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「ただ一緒に生活できるということが本当に幸せ」 憧れの人だった夫と結婚、喧嘩はゼロ
「ただ一緒に生活できるということが本当に幸せ」 憧れの人だった夫と結婚、喧嘩はゼロ 鈴木雄大さんと鈴木佳奈子さん(撮影/写真映像部・東川哲也)    AERAの連載「はたらく夫婦カンケイ」では、ある共働き夫婦の出会いから結婚までの道のり、結婚後の家計や家事分担など、それぞれの視点から見た夫婦の関係を紹介します。AERA 2024年4月15日号では、塾の経営と食事・学習支援事業に夫婦で取り組む鈴木雄大さんと鈴木佳奈子さん夫婦について取り上げました。 *  *  * 妻22歳、夫32歳で結婚。長男(21)、長女(20)、次女(18)、次男(17)、夫の母と7人で暮らす。 【出会いは?】夫が勤めていた学習塾に、妻が学生講師として入った。妻は中学生時代、同じ塾で夫の授業を受けたときから憧れていた。 【結婚までの道のりは?】一緒に仕事をするようになり、「やっぱり好き」と感じた妻が押し切った。 【家事や家計の分担は?】洗濯と掃除は妻。他はふたりで。弁当は夫、デザートは妻。財布は一緒。 夫 鈴木雄大[54]慶翔ゼミナール 塾経営/NPO法人メダカのお弁当 理事長 すずき・たけひろ◆1969年生まれ、横浜市出身。神奈川大学法学部中退。学生時代から働いていた学習塾に就職。退職、結婚を経て塾を設立。「メダカのお弁当」や学習支援の無料塾にも力を注ぐ  塾を始めて22年、いろんな危機があったけれど、彼女は決して否定的なことを言わず、常に「なんとかなるだろう」。日々感謝してます、言いませんけれど。  食事支援や学習支援の活動をしているのは、これまでいろんな方に助けてもらってきた恩を他の方に送るため。毎朝彼女と並んで台所に立ち、無料配布する弁当を20食ほど作っています。うちは子どもが4人いて毎食たくさん作るから手慣れたもの。手間は大して変わらないんです。  夫婦は喧嘩してなんぼ、なんていうけれど、したことがないですね。あえて彼女に何か伝えるなら「ろれつがまわらなくなったら救急車呼んで」と「痛風が痛いから足を踏まないで」くらいかな。  僕たちは10歳違い。女性のほうが平均寿命が長いから、彼女は20年くらい一人になるかもしれない。これだけずっと一緒にいると、それって耐えられないんじゃないかな。逆に僕もそうですけど。そこどうしようかな、困ったな、というのは今考え中です。 鈴木雄大さんと鈴木佳奈子さん(撮影/写真映像部・東川哲也)   妻 鈴木佳奈子[44]慶翔ゼミナール 塾経営/NPO法人メダカのお弁当 事務局長 すずき・かなこ◆1979年生まれ、横浜市出身。杏林大学社会科学部を卒業し、第1子を出産。同年、夫と塾を始める。一方でお弁当版子ども食堂「メダカのお弁当」や学習支援にも携わる  塾の生徒だった中学時代から憧れの人だったので、たまたまご縁で一緒に働けることになり、うれしくて。「これはいくしかない」とアプローチしました。結婚は前世から決まっていたことです(笑)。  喧嘩は全くないですね。基本的に尊敬しているので。やると決めたことは絶対に投げ出さないし、いつも隣にいて、どんなときも支えてくれます。たとえば役所とのやりとりなど、私がはっきり言えないところをフォローしてくれたり。そういった小さなことの積み重ねなんですけれど。  昔は「自分が努力すれば結果は出る」と思っていました。でも一緒に仕事をしていくうちに、努力しても実らないことってあるんだなと。物事にはご縁やタイミングがあるというのもわかり、「努力しなければ」と自分を追い詰めることが減った。少し力を抜けるようになりました。  ただ一緒に生活できるということが、本当に幸せ。特別なことは必要ないので、これからも何げない毎日を一緒に過ごしていければいいな。 (構成・大塚玲子) ※AERA 2024年4月15日号
大人でも男性でも“ぬいぐるみ愛” かばんの中に「推し」を入れて
大人でも男性でも“ぬいぐるみ愛” かばんの中に「推し」を入れて 猫写真家・沖昌之さんと「推し」のぬいぐるみ。「いい写真を撮ってもらえてよかったなぁ」と話しかけながら撮影は進んだ(撮影/写真映像部・和仁貢介)    仕事先にもプライベートにも、常にぬいぐるみを持ち歩いている男性を見かけるようになった。どんなところが魅力なのか、詳しく話を聞いてみた。AERA 2024年4月15日号より。 *  *  *  本誌で「今週の猫しゃあしゃあ」を連載中の猫写真家・沖昌之さん(46)は、実は大のぬいぐるみ好きだ。 「幼い頃から、べったりというわけではないんだけど、常にそばに誰かいた」  と話す沖さん。記憶にある最初のぬいぐるみは、あらいぐまのラスカルだ。