうことになっている」の向こう側からやってくる。やっぱり姫野派に入れてください!
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 4/14
六国史 日本書紀に始まる古代の「正史」
六国史 日本書紀に始まる古代の「正史」
『日本書紀』から『日本三代実録』に至る六部は勅撰、つまり天皇の命で編纂された、日本古代史の根本史料だ。  しかしたいていの人は『日本書紀』がせいぜいで、他はちゃんと読んだことがないのではないか。私もそうだ。また『日本書紀』の前半は神話と地続きで、歴史書と呼ぶのに違和感を覚える人もいるだろう。しかし編纂者も読み手も国政に関わる貴族なので、あまりに恣意的な編纂はできなかった。また勅撰なので、公文書も十分に活用して書かれている。  歴史を古く見せるための延伸や、政治闘争の実態歪曲などの疑惑もあるが、本書はそれらの具体事例に触れながら、『六国史』の実態を解き明かすと共に、「歴史書の意味」も問うている。 『日本書紀』では、神功皇后はいたのか否か、壬申の乱直前に大友皇子は即位していたのか否かなど、近現代まで議論の続く問題が、どう表現されていたか。なぜそんな表現になったのか。『続日本紀』では、前半と後半で相矛盾する記述が見られるが、それはなぜか。『日本後紀』には手厳しい人物評が見られるが、その真意はどこにあったのか。  こうした問いを通して浮かび上がるのは、『六国史』は起きた事柄は忠実に記そうとの記録主義を重んじる一方、評には時の天皇の意向や当時の政治状況が色濃く反映されているということだ。それは勅撰による国史編纂が行われなくなった後も変わらなかった。  摂関政治が常態化すると、天皇中心の国史への意欲が薄れ、各氏の『日記』がその代替となった。これは歴史の私有化だった。藤原氏中心の『栄花物語』は、その延長上にあるだろう。また中世には、『六国史』は神道研究に利用され、改竄も試みられた。江戸時代に好古の学としてはじまった国学が、やがて尊王運動に結びついたことはよく知られている。  歴史編纂は「政治」だ。その緊張感をリアルに教えてくれる本書は、とても現代的だ。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 4/7
それでも命を買いますか? ペットビジネスの闇を支えるのは誰だ
それでも命を買いますか? ペットビジネスの闇を支えるのは誰だ
動物の命を大切に。生半可な気持ちでペットを飼ってはダメ。誰もがよくわかっていることである。なのに捨てられ殺される命があることも、これまたよくわかっている。問題は、どうすればこの状況を変えられるかが、よくわからないことだ。  本書はペットビジネスの闇を知り、わたしたちにできることを学ぶための参考書だ。杉本彩が芸能界で培ってきた知名度をフル活用してみんなの耳目を集めようと奮闘している。バラエティ番組の企画で社交ダンスをしていた杉本が、その後プロのダンサーに成長していて驚いたことがあったが、いまはペットの命を守る公益財団法人を率い、殺処分の廃止や販売ルールの厳格化などを求めて活動している。何事もやると決めたら徹底的にやる姐さん気質がかっこいい。  日本のペットビジネスとそれを支える法律はびっくりするほど時代遅れだ。フードやグッズより儲かるから生体販売をする。飼育の難易度や病気のリスクを伝えず「抱っこさせて売る。『かわいい』と言わせたら勝ち」と言ってのけ、あとのことは知らんふり。売れ残った動物たちは、書くのも憚られるような方法で処理される。業者にとって、動物は命ではなくモノだ。法律は動物を「器物」とみなし、持ち主の所有権を優先しているため、どう扱おうが基本的に自由なのである。だから、ひどい飼育環境に置かれた犬猫を飼い主に断りなくレスキューしようとすれば、それは「窃盗罪」に当たる可能性があるという(わー! 納得いかない!)。  諸外国では保護施設でペットを探すのが当たり前、ガラスケースに入れて販売する生体展示も嫌われているという。日本は間違いなくペット後進国。恥ずかしさを通り越して落ち込んでしまいそうだ。ひとまずわたしたちは本書を読み、ガラスケースの動物を「かわいい」ではなく「かわいそう」と感じるところから始めないといけない。動物を救う前に、人間の意識を変えなくてはならないのだ。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 3/31
