“溺愛系コンテンツ”はなぜ女子の心をつかむのか?
“溺愛系コンテンツ”が支持されている背景とは?(*写真はイメージ/Getty Images)
『妻が綺麗過ぎる。 好き以外何で結婚する?』(著者:妻が綺麗過ぎる。/発行:KADOKAWA)
『妻が綺麗過ぎる。 好き以外何で結婚する?』という本が人気だ。著者はTikTokやYouTube、Twitter上で美人の妻とノロけたり視聴者からの人生相談に答える人気のアカウント「妻が綺麗過ぎる。」。SNS上の累計フォロワー数は100万人以上。
本の内容は、元宝塚歌劇団の女優である“綺麗過ぎる”妻の写真と、本業はコンサルティング会社の役員だというアカウント運営者の夫が書いた結婚観――タイトルどおり「お金や見た目、価値観、やさしさや他人の評価といった『相手が好き』以外の理由では結婚するな!」というもの――や、馴れ初めから結婚、そして現在に至るまでの数々のトラブルとそれを乗り越えたふたりの絆を綴ったエッセイとで構成されている。
「妻が綺麗過ぎる。」のファン層はTikTokやYouTubeの視聴者ということからわかるように若い人たち、それもとくに10代女子が多い。そしてこのように、男性が彼女や妻を「溺愛」するコンテンツは、近年、小説やマンガのようなフィクションからSNSまで広く支持されている。たとえば社会人や主婦層の女性に人気のマンガサイト「めちゃコミック」は「溺愛男子」特集を組んでいる。
ここでは主に10代向けの“溺愛系コンテンツ”を紹介し、その中身、そして支持される背景について迫ってみたい。
■月間ユーザー数50万人以上のケータイ小説サイト「野いちご」の「溺愛」人気
スターツ出版が運営するケータイ小説サイト(と言っても今はほとんどがスマホからのアクセス)「野いちご」は小学校高学年から中学生を中心に今も月間ユーザー数が数十万人おり、書籍化作品でも沖田円『僕は何度でも、きみに初めての恋をする。』が25万部、櫻井千姫『天国までの49日間』が18万部、櫻いいよ『交換ウソ日記』17万部、いぬじゅん『いつか、眠りにつく日』14万部と近年もヒット作が登場している。
この「野いちご」のアプリを開くと、トップページに表示される作品のカテゴリーは「切ない・ピュア」「溺愛・日々」「涙・感動」「学園ホラー」「暴走族・元姫」の5つ。これが人気作品のカテゴリーとなっている。
2000年代のケータイ小説は性的・暴力的にわかりやすい“過激さ”が求められたが、2010年代以降はそういう方向の出来事の過激さは読者に求められていない。
1974年から約6年おきに実施されている日本性教育協会「青少年の性行動全国調査」を見ても、第1回調査以来、中学生~大学生まで性別を問わずデート、キス、性交経験率は総じて上昇傾向にあったが、2011年調査ではついに反転し、最新2017年調査でもおおむね下落傾向にある。
経験率だけでなく性的行動への関心自体が減退しているのだ。そしてそれに合わせるようにして10代向け恋愛小説や少女マンガでは性描写のソフト化・忌避が進んだ。
ただその代わり、「号泣」や「溺愛」などの“感情の高ぶり”が読む前からわかりやすく伝わることがかつて以上に求められるようになった。
こうして近年のケータイ小説ではハッピーエンドの「溺愛」ものが一大ジャンルを築いている。
■溺愛系SNSアカウントの先駆「楠本Family」
「妻が綺麗過ぎる。」に先行する溺愛系SNSアカウントといえば「楠本Family」の存在が外せない。
楠本Familyは動画配信・共有サービスMixChannel上で「りほだいカップル」として有名になり、こちらは夫側ではなく妻側からの記述だが、ふたりの馴れ初めから結婚までを綴った『ずっと一緒にいられますように。』という本(KADOKAWA、2017年刊)がやはりスマッシュヒットとなり、小説化、マンガ化もされた。
SNS上には生まれては消えていくカレカノ共有アカウントがあるが、その最大の成功例だろう。
同書は、母子家庭で育った里歩が17歳で彼(大悟)と出会い、18歳で妊娠、そして入籍。19歳で出産、20歳で結婚式、さらには311を体験という、時系列だけ見るとジェットコースターストーリーに思えることが、ノロケと「パズドラで13コンボできた!」と言って喜んだりする(今では時代を感じる)ほっこりエピソードによってあたたかい気持ちになる一冊になっている。
昔だったらヤンキーマンガやTVドラマの題材になりそうなエピソードが頻出するが、ドキドキさせるというより、全体を「完全に大悟から愛されている」という安心感が貫いているのが2010年代的だった。
地元で生まれて地元で育って地元で恋愛、結婚、出産という地元志向が強まる時代の空気とマッチした溺愛ものとして、全国的に人気になったのも頷ける。
■溺愛系Twitterポエム/格言を紡ぐ「0号室」
「0号室」は7歳上の妻とののろけをTwitterやInstagramで書いていたところ書籍化のオファーがかかり、2016年に妻との馴れ初めを物語形式で書いた『勇気は一瞬 後悔は一生』(ワニブックス)でデビューした書き手だ。
ここ数年、TwitterやInstagramでの主に恋愛に関するポエム的なつぶやきを書籍化したり、人気投稿者に小説を書かせたりする流れがある。
0号室もそういう流れからエッセイ『がんばる理由が、君ならいい』(ワニブックス)や私小説『愛、という文字の書き順は教わっても愛し方までは教わってこなかった』(KKベストセラーズ)を書くに至った。
0号室はこのジャンルの先駆である蒼井ブルー同様、女性のことを褒めまくり、気持ちよくさせるつぶやきを投稿して女性の支持を得ている。エッセイ集でも小説でも、恋愛や家族に関する持論を展開するのが特徴だ。
彼の発するメッセージは、
「大事な話は、目を見て伝えること/文字だけじゃ心は伝わらない」
「とにかく今があるのは支えてくれる誰かのおかげなんです」
「いくら願っても届かないなら、いっそ想いとともに消えてしまいたくなる」
といったもので、自己啓発書の大家・中谷彰宏や、叙情的な写真+詩で一時代を築いた銀色夏生を思わせる。
おそらく0号室の読者である女子中高生たちは中谷も銀色夏生も知らないのだろうが、時代は変われどこうした表現に需要はある、ということなのだろう。
■慌ただしく不安を煽られる時代だからこその“溺愛系”人気
ひとくちに“溺愛系”といってもいろいろなコンテンツ/アカウントがあることを見てきたが、共通するのは、出会ってから付き合うまでのドキドキではなく、付き合ったり結婚しても続くラブラブで幸せな状態を見たいということ。
ドーパミンやアドレナリンが出るような興奮する出来事ではなく、オキシトシンが分泌されるようなほっこりした触れ合いがほしいということだ。
なぜこんなにも“溺愛系”は求められるのだろうか?
理由はさまざまだろうが、ひとつ言えるのは、現代はかつてであれば考えられないくらい無数の情報が溢れている。ただでさえ敏感で不安になりがちな若い女性たちは、日々SNS上に流れてくる情報や感情によって疲れている。だから安心感を味わえ、不安を忘れさせてくれる“溺愛系”に惹かれるのだろう。(文/飯田一史)
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2020/01/24 17:00