まだ小学校に入る前の幼い頃、七つ上の兄のために自宅にやってきたものの放置されていたラスカルとよく遊ぶようになったという。  その次は、小学生の時に、三重県の鳥羽水族館で買ってもらったラッコのぬいぐるみが相棒に。中学生になると、ムーミンシリーズに登場するニョロニョロになり、その後しばらくして、クレーンゲームで取った少年アシベのゴマちゃんが最愛の存在になった。20代の頃は、ピングーの妹のピンガが好きになり、その次はミッフィー。そして30代に入った頃からは、リラックマがすぐそばにいるという。沖さんは、 「ずっと同じぬいぐるみと一緒に過ごしてきたわけではないけど、歴代の『推し』の多くは残してあって、自宅の押し入れで眠っています」  と熱っぽく話してから、ふと我に返ったように、こう言った。 「なんか気持ち悪いこと言ってるのかもしれないな(笑)。いい年した大人の男がぬいぐるみなんて、と思いますよね……。でも、僕はぬいぐるみが好きなまま年を重ねてきました」 「卒業」せず大人に  いえいえ、ぬいぐるみは幼い子どもだけのものではないし、ましてや女性だけのものでもないでしょう。  でも、多くの人が「卒業」していく(ように見えている)ぬいぐるみを、ずっと愛し続ける人たちに何か共通点はあるのだろうか。  著書に『人形メディア学講義』がある白百合女子大学の菊地浩平准教授(人形文化論)は、 「卒業した人たちは、興味関心が自然と他のことに向いたり、自分で卒業すると決断したりしているように見えますが、実際は親や周囲からの『まだそんなもの持ってるの?』というプレッシャーによって離れていくケースが多い。そのきっかけがない場合は、卒業という選択肢がないまま大人になるのです」  と解説する。まさに、冒頭の沖さんは「家族にも友だちにも咎められたことがない」という人だ。  そんな沖さんは、20代半ばを過ぎた頃から、ぬいぐるみが遊び相手から「話し相手」に変わったという。 「彼らと喋ると心が整うことに気づきました。つらかったことや悔しいことを伝えると、返ってくる言葉はいつもポジティブ。よし、また頑張ろうと思えるんです」(沖さん)  猫写真家として、全国各地はもちろん台湾など海外も飛び回る日々だが、いつもスーツケースに「推し」を入れていき、現地で励まされているという。最近、iPhoneを新調し、旅のお供がグーグルマップになったために「推し」の出番が減ってはいるが、沖さんは、 「それは僕の心が安定しているからでもあるでしょうね。いつかまた必要とする時は来ると思います」  と話す。  ぬいぐるみの存在に支えられる日々。それは、ある日突然、始まることもあるようだ。 運命的な出会い  関東地方の国立大学の60代の男性教授は約5年前、イタリアのジェノバに行った時に、空き時間にふらりと立ち寄った水族館で“運命の出会い”を果たした。  お土産ショップに並んでいたペンギンを見て、 「ビビビッときました。それまで、ぬいぐるみとは全く縁のない生活をしていて、目にすることがあっても特に何とも思わなかったのに、あの時は迷うことなく買ってしまいました」  と振り返る。 男性教授のぬいぐるみ「ジェノベーゼちゃん」のインスタのフォロワーは1200人超。海外にも一緒に行く(写真:本人提供)    ペンギンは身長約25センチ、日本円で2千〜3千円ほど。「ジェノベーゼ」と名づけて持ち歩き、カフェでパンケーキを食べたり、観光地を訪れたりするたびに写真を撮って、ジェノベーゼ名義のインスタにアップするようになった。キャプションはいつも会話調だ。 (ジェノベーゼ)「池からけむりが出てる!」 (男性教授)「別府の海地獄だよ。98度の温泉なんだって」 写真:本人提供(男性教授)    かわいがってきたが、一度、フランスの地方にある博物館で、欄干に載せて写真を撮っていたら、下水管に落としてしまったことがあるという。救出は難しく、帰りの飛行機で泣き通した。だから、いま一緒にいるジェノベーゼは、その後、再びジェノバに行った時に購入した2代目だ。男性教授は、しみじみと言う。 写真:本人提供(男性教授)   リトマス試験紙の役割 「自分にこんなことが起きるなんて、全く予想してなかった。出会ってから、世界が広がって楽しいです。好きなものがひとつでもあることは、人生を豊かにするなと感じています」  いま、ジェノベーゼの登場するインスタのフォロワーは1200人超。親しい友人らは更新を楽しみにしてくれていて「いいね」を押してくれるが、硬派な分野を専門としていることもあり、勤務先の学生たちには「説明がめんどくさい」から公表していないという。 写真:本人提供(男性教授)   「悪いことをしてるわけじゃないし、かわいさを多くの人に知ってもらいたいと思って発信しています」  と話す。  性別や年齢、国籍を超えて、誰もが互いを認め合おうという風潮が出てきた時代である。