刺青・性・死 逆光の日本美
刺青・性・死 逆光の日本美
何ともパワフルな本だ。松田修は、芝居や遊郭といった「悪場所」に渦巻く庶民の欲望を通して、近世文化の躍動を捉えた異色の国文学者だった。こんな驚異の革命的クール・ジャパン論が、40年以上前に書かれていたことに、まず驚く。  江戸後期、窮屈な武家支配の管理システムからはみ出した人々のエネルギーは、しかし革命には結びつかなかった。江戸時代を終わらせたのは黒船来航という外圧であり、徳川幕府に対抗する薩長などの雄藩と朝廷の結びつきだった。  実際に権力を奪取すると、今度は新政府が新たな管理システムを構築し、庶民を支配することになる。その締め付けは、ある意味で江戸時代よりも厳しかった。庶民すら徴兵され、国家との関係を強いられたのだから。  社会への不満や違和感は多くの人々に生活実感として自覚されるだろう。でも大抵は「仕方ない」「何も出来ない」とあきらめてしまう。実際、ひとりでは「何も出来ない」のかもしれない。だが、ただ堪えて従うには「自分」でありすぎる男たちもいた。  刑罰としての入墨ではなく、自らの意思による刺青に、著者は反社会性、体制逸脱、異端者の美意識を見いだす。著者は、そうした過激なアウトローを称賛してやまない。その思い入れの強さは、とうてい学者の態度ではなく、そこに松田氏の魅力と危うさがある。  また、刺青という自傷行為の痛みの先に、蜂起のエネルギーを夢見た先駆者として、作家・田中英光も取り上げる。田中作品に、共産党の党内秩序からもはみ出してしまう無頼者たちの永久革命願望をみるのだ。  その一方で、孤独な男たちの「少年のような少女」あるいは「少女のような少年」による救済願望も読み取る。考えてみると、これは今時のBL趣味にも通じる感覚だ。かつての革命論を現代感覚で読むとどうなるか。その不思議な融合の成果は、読者それぞれに確かめてもらいたい。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 3/24
人間滅亡的人生案内
人間滅亡的人生案内
『楢山節考』などで知られる深沢七郎が67年から69年にかけて「話の特集」誌上で連載していた人生相談を文庫化。「人間滅亡教」の教主として「ボーッとして生きること」を推奨する深沢の人生相談なんて、おもしろいに決まっているけれど、相談者たちもなかなかキャラが濃い。  彼らの多くは二十歳前後の若者。「若い人達の悩みが、こんな形式になっていること──だれもが申し合わせたように生活のムードの悩みになっていたことは私には意外だった」と深沢も語るように、ふわふわした悩みばかり登場する。熱中できることがなくて、将来に希望が持てなくて、でも心のどこかで、自分が特別な人間だという証明を欲しがっている。まさに終わらない思春期だ。  深沢はそういう若者に多少イラつくことはあっても、からかう様子はまったくない。淡々と発せられる回答は、どれもキラーフレーズ揃いだ。「熱中することは麻酔薬の中毒と同じなのです。馬鹿らしいことなのです」「コッケイ以外に人間の美しさはないと思います」「寂しいなどと思うのは食事をするときおかずがマズイと思うのと同じです。腹が減ればオカズなどなんでもいいのです」……読めば読むほど肩の力が抜けてゆく。みんな人間滅亡教に入った方がいい。上昇志向をもって真面目に生きることが辛いひとはとくに。  作家・山下澄人による解説もたいへん素晴らしい。 「そもそもぼくはこの本の全文を読んでいない。読みたいところだけ読んだ」と、絶妙なグダグダ感を漂わせておきながら、深沢の「情の無さ」を手がかりに、その超然とした態度が、どこか「神様に向かうのと似ている」と喝破してみせる。笑いながら読んでいた人生相談が、にわかに経典じみてくる山下マジックが心地いい。たいていの解説は後から読むものだが、先に読めば、深沢という作家/人間のより深いところに触れられるだろう。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 3/17
シャルリとは誰か?
シャルリとは誰か?