多くの人にぬいぐるみ愛を理解してもらいたいと願うばかりだが、白百合女子大の菊地准教授は、こう指摘する。 「ぬいぐるみが好きな大人たちは、公開することによって何かしら嫌な思いをしていることが多いので、話す相手を選んでいます。逆に、ぬいぐるみを受け入れてもらえたら、一気に打ち解けることができる。ぬいぐるみがリトマス試験紙のような役割を果たしている」 持ち主の人生が見える  ぬいぐるみの存在がより一般的になれば、コミュニケーションが広がるということだ。菊地准教授によると、もうひとつ期待できることがあるという。 「ぬいぐるみを介して話すと、その人の人生が見える。例えば『一緒に住んでいたおばあちゃんに買ってもらった』『中学受験で心が弱っていた時にそばに置いていた』という会話ができるからです。『あなたはどんな人生でしたか?』と聞くよりもずっと話題が広がる」(菊地准教授)  なるほど。誰もが一度は、ぬいぐるみに触れたことがあることを考えると、年齢を超えた会話のきっかけとして大いに活用したいアイテムだろう。ぬいぐるみは手頃な値段のものが多く、コスパも最高だ。  幼い頃からぬいぐるみと過ごしてきた冒頭の沖さんは、時代の変化をこう語る。 「インスタなどSNSの普及と、携帯で写真がすぐ撮れるようになったことで、ぬいぐるみと過ごす日常を公開しても、それほど不思議がられなくなっていると感じます。同時に、男性がぬいぐるみ好きでもいいよね、という共感も広がっているようです」  話しかければ、ポジティブな言葉を返してくれて、心が整う。周囲とのコミュニケーションのきっかけにもなり、値段も安い。「ぬいぐるみ推し」の時代到来、かもしれない。 (編集部・古田真梨子) ※AERA 2024年4月15日号
伊藤忠の採用担当に聞くホンネ 「少数精鋭だからこそ、自分から情報をつかみにいく人が欲しい」 
伊藤忠の採用担当に聞くホンネ 「少数精鋭だからこそ、自分から情報をつかみにいく人が欲しい」  伊藤忠商事の人事・総務部 採用・人材マネジメント室 市川丈陽(いちかわ・じょうや)さん  就職活動は年々早期化が進み、夏に行われるインターンシップの準備がはじまる大学3年(修士1年)の春が実質的な就職活動のスタートとなっている。自分のキャリアや就活についてあまり考えないままに就活をスタートさせると、壁につきあたってしまう可能性も高い。  そんなときに活用してほしいのが、就活ナビや大学が企業をあつめて開催する合同説明会。コロナ禍を経て対面でのイベントが復活し、一気にたくさんの企業や社会人に接して生の情報を得られることが可能になった。  新卒向け就活・就職サイト「あさがくナビ」が4月に開催する大型のイベント「キャリアデザインフォーラム」に参加する人気企業3社に、会社の魅力や採用にかける思い、学生へのメッセージを聞いた。1社目は「あさがくナビ」調査の就職人気企業ランキングで6年連続1位を獲得した伊藤忠商事が登場する。(あさがくナビ編集部・福井洋平) *    *  * ――6年連続でランキング1位を獲得されました。人気の理由は何だと思われますか。 人事・総務部採用・人材マネジメント室 市川丈陽(じょうや)さん(以下同) ひとつは、伊藤忠商事をはじめとする大手総合商社の業績が伸びているためだと思います。伊藤忠商事は2022年3月期に最高益を達成。2023年度も多分野で大きく収益を伸ばしています。  業績好調な業種の中でも、商社という業種は可能性が制限されておらず、新しい挑戦ができる業界とみられています。私たち伊藤忠商事は江戸時代末期に伊藤忠兵衛が創業して以来、ゼロからビジネスをつくり上げてきたという会社のDNAがあります。社員一人ひとりが挑戦を続けてきた歴史や社風がある、ということを学生にも伝えています。 ――SDGs推進にも積極的に取り組んでいますね。  ファミリーマートの中食包装をバイオマスにしたり、フードロス削減に取り組んだりと、生活消費関連分野を通してSDGsに積極的に取り組んでいることが学生に伝わっていると感じます。いまは福利厚生や待遇面だけでなく、自分がどれだけ会社を通して社会貢献できるかを就職活動の軸にする学生が増えており、就活イベントの質疑応答でも「伊藤忠商事で代表的なSDGs関連の取り組みは何ですか」という質問をよく受けます。当社はそういう学生のニーズに訴求できているのではないでしょうか。 2023年11月に学情が発表した就職人気企業ランキング、トップ10。伊藤忠商事は6年連続の1位を獲得   ――働き方改革にも取り組まれています。  2013年に午後8時以降の残業を禁止し、仕事を朝型にシフトする「朝型勤務」を取り入れました。  伊藤忠商事は10年かけて長時間労働をよしとする意識を変えてきました。伊藤忠商事は他商社に比べて社員数が少なく、成果が求められるため、一人ひとりが生産性を上げていかないといけません。「厳しくとも働きがいのある会社」というのが当社のフレーズですが、その中で無駄を省き、限られた時間で効率的に仕事をしていく文化が育っていたと思います。 ――市川さんは2021年入社ですが、伊藤忠商事を選んだ決め手は何でしたか。  シンプルかもしれませんが、社員の方から感じた社風や価値観が一番魅力的だったのが伊藤忠商事でした。最終面接を担当してくださった役員の方が、一番社会人として尊敬できると感じました。営業の経験が長い方で、とても話し方が柔和で心をつかまれました。  その方からは、事前の対策では対応できない質問をされました。覚えているのが「なんでチューインガムは廃れたと思う?」という質問です。考えたことのない質問で、「健康志向が高まって、歯の詰め物がとれるのが嫌がられるようになったから」とよく分からない返事をしてしまいました。  その方によると、因果関係はわからないけれどスマートフォンが普及するにつれてガムの売り上げが落ちているそうなんです。そこから、「自分の担当するビジネスがどういう外的要因に影響を受けるかわからないが、それに対応するのが地球規模でビジネスをしている商社パーソンだから、君がもし優秀な商社パーソンになりたいなら自分の担当しているものだけではなくこの世界全体を俯瞰しよう」という話をしていただきました。自分が入社を決めたきっかけになった言葉です。 ――入社後はどのような仕事をしてきましたか。  入社から新卒採用を担当し、2年目からはキャリア採用も少し担当しています。今は新卒採用チームのリーダーになっています。伊藤忠商事は私のような若手が新卒採用を担当する文化が醸成されています。 ――配属は自分で希望できるのですか。  採用時に希望できます。私は人事が第2希望でした。 【大学新2~3年生など対象】Career Design Forum in 東京 https://www.gakujo.ne.jp/2026/events/evt_dtl.aspx?p1=evt1 【大学新2~3年生など対象】Career Design Forum in 大阪 https://www.gakujo.ne.jp/2026/events/evt_dtl.aspx?p1=evt2 ――どのような学生に入社してほしいですか。  成長意欲が強い人というのは中心に据えています。  伊藤忠商事は少数精鋭体制ですので、一人あたりが担当する業務が多い。担当者になれば営業、契約書の処理、入金の確認、様々な業務を一人で担うので、自分から情報をつかみにいき、成長しようという思いがなければ活躍できません。  もうひとつは「目の前の課題を解決する能力」です。商社の仕事はトレーディングだけではなく、事業に投資したりなど、様々な要素があります。未知の分野に挑んだときに構造的に目の前の課題を解釈し、組織やビジネスの本質的な課題を特定できる能力を重視して選考しています。 ――学生のどういうところに注目されますか。  学生はよく、「私は全国大会に出るような経験をしていません」など、経験の優劣を考えてしまいがちです。当社はそういった経験の表層を評価しているわけではありません。  どんな経験でもいいので、自分がこれまでの人生で力を入れてやってきたこと、そして課題に直面したときにどのように推察し、どう行動してきたかを見ています。仕事の中で課題に直面したときにどう行動するかを知りたいので、そこはよく見ています。 ――伊藤忠商事を志望する学生にアドバイスはありますか。  その場をうまく取り繕えるかといったテクニカルなスキルは必要としていません。学生には今自分が全力を尽くしていることに100%注力してほしいと思っています。  面接では「あなた自身がどのような壁を乗り越えて今があるのか」とよく聞きます。自分自身が夢中になる中で様々な壁を乗り越えるという経験を、人生を通じて積んでもらいたい。今やっていることが就活で有利になるかとかはあまり考えずに、夢中になれることに全力を尽くしてほしいと思っています。 (インタビューの詳細はあさがくナビのニュースサイト「就活ニュースペーパー」(https://asahi.gakujo.ne.jp/teach/jinji_real/detail/id=3871)に掲載 ●伊藤忠商事も登場! キャリアデザインフォーラム(4/20東京、4/27大阪)のお知らせ あさがくナビでは4月20日(土)東京、4月27日(土)大阪で史上最大規模のインターンシップ&業界研究イベントを開催。伊藤忠商事も東京、大阪の両会場に参加する。 【お申し込みはこちらから】 【大学新2~3年生など対象】Career Design Forum in 東京 https://www.gakujo.ne.jp/2026/events/evt_dtl.aspx?p1=evt1 【大学新2~3年生など対象】Career Design Forum in 大阪 https://www.gakujo.ne.jp/2026/events/evt_dtl.aspx?p1=evt2