風刺やブラックユーモアは難しい。一歩間違うと、差別や偏見の助長につながるからだ。  辛辣な風刺で知られる「シャルリ・エブド」が、イスラム教を侮辱したとしてテロにあい、これに抗議するシャルリ・デモがフランス全土に広がった。  もちろんテロを許すことはできない。だが差別的表現を大上段に「表現の自由」と唱えるのは、違う気もする。  歴史人口学者のエマニュエル・トッドは、シャルリ・デモの背景には、カトリック伝統の長いフランスの、イスラム教への嫌悪があるとする。またそこには現代フランスの民主主義の衰退も絡んでいるという。  何より驚くのは、トッドが自説を裏付けるために用いる統計資料の組み合わせの妙であり、その推論の鮮やかさと視野の広さだ。  トッドは現代フランスの自由と信仰に関する認識の捻れの起源を、フランス革命までさかのぼって検証する。現代フランスで宗教実践が少ない地域は、フランス革命期に聖職者が法律の遵守(教会法より世俗権力を優先)を誓った地域であることを統計資料で示す。そしてシャルリ・デモが多かったのも、そうした「先進的」地域だったことを明らかにする。  しかし、さらに別のデータから、その先進的地域は上流中産階級の人口比率が高い地域でもあり、デモは彼らが主導したものだったことを示した。そしてこの二つの相関から、彼らには信仰心は希薄だが、「異教徒」への嫌悪感や異文化への不寛容という宗教感情の負の側面は無根拠に残っているとする。ゾンビ・カトリシズムというらしい。  形骸化し、ゾンビ化しているのは「自由・平等・友愛」の精神もだ。寛容の精神を欠いた自由の強調は平等を侵食し、友愛は「友」でない他者の排除に向かう。それは民主制の危機であるだけでなく、経済的没落にもつながると警告する。この点を指摘しないと、今時の人間は反省しないだろうという、トッド流の風刺も感じられる。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 3/10
リーダー論
リーダー論
いつの時代にも国民的アイドルはいる。けれど、まさか新書のレーベルを持つアイドルが出てくるとは。本書は「講談社AKB48新書」というレーベルから出版されたものであり、著者は、グループ卒業を間近に控えたAKB48グループ総監督・高橋みなみ(通称たかみな)だ。  語り下ろしの形式を採っているため、彼女の筆致・文体について云々することはできないけれど、彼女がアイドルグループのリーダーとして経験してきたことを知るには十分だ。  たかみなは、強力なリーダーシップではなく、痛みや弱さを知っているがゆえの優しさでみんなを支えるタイプのリーダー。「もしかしたら私は、本当は、前田敦子になりたかったのかもしれない。でも、なれなかった。なれないんだって、気付いてしまった」「リーダーは、孤独でいなければいけないのかもしれません」「私の頭の中にあるのは基本、『やばい』の3文字です。常に『大丈夫かな?』って思っている」……こんな風に考えるひとが、いざとなると「父」や「漫画の主人公」になった気分でメンバーに檄を飛ばす。このギャップが彼女の魅力であり、戦略でもある。ひとの上に立つことしかできないオラオラ系リーダーは、これを読んで反省して欲しいし、自分はリーダータイプじゃないと思い込んでいるひとは、その思い込みを取り払ういいきっかけになるだろう。  幼少時は3人組の友だちグループに属していたが居場所がなく「集団の中に入ることで『個』を失ってしまうことの怖さを知った」と語っているのが印象的だった。ビジネスシーンに応用可能なリーダー論として読むのもいいが、やはり孤独な少女が自分の居場所を見つけるまでのドキュメントとして読むべきだと思う。アイドルはキラキラと美しい半面、過酷な商売でもある。だからこそ、その過酷さの中でまっすぐ立っていようとするリーダー・たかみなは、すごく魅力的だ。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 3/3
家族幻想
家族幻想
「ひきこもり」が増加している。しかも長期化が進んでいる。それに鬱病は、もはや国民病のレベルだ。私も地域ボランティアとして同種の問題に関わっているので、そういう実感がある。  杉山氏は社会学的分析や医療的アプローチではなく、当事者の悩みに寄り添い、心の襞や家族歴に踏み込むことで、この深刻な事態の実相に迫ろうとする。その踏み込み方は、時にハラハラするほど鋭く、遠慮がない。  だが何といっても本書の白眉は、著者自身が抱える家族の問題を、赤裸々に描き出している部分だろう。既に乗り越えた問題なのかもしれないが、あまりに記述が具体的なので、それこそお子さんがショックを受けないか心配になる。  ひきこもりの誘因として著者は、若者を縛る「規範」に注目している。親や学校や社会の規範が、若者を抑圧する。また若者自身、内面化した規範に照らして自分に満足できず、足がすくんでいる実態を、リアルに描き出した。  たしかに親の意識は子供を縛ってしまう。しかも、それは若い世代が生きる現実とはずれたものだったりする。  親が子供を追い詰めてしまうのは、心配だからだ。特に親自身が社会規範の「ふつう」からずれているケースでは、焦りや不満が理不尽な形で子供に向かうこともある。  それでも親は子供に責任を持とうとし、抱え込んでしまいがち。それがいっそう事態を深刻化させてしまう。  では、社会に任せればいいかというと、そうとも言い切れないのが日本の現状だ。専門家が少なく、公的予算は限られている。いじめる側や傍観者も、自分の悩みや苛立ちで手一杯なのかもしれない。ようするに親にも社会にも余裕がないのだ。そのジレンマが本書の行間から滲んでくる。  皮肉な話だが、今の日本でいちばん足りないのは、「この社会はあなたのそして、私の場所だ」と、心の底から実感できる、そんな社会規範なのかもしれない。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 2/25
10代のうちに本当に読んでほしい「この一冊」
10代のうちに本当に読んでほしい「この一冊」
矛盾したことをいうようだが、子どものための読書案内は、ものすごく大人向けである。なぜなら、作品の素晴らしさについて、饒舌すぎず、難解すぎず、必要最低限のことを懇切丁寧に書いてあるのだから、大人が読めば、当然その内容をちゃんと理解できるじゃないか。それでいて、本当に伝えたい核の部分は、大人向けと同じ熱量を持っている。子ども向けだからといってスルーしていては、勿体ない。  本書もまた、大人こそ手に取るべき一冊である。30人の推薦人による「この一冊」は、小説やマンガ、学術書や思想書に至るまで、実にさまざまだ。角田光代(小説家)が佐野洋子のエッセイ集『問題があります』を紹介したかと思えば、上野千鶴子(社会学者)が『聖書』を紹介し、ホンマタカシ(写真家)が「なるべく役に立たない素晴らしい本をみつけて大切に読んでもらいたい」と語るそのすぐそばで、雨宮処凛(作家・活動家)が「人はきっと、正しく生きるためではなく、間違えるために生まれてきたのだ」と高らかに宣言する。「ほかの誰も薦めなかったとしても今のうちに読んでおくべき本」というコンセプトが、この愉快なバラバラ感を生み出している。  わたしたちは、思いつくままにページをめくり、気になった本をチェックすればいい。というか、本はそっちのけで、書き手だけをチェックするのもオススメ。新たな本との出会いだけでなく、新たな書き手との出会いもある。それが本書の楽しいところだ。  個人的には「わたしも若い頃にこの本と出会いたかった!」と後悔しているタイプの推薦文が、すごくいいと思った。他人の不幸は蜜の味、というが、他人の後悔もなかなかの美味である。好きな本について語りながら、過去の自分を思い出し、甘くて苦い後悔を噛みしめる……第一線で活躍する推薦人たちの繊細な部分を見せてもらえるというのは、なんだかとても贅沢だ。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 2/18
カレル・チャペック
カレル・チャペック
空想的なものだけが、本当の意味で現実的だ。チェコの作家カレル・チャペックの作品は、そのことをはっきり示している。  アメリカでヒューゴー・ガーンズバックが「サイエンス・フィクション」を確立しつつあった1920~30年代、東欧でも米英SFとは趣を異にするSFが書かれていた。チャペックが生み出した一連の作品だ。  彼の名前を不動のものにしたのは『R.U.R.』(1920)だった。ロボットという造語で知られるこの戯曲は、翌21年にプラハ国民劇場で初演された後、世界各地で上演され、日本でも大正の新劇ブームのなか、24年に上演された。チャペックのロボットは、現代人が思い浮かべる金属製ロボットではなく一種の生命体で、意思を抑圧された強制労働(者)の寓意だった。  さらにチャペックは長編的連載短編『絶対製造工場』、長編『クラカティト』、長編『山椒魚戦争』など、空想力豊かな作品を書き続けた。いずれも突飛でありながら、現実社会に深く切り込む作品だ。現実と真剣に向き合っていると、その思考は自然と未来に及び、SF的になる。  効率優先の機械文明や情報管理社会が持つ非人間性を、鋭く批判したチャペックは、その一方で『長い長いお医者さんの話』や『園芸家の一年』などのユーモラスな作品も書いている。本当は、そういう心温まる呑気なものの方が好きだったのかもしれない。  しかしファシズム台頭の時代にあって、彼の平穏への希望は踏みにじられた。彼の後期の作品にはナチスへの批判が濃厚だ。  チャペックは日本にも手厳しい。『山椒魚戦争』には「有色人種の代表権を主張する日本」が登場。また日本人は進歩を大胆に受け入れるが、その空想力は変化の本質を理解しようという方向には向かわず、歴史を都合よく読み替えることに向けられると指摘する。この耳に痛い指摘は、今もあてはまりそうで、残念だ。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 2/12
働く女子の運命
働く女子の運命
女子にとって、日本というのは実に生きづらい国である。仕事に打ち込みたいと思えば男並みの働きを期待され、そんなの無理だと思って結婚しても、産みやすくも育てやすくもない環境が待っている。それを愚痴れば「おまえの努力が足りないだけ」と、自己責任論で押さえつけられてしまったりする。  本書は、この国が抱える女子の働きづらさ=生きづらさについてのレポートだ。戦前から現代までの女子労働史が、さまざまな資料の数珠つなぎによってまとめられている。かなりみっちり書かれているので、慣れるまで読むのに苦労するかも知れないが、がんばって欲しい。この国が女子をいかに軽視してきたかが分かるから。  著者によれば、日本は「メンバーシップ型」の社会だという。どのような技能を持っているかということ以上に、どのようなメンバーであるかが重視される社会だ(ほとんどの新入社員が入社後に配属先を告げられるのもそのためだ)。対する欧米は「ジョブ型」の社会。企業が求める技能を持った者に適切なポストが与えられる。後者の方が労働の形としてシンプルなのは明らかだ。  メンバーシップ型社会は、女子という存在を正しくカウントしない、という過ちを繰り返し続けている。体力がないから、結婚したら辞めるから、出産したら休むから、という理由でたとえちゃんとした技能を持っていても女子を仲間はずれにする。この理屈が恐ろしいのは、アレンジすれば、男子にも使えること。この不況下で増え続ける非正規雇用者の扱いを見れば、今や仲間はずれが女子だけじゃないのが分かるはずだ。  男女雇用機会均等法が施行されてから30年。本当に変えるべきは、法律ではなくメンバーシップ型社会の方である。だが、それが一番難しい。著者も、働く女子の運命は「濃い霧の中にあるようです」と語る。この暗澹たる現実がある以上、一億総活躍なんて、到底ムリだろう。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 2/4
ヒトラーに抵抗した人々
ヒトラーに抵抗した人々
戦争がもたらす最大の恐怖は、平和な時の道徳が失われることだ。  戦争中では敵を殺すことが奨励される。また反対する者を憎悪し、安易に攻撃するようになってしまう。これはどの民族、どこの国民もが仕出かしてしまう過ちだ。なかでもナチス・ドイツのユダヤ人虐殺は、組織的に計画的に「根気強い」といっていい執拗さで継続的に行われた。  それでも、ドイツにもヒトラーに抵抗をし続けた人々がいた。学生や知識人、あるいは名誉を重んじる軍人、そして特に権力を持たない一般市民の一部が、ユダヤ人を匿い、亡命を手助けし、ヒトラーの暗殺を計画した。  しかし本書で強いインパクトを感じるのは、抵抗者たちの美談や戦時下にもあったドイツ国民の良識より、良識的な思考を保つ人々を追い詰めるナチスの「合法的」な手口の巧妙さのほうだ。  ナチスは「悪意法」を制定し、国家と党に対する「悪意ある攻撃」を犯罪と定め、「ユダヤ人救援」は証拠を調査しなくても起訴できるようにした。こうした体制に眉を顰める者もいたが、多くはヒトラーを支持し続けた。  ナチスは曲がりなりにも選挙を通して政権を手にした。第1次世界大戦後の屈辱感と不況にあえぐ人々は、ヒトラーに問題解決を望み、実際にある程度は満たされた。ヒトラーの第一次四カ年計画で失業者は3年で601万人から155万人まで減り、国民総生産は約50%も上昇した。  戦争で配給制になってからも、ドイツ人の生活はさして低下せず、割に安定していた。空襲で家を失った人には、ユダヤ人から奪った住宅や家財が提供された。それを人々は歓迎したという。  衣食足りて礼節を知るというが、衣食の前には礼節を忘れるのもまた人間だ。多くの国民大衆はナチ体制の受益者で、人種政策にも加担した。もし自分だったら……。  経済状態優先でほかは無関心、時流に同調してしまう人は、今の日本にも多いのではないか。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 1/28
この話題を考える
大谷翔平 その先へ

大谷翔平 その先へ

米プロスポーツ史上最高額での契約でロサンゼルス・ドジャースへ入団。米野球界初となるホームラン50本、50盗塁の「50-50」達成。そしてワールドシリーズ優勝。今季まさに頂点を極めた大谷翔平が次に見据えるものは――。AERAとAERAdot.はAERA増刊「大谷翔平2024完全版 ワールドシリーズ頂点への道」[特別報道記録集](11月7日発売)やAERA 2024年11月18日号(11月11日発売)で大谷翔平を特集しています。

大谷翔平2024
アメリカ大統領選挙2024

アメリカ大統領選挙2024

共和党のトランプ前大統領(78)と民主党のハリス副大統領(60)が激突した米大統領選。現地時間11月5日に投開票が行われ、トランプ氏が勝利宣言した。2024年夏の「確トラ」ムードからハリス氏の登場など、これまでの大統領選の動きを振り返り、今後アメリカはどこへゆくのか、日本、世界はどうなっていくのかを特集します。

米大統領選2024
本にひたる

本にひたる

暑かった夏が過ぎ、ようやく涼しくなってきました。木々が色づき深まる秋。本を手にしたくなる季節の到来です。AERA11月11日号は、読書好きの著名人がおすすめする「この秋読みたい本」を一挙に紹介するほか、ノーベル文学賞を受賞した韓国のハン・ガンさんら「海を渡る女性作家たち」を追った記事、本のタイトルをめぐる物語まで“読書の秋#にぴったりな企画が盛りだくさんな1冊です。

自分を創る本
衣もろもろ
衣もろもろ
ファッションに関する本を読むのは楽しい。でも、オシャレ上級者がアドバイスするタイプの本だけは、どうも苦手だ。なぜなら「あなたとは、そもそも素材が違うんですよ」と思ってしまうから。  本書はそうしたストレスを一切感じずに読める、大変ありがたいエッセイだ。「自分に無理のない値段で、男装しているようにも見えず、自分が動きやすくて着心地もよく、周囲の人にも、多少はお洒落に気を遣っているなと思ってもらえる、TPOをわきまえた装い」を理想に掲げ、ファッション道を模索する20篇は、とにかく親近感がすごい。  著者は、そもそもオシャレ上級者ではなく、50歳を過ぎたあたりから肉体的な変化にも悩まされ……つまり、極めて人並み。体型にコンプレックスがあったり、暑さ寒さに弱くなってゆく肉体を悲しんだり、安い服を洗濯してヨレヨレにしたりしている。  でも、「みんなオシャレには苦労するよね~」と愚痴っておしまいではない。彼女は、似合う服や、着心地のいい肌着を探して、ずっと試行錯誤し続けている。高くて良いものだけではなく、良さそうだと思えば、ユニクロなんかも試す。その品定めが、とにかくしつこい。ある時点で気に入っていたものでも、あとになると「やっぱりナシ」とばかりに新たなものを探したりしている。まるで永遠に終わらない宝探しだ。  自分が彼女と同じ年になったとき、ここまでオシャレについて考えられるかちょっと自信がない。というか、これほど粘り強く考えてもなお、オシャレの正解に辿り着かないのかと思うと、気が遠くなりそうだ。だが、年を取るにつれ、あらゆることが「この程度でいいか」と停滞してゆくのに比べたら、よっぽどいいのかも知れないとも思う。彼女は、アンチエイジングには反対だと語っているが、本書を読んでいると、ファッションに四苦八苦することで保たれる若さというのがある気がしてならない。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 1/21
性のタブーのない日本
性のタブーのない日本
近頃、春画がちょっとしたブームで、その手の浮世絵や絵巻が「美術」として再評価されている。本書にもカラー図版が数枚載っているが、「いかにも」な絵と共に『伴大納言絵巻』の火事場面や『餓鬼草紙』の路上風景も並ぶ。ヘンに博覧強記な著者だけに、その謎のほうが興味深い。 「芸術か猥褻か」は社会通念で決まる。各時代の男女のあり方が影響するが、男女関係は親子関係や社会構造と無縁ではない。というかその一部だ。だから本書は社会の本質を炙り出すことになる。  露骨な性表現が扇情的とは限らない。江戸時代に春画は「ワ印」と呼ばれたが、ワは「猥褻」のワではなく「笑い絵」のワだ。なぜ笑うのかというと、誰もがすることを誇張しているからだそうな。つまり笑える「あるあるネタ」なのだ。  平安時代、身分ある女性は姿を見せず、男は噂やその男性親族の佇まいを頼りに、女のありようを想像し、女の許に通った。その頃、「会う」ことは性関係とほぼ同義で、通いたい男が多い「恋多き女」もいた。しかし父の家に住む女の許に通うのは、舅の許に通うことでもあった。舅は当然、身分の高い出世しそうな男を婿にしたい。恋愛は権力構造だった。  平安の都で、夜の通いは「みんなやってる秘め事」で、夜だから道は暗い。その暗い道には汚物が落ちていて……というもうひとつの下ネタで『餓鬼草紙』が登場。  また院政期、「事実」に興味を抱いた後白河院は、伴大納言の放火事件を絵巻に描かせたが、『小柴垣草子』も事件のドキュメンタリ画像であり、そういう意味で赤裸々だった。観念に支配された貴族社会が崩れ、武士が台頭した時代に起きていたのは、「性の解放」ではなく「肉体の発見」だった。  江戸の遊郭では、王朝の「通い」を遊戯化した約束事を導入して楽しんだ。宗教的タブーが希薄な日本では、遊戯的なモラルがその代行を果たした。日本人って、大人なんだか子どもなんだか……。
文庫・新書イチオシ
週刊朝日 1/14
市川崑と「犬神家の一族」
市川崑と「犬神家の一族」
著者は時代劇研究家だが、おじいさんじゃない(1977年生まれ)。芸術学の博士号まで取得しているのに、大学等に所属せずフリーで活動している。若くて才能があって無頼派。彼自身が時代劇に出てくるスゴ腕の浪人みたいだ。  本書は、彼が「個人としては『乗り切れない監督』、研究家としては『つかみ切れない監督』」と感じていた市川崑に真正面から挑んだ評論である。まずは市川の監督人生を追い、つぎに代表作『犬神家の一族』の面白さをひもとき、最後に市川作品の常連アクター・石坂浩二との対談で締めくくっている。網羅的な情報あり、狭く深くの分析あり。端的に言って映画オタク/非映画オタク双方が楽しめる本だ。  市川がアニメーター出身で、絵コンテをきっちり描いていたことが図版入りで紹介されたり、日本的な「情」を排して、クール&スタイリッシュな作品を作ろうと腐心したことが綴られるなど、市川ワールドのなんたるかが書かれる中で、とくに印象的なのは妻である「和田夏十」との関係。ふたりは監督と脚本家として最高のコンビだった。「私はおおよそなんでも映画になるんじゃないかと思っています」と言い切り、弱腰になる夫を全力で後押しした夏十……かっこよすぎる! 彼らの関係が作中にしばしば登場する「ナヨナヨした男とバイタリティあふれる女」に通ずるという指摘には、深く首肯させられ、改めて映画を見直したくなった。  吉永小百合を「監督クラッシャー」と呼んだり(彼女と組むと「ほとんどの監督が駄作を連発するようになり、評判を落としていく」)、『細雪』以降の市川を「大迷走時代」と位置づけるなど、辛口な部分もあるが、不思議と感情的に見えないのは、やはり彼が研究畑からやってきた人で、好悪を超えた客観性を持っているからだと思う。そういうスタンスで書ける彼もまた、クール&スタイリッシュ。実はけっこう市川と似ているのかも知れない。
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週刊朝日 1/7
夢酔独言
夢酔独言
勝海舟の父である小吉(隠居名は夢酔)は、剣術の名人ながら無役の御家人で、江戸の本所で貧乏暮らし。まるで時代小説の主人公だが、実際、子母沢寛の小説『おとこ鷹』『父子鷹』のモデルで、本書はその種本だ。  勝小吉の回想は、破天荒エピソードの連続で、読者としては驚いたり、あきれたり、ほろりとしたり。まことに痛快極まりない。  子どもの頃から武芸には励んだが、学問は大の苦手。母のへそくりをちょろまかしては遊び歩き、上方目指して家出をし、大人になってからの喧嘩は刀を抜いての刃傷沙汰もしばしば。女遊びも相当で、ある女に惚れたときは、自分の妻に相談し「私が死んででも貰って来てあげる」というので、任せて遊びに出る始末。  ただしこの時は、行く先々で占師から女難の相を言い立てられて改心し、妻のもとに戻った。たぶん占師は奥さんの仕込みだろうが、小吉は騙されたのか、気付いてとぼけているのか。  好きなものを食べ、貧乏ながらおしゃれでもあり、やりたい放題。一応、若い頃のあれこれを反省して、「決而おれが真似をばしないがいい。孫やひこが出来たらば、よくよくこの書物を見せて、身のいましめにするがいい」と書いているが、全編これ、わるさ自慢にしか見えない。子孫に訓戒垂れるなよ。  それでも人情に厚く、頼まれたら他人のために一肌脱ぎ、それが喧嘩騒動などで公儀のお咎めを受ける原因だった。堪え性はないが一本筋が通っている。こういうのが、魅力なんだろうなと納得(でも女の件はアウトでしょ)。  小吉は何度も、自分は学問がないと述べている。たしかに漢籍詩歌には疎いようで、本書も仮名が多い。しかし思いの丈をありのままに記すその筆は、現代人にもすんなり読める躍動的な文体で、江戸時代にこんな文章があったなら、明治の言文一致運動は何だったんだと思えてくる。やっぱり鳶が鷹ではなくて、父子鷹だ。
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週刊朝日 12/17
ケチャップ・シンドローム
ケチャップ・シンドローム
本作は「とりかえしのつかないこと」をめぐる物語である。思い出すたび胸をしめつけるような後悔は、みんなひとつぐらい抱えているものだと思うが、本作のヒロインが抱える後悔は、かなり深刻なものだ。  絶望の淵にいる彼女がはじめたのは、なんと死刑囚との文通。日本では馴染みがないが、アメリカには受刑者のペンパル募集サイトがあるそうで、彼女はハリスという男にゾーイという偽名を使って手紙を書き送るようになる。名前だけでなく住所も嘘だから、当然のことながら返事はもらえない。しかし、だからこそゾーイは本当のことが書けるのだ。  ことの発端は、ゾーイとマックスの恋愛。かなりイケている男子高生・マックスが、目立たないゾーイに接近する。浮かれるゾーイ。しかしゾーイには他に気になる男子・アーロンがいる。だが、彼はマックスの兄なのだ(三角関係!)。そもそも恋愛スキルのないゾーイが、この状況をうまく切り抜けられるハズもない。それに加えて、ゾーイの家庭も問題だらけ。支配的なママが、リストラされたパパをなじり、子どもたちから自由を奪ってゆく。恋人も家族もいるのに、ゾーイはずっと孤独だ。  やがて起こる「とりかえしのつかないこと」が何なのかは伏せるが、ゾーイがそのことを9カ月かけて書く途上で、ハリスの死刑執行日が決まる。生きていくゾーイと死にゆくハリスが強烈なコントラストを描くクライマックスを駆け抜けると、アーロンとドット(ゾーイの妹)の文章が登場。ある種の癒やしとして読者を出迎えてくれる。苦くて甘いような、辛いけど満たされるような読了感。これぞ青春である。  ちなみにこの作品、早川書房と昭和女子大が立ち上げたレーベル「my perfume」の第1弾。女子大生とコラボするのであれば、もっとハッピーな作品を選ぶこともできたろうに、そうしなかったところに、早川&昭和女子大の本気を感じた。第2弾も楽しみだ。
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週刊朝日 12/10
ガリレオ裁判
ガリレオ裁判
歴史に残る偉業を成し遂げた人が、人格的にも優れていたとは限らない。科学者は科学者として、戦争の名人は戦略家として、優れていたのだろう。でも、人間としてはどうか。  ガリレオの話なのに、本書はナポレオンの逸話ではじまる。ナポレオンは征服した土地から様々なものを持ち帰ったが、ローマ教皇庁からは膨大な文献を持ち去った。ガリレオ裁判の記録はその目玉だった。  裁判を検証し、教会の蒙昧さを暴こうとしたのだが、整理は遅々として進まず、やがてナポレオンは失脚。文書は返還されるが、運搬費用のためにかなりの史料が業者に売り払われた。おいおい。  ガリレオ裁判の記録も一部失われ、けっきょく近年になってヴァチカンから出版された。 「それでも地球は動いている」の決め台詞は後年の創作で、本人はそんなことは言っていない。それでもガリレオの業績は変わらない。だから彼は、教会と闘った科学の英雄と思われてきた。  だが、現実は違ったらしい。  ガリレオもキリスト教徒だし、世渡りも考える普通の人間だった。有力者に取り入ったりもする。一方、教会内部にも本音ではガリレオの研究成果を認める知識人は多く、どうにか彼の知見と教会の教えを調和させようと骨を折っていた。  地球の自転と公転を「仮説として」考えることは容認されており、ガリレオもその線で行動する。しかし教会内部の派閥対立もあって、ついに異端審問にかけられる。  審問でのガリレオは日和りまくる。「軽率な間違い」で済むチャンスを見逃し、地動説を否定する明確な証明を『天文対話』に書き加えたいなどと、自分から申し出たりもする。これは却下されたが、おかげで『天文対話』が科学史上の名著として残ったのは皮肉だ。 「なーんだ」と思う人もいるかもしれない。だが、そんな男が、それでも事実にたどり着き、周囲の顔色を気にしながらも書き記したのは、別の意味でドラマチックだ。
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週刊朝日 12/3
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