東京で学童保育の待機児童数が多い区市町村は? 「民間学童」が増え放課後の子どもの居場所も多様化
東京で学童保育の待機児童数が多い区市町村は? 「民間学童」が増え放課後の子どもの居場所も多様化 写真はイメージ(iStock)  新入学の4月、放課後児童クラブ (学童保育所)にお子さんを預け始めた家庭も多いでしょう。小学校低学年は帰宅時間が早く、共働き世帯に学童保育の存在は不可欠ですが、なかなか希望通りに入ることが難しい地域もあります。学童保育所に入れず、時短勤務に切り替える、退職せざるを得なくなる人もいる、いわゆる「小1の壁」問題。全国で最も待機児童数が多い東京都に絞り、区市町村別のデータを紹介します。    2023年5月1日時点での全国の学童保育を利用している子ども(登録児童数)は、前年比6万5226人増の145万7384 人。利用できなかった児童数(待機児童数)は前年比 1096人増の1万6276人。東京都(3524人)、埼玉県(1881人)、千葉県(1227人)で全体の約4割を占めている。例年は5月1日時点だけの発表だが、23年は10月1日時点も調査しており、全国では登録児童数 139万9224人、待機児童数は8487人に減少している。年度初めや夏休みが終わると需要は減るという声があるが、減少しなかった分への対応は急務だろう。   23年5月1日時点の東京都の放課後児童クラブ(学童保育)の登録児童数は13万2648人。待機児童数は3524人と、全国でも最多だ。10月1日時点では登録児童数は12万8590人、待機児童数は2093人と5月1日時点より減少している。今回は10月1日時点での数値をもとに登録児童数、待機児童数を整理した。     待機児童数の多い区市町村は  表1は待機児童数の多い順に区市町村を並べた。1位は葛飾区(255人)、2位は中央区(234人)、3位は練馬区(218人)。そのほか足立区(164人)、狛江市(108人)が100人を超えた。   登録児童数が多い区の待機児童が多いかといえばそうではない。登録児童数が6千人を超えている世田谷区、板橋区、八王子市では待機児童なし。そのほか、23区内では千代田区、品川区、渋谷区、豊島区、北区、荒川区、江戸川区が待機児童なしだった。  この表で待機児童数がゼロの区市町村は東村山市以外、5月時点の調査でもゼロだった。これらの区市町村では待機児童になる可能性は低いといえるかもしれない。 (出典)東京都福祉局のサイト「児童館・学童クラブの事業実施状況等」より作成 (出典)東京都福祉局のサイト「児童館・学童クラブの事業実施状況等」より作成 ※待機児童数ゼロの区市町村は順不同  表2は学童保育を希望している児童(登録児童数+待機児童数)に占める、待機児童の割合(待機児童率)を高い順に並べた。待機児童となりやすい区市町村を示している、ともいえるだろう。断トツが中央区で23・2%。続いて狛江市、稲城市、あきる野市、葛飾区、台東区の順だ。 (出典)東京都福祉局のサイト「児童館・学童クラブの事業実施状況等」より作成。檜原村、新島村、御蔵島村、青ヶ島村、小笠原村は登録児童数ゼロのため除く  ※待機児童率は、待機児童数/登録児童数+待機児童数×100で計算 (出典)東京都福祉局のサイト「児童館・学童クラブの事業実施状況等」より作成。檜原村、新島村、御蔵島村、青ヶ島村、小笠原村は登録児童数ゼロのため除く  ※待機児童率は、待機児童数/登録児童数+待機児童数×100で計算   数だけ見ず、「中身」を見て  保育ジャーナリストの普光院亜紀さんは、東京都の待機児童数についてこう指摘する。 「親が働いている家庭の子どもを対象とした放課後児童クラブ(学童保育)と、全児童を対象とする遊び場的事業を一体的に行っている自治体が増えていますが、定員の考え方があいまいで、待機児童数として数が出ない自治体もあるようです。以前、保護者から『出入りする子どもの数が多いのに、ランドセルを置く教室が一つあるだけで落ち着かない』など、一体型事業への不安の声が届いていましたが、最近は少なくなりました。今は、民間学童も多く、放課後の居場所が多様化しているため、親の選択の問題になっているのかもしれません。しかし、子どものためには、利用料の安い公的な学童保育が、安心して快適に過ごせる居場所として保障されることが必要だと思います」  国は、2007年から小学校内に「放課後児童クラブ」と「放課後子供教室」を一体的に整備する「放課後子どもプラン」を推し進めてきた。「放課後子供教室」は、学校の教室や体育館などを使って学習や運動をし、子どもたちの放課後の居場所を作る取り組みが進められている。学童保育はこども家庭庁、放課後子供教室は文部科学省が管轄だ。  学童保育は指導に当たる専門職員(放課後児童支援員)がいるのに対し、放課後子供教室は地域のボランティアなどと協力して運営されている。両親の就労条件もなく自由参加。政府は待機児童解消のため、18年から「新・放課後子ども総合プラン」 として新たな目標を定めて推し進めている。 「東京23区は一体型での取り組みが多くなっています。学童保育に入れなくても放課後子供教室を利用できていれば、待機児童数にはカウントされない自治体が多いのかもしれません。例えば中央区は23年4月から一体型を始めていますが、これまで児童館での学童保育が中心でした。児童館の学童保育は定員が明確なので、定員を超えた利用希望者の数が待機児童数にカウントされます。そのため数が多く見えているのだと思います」(普光院さん)  放課後子供教室や一体型の取り組みがあるなら、待機児童は発生しにくい。親も、子どもが学童に入れずに仕事に影響が出ることを考えると、使い勝手もよく大助かりというところだろう。だが、普光院さんは言う。 「放課後、子どもがどこかで過ごせているなら、それで良いと言われればその通り。だが、友達と遊びたい子もいれば、今日はしんどいからゆっくりしたい、1人で本を読みたいという子だっている。学童保育であれ一体型であれ、子どもたちが安心して過ごせる場になっているか、大人の見守りのもとで自由に遊べているかが大事だと思います」  小学校生活、子どもにもいろいろなストレスやトラブルがある。「勉強が分からない」「友達とけんかをした」などと、疲れることも悩むこともある。普光院さんは、放課後に過ごす場にいる大人に、安心して心の内を話せるぐらいであってほしいと考えている。 「親の就労にかかわらず好きな友達と一緒に遊べることや、学童保育が待機となった場合でも放課後子供教室を利用できることはメリットともいえます。でも、定員管理をしなければ、過密な環境になっていたり、指導員の配置が足りていなかったりしても、問題が明確化されません。物理的な居場所と同時に、心の居場所があるかはとても大事です。ご自身の住む地域が待機児童数ゼロだからと安心せず、放課後、子どもはどんな場所でどのように過ごしているか、子どもと一緒に、事前に見学に行ってみることをお勧めします」(普光院さん) 「ゆっくりできないからつらい」「決められた遊びしかできないのが嫌」などと、学童保育に行きたがらなくなる子の声も聞く。せっかく放課後の預け先があってもそこで過ごしてくれない限り、親も安心して仕事はできない。受け皿を大きくするとともに、そこで多種多様な過ごし方ができるかについての検証も必要だろう。 (文/永野原梨香)
水原一平氏も苦しむ「ギャンブル依存症」の啓発の必要性 いま危険なのはオンラインカジノ
水原一平氏も苦しむ「ギャンブル依存症」の啓発の必要性 いま危険なのはオンラインカジノ 大阪市此花区の人工島・夢洲。中央奥がIR建設予定地。住民からは反対の声もあがっている=2022年4月    大谷翔平選手の元通訳・水原一平氏の巨額窃盗疑惑。自らギャンブル依存症であると告白したという。治療はどうすれば良いのか。専門家に聞いた。AERA 2024年4月15日号より。 *  *  *  違法スポーツ賭博に手を染めて借金が雪だるま式に増えていったのが、今回の水原一平氏の一件だ。大谷翔平選手の銀行口座から違法スポーツ賭博の胴元の関係者に、2回に分けて計100万ドル(1億5千万円)の送金があった記録が確認されたという。  水原氏の行動は典型的なギャンブル依存症だと話すのは「ギャンブル依存症問題を考える会」の代表で、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所研究生の田中紀子氏だ。田中氏は自らがギャンブル依存症の回復者でもある。 「ギャンブル依存症になると、思い付きでその場しのぎの嘘を重ねます。水原さんは最初、大谷選手が納得して友人の借金を肩代わりしたと話し、次に自分の借金に変わり、翌日には嘘をついたと話の内容が変遷しています。依存症の人はすぐにばれる嘘だと分かっていても理性的な判断ができず、ギャンブルを続けるためなら辻褄が合わないことでも言ってしまう。多くのギャンブル依存症の人に接してきた経験から、典型的な症状だとよくわかります」  嘘をつけば周囲に迷惑をかけてしまうことになるが、意思の力で止めるのは難しい。 「本人は嘘をついてギャンブルを続けることで胸が痛いし、周囲の人たちを傷つけたくないと思っている。それでもとっさに嘘が出てしまうのがこの病気の特徴です。風邪を引いた人が大事な人にうつしたくないけど、セキが出るのを止められないのと同じ。理性が利かないから病気なのです。水原さんがいくらもうギャンブルをやらないと言っても、きちんとした治療をしない限りは治りません」 脳内の快楽物質が放出 自助グループで変わった  ギャンブル依存症になったとき、体の中では何が起きているのか。この病気に詳しい昭和大学付属烏山病院の常岡俊昭医師は、脳内の快楽物質が調整できなくなっていると話す。 「脳の中には報酬系と呼ばれる快楽を感じさせる回路があり、楽しさを感じるとドーパミンが放出されます。本来ならいろいろな楽しいものに出るのですが、依存症になるとうまく調整ができなくなり、依存対象にだけ敏感に働くようになる。その対象がギャンブルなら賭け事をやめられなくなります。なぜそうなるのか原因ははっきりしませんが、抱えているストレスがギャンブルで忘れられた経験をすると、ギャンブルにはまっていく傾向にあります」  ギャンブル依存症の患者は男性が9割を占め、対象は競馬などの公営ギャンブル、パチンコやスロット、FX(外国為替証拠金取引)、オンラインカジノなど多様だ。子どものころに賭け事をする人が身近にいる環境で育った場合も、ギャンブル依存症になりやすいことが分かっている。  神奈川県在住のAさん(57)も、ギャンブル依存症に苦しんだ経験を持つ一人だ。  Aさんは高校生のとき、受験から逃避するためにパチンコを始めた。大学病院の事務職に就職すると、今度は競馬にはまるようになる。生活費や家賃にも手を付けていた。「そんな賭け方をしてはいけない」と注意してくれる先輩の忠告にも耳を貸さなかった。 「こんなことをしていたらダメだ」と思いながらも、同じことを繰り返す。手を出した消費者金融の借金が返せない状態に追い込まれたとき、仕事で集金したカネに手を付けるようになった。繰り返すうちに、横領額は1300万円にまで膨れ上がった。1年半後に発覚して仕事を首になった。別の病院に再就職して心機一転を誓うが、再びパチンコと競馬通いが始まる。職場のキャッシュカードを無断で持ち出し、3度金を引き出した。盗みが発覚して逮捕。裁判では懲役1年6カ月、執行猶予3年の判決を受けた。  判決後、ギャンブル依存症の自助グループに通い始めたことで、現在まで22年間ギャンブルをやめ続けることができている。Aさんは自助グループの役割をこう話す。 「依存症の人たちが集まり、それぞれの体験を話し合うことで気づきを見つけることができる。ほかの人の体験談を聞き始めたころは正直『変な考えだな』と思っていたのですが、あるとき『このおかしな考えは自分と同じだ』と気づきました。自分が変わり始めたのはそれからです」  Aさんは現在もギャンブル依存症の自助グループ「ギャンブラーズ・アノニマス」に通い続ける一方、回復者として再就職を果たすことができた。現在、数百人の部下を持つ立場にいる。 IR計画の前に啓発が必要 若い世代がオンラインで  ギャンブル依存症の治療はどうすれば良いのか。国立病院機構久里浜医療センターの松崎尊信医師は、患者が個別や集団で議論をする「認知行動療法」を実施すると話す。 「ギャンブル依存症の人は、『ずっと賭けていれば必ず勝てる』『こうすれば勝てる』などといった特有の考え・思考が強固に沁みついています。この考え・思考を切り替えるためにテーマに沿ってスタッフと個別に、あるいは集団で議論しながら自身の行動や考えを振り返るのです。例えばギャンブルのメリットとデメリットを考えてみてデメリットの方が大きいことに気づけると、ギャンブルをやめる動機づけにつながります」  だが、長年の間に沁みついた考え・思考の修正は簡単にはできない。治療を続けないとギャンブルを再開する率も高まる。依存症に特効薬はないと言われるゆえんだ。 「ギャンブルの記憶や行動をゼロにすることは難しく、仮に10年間やめていたとしても再開の可能性を完全になくすことはできません。しかし、継続的な通院や、全国にあるギャンブル依存症の自助グループに参加しながら自身のギャンブル問題を意識し続けることで、依存症から回復していくことは十分に可能なのです」  日本にはギャンブル依存症が疑われる人が約300万人いるとされる。大阪では2030年開業をメドに、カジノを含むIRの計画が進む。常岡氏はこれ以上の患者を出さないため、ギャンブルには依存症になるリスクがあることを啓発する必要性を訴える。 「ギャンブル依存症で診察に来る人たちは、ギャンブルにはまる病気があることを知らなかったと言います。知らなければ、病気になったことを責められません。ギャンブルには依存症のリスクがあると義務教育で教え、公営ギャンブルにもきちんとリスクを表示すべきです」  とくにいま危険なのは、若い世代を中心に増えているオンラインカジノだ。国内から接続して賭博を行うことは犯罪だが、十分に知られていない。そのため、スマートフォンから気軽に海外のオンラインカジノへ賭けてしまい、依存症になる人が急速に増えている。 「24時間賭けられるうえ、現金も必要ないため現実感が薄い。年収の何倍もの借金をして一気に破綻するケースが多く、診察に来る患者も増えています。自分が危ないと思ったら隠さず、すぐ専門の病院や自助グループに来てほしい。そうすれば被害も少なく済み、治療も楽なのです」 (ライター・形山昌由) ※AERA 2024年4月15日号より抜粋
ひとりぼっちのアリ、寿命が短いって本当? アリの背中にバーコードをつけて行動を追ってみた結果は⁉
ひとりぼっちのアリ、寿命が短いって本当? アリの背中にバーコードをつけて行動を追ってみた結果は⁉ 背中にバーコードをつけられた働きアリ  人間のように社会をつくって生活しているアリ。ふだん見るアリのほとんどは働きアリで、寿命は1年ほどだが、仲間から孤立させ1匹だけで飼うと寿命が短くなる。このことは80年も前から知られていた事実だが、なぜなのかはわかっていなかった。産業技術総合研究所の古藤日子主任研究員らは、そんな疑問に深く切り込み、興味深い結果を明らかにした。小中学生向けのニュース月刊誌『ジュニアエラ2024年2月号』(朝日新聞出版)からお届けします。   ひとりぼっちのアリはおかしな行動をしていた!    古藤さんらは、まず、アリを1匹だけで飼うと本当に寿命が短くなるのか、イスラエルに生息するオオアリの働きアリで確かめた。結果は以下のとおりで、集団で生活するアリ(グループアリ)に比べ、一匹で生活するアリ(孤立アリ)の寿命は短くなった。 (データ提供/産業技術総合研究所・古藤日子主任研究員)  次にグループアリと、孤立アリの行動を観察した。たくさんのアリを目で追い続けるのは難しいので、アリの背中に一匹一匹、バーコードをつけ、カメラの下に飼育箱を置いて撮影し、それぞれのアリの行動をコンピューターの助けも借りて明らかにした。 孤立アリ(左)とグループアリ(右)の飼育箱を上から見たところ(画像提供/産業技術総合研究所・古藤日子主任研究員)  その結果、グループアリは巣の中に多くが集まり、外を歩いている個体が少ないのに対して、孤立アリは巣にいる時間が短いことや、巣には入らず壁際(飼育箱のヘリ)で過ごす時間が長いことがわかった。孤立アリは移動速度が速く、移動距離が長いこともわかった。仲間との関わりが多いグループアリと比べると、孤立アリの行動は落ち着きを失っているように見えた。 孤独アリは病気や老化を引き起こす「活性酸素」が多かった    続いて、グループアリと孤立アリの体の中で、どんな遺伝子が発現(※)しているかを調べた。注目したのは、次の二つの遺伝子だ。 (1)グループアリではたくさん発現しているけれど、孤立アリでは発現が少ない遺伝子 (2)グループアリでは発現が少ないけれど、孤立アリでは発現が多い遺伝子  こういう遺伝子が900種類ほど見つかったが、その中には活性酸素を作る遺伝子と、活性酸素を消す遺伝子が多く含まれていた。活性酸素は、私たちが吸う酸素が変化してできるもので、生物の体に必要な働きをする一方、多くなりすぎると細胞を傷つけて病気や老化を引き起こす原因となる。  くわしく調べてみると、孤立アリではグループアリに比べて「活性酸素を作る遺伝子」が多く発現しているだけでなく、「活性酸素を消す遺伝子」の発現が少なくなっていることもわかった。これでは活性酸素が体内に増えていくから、アリの健康によいはずがない。  さらに活性酸素が体のどこにたまっているかを調べると、私たちの肝臓にあたる脂肪体とエノサイトという部分に多かった。 グループアリ(左)と孤立アリ(右)の脂肪体とエノサイトを顕微鏡で見たところ。矢印は脂肪体、矢頭はエノサイトの細胞の核。孤立アリに活性酸素(紫に染まった部分)が多いとわかる。画像の50μmは0.05mm(画像提供/産業技術総合研究所・古藤日子主任研究員) ※遺伝子は、体に必要なたんぱく質を作る物質。遺伝子が働いて、細胞の中でたんぱく質の材料が作られることを、遺伝子が発現するという アリの体の中で増えていたのと同じ遺伝子は、人の体の中にもある    次に古藤さんらは、孤立アリに、活性酸素の効果を弱める働きを持つ「メラトニン」という薬を水に混ぜて飲ませてみた。すると、一定量のメラトニンを与えたとき、孤立アリは寿命が延びてより長生きすることがわかった。壁際にいる時間が長いなどのおかしな行動も少なくなった。 (データ提供/産業技術総合研究所・古藤日子主任研究員)   ここまでの研究結果から、次のことが明らかになった。それは、孤立アリの体内にたくさんできる活性酸素が、アリの寿命を短くする原因の一つであるということだ。この結果について古藤さんは、「今回の研究のカギとなる活性酸素を作ったり消したりする遺伝子は、アリ以外の昆虫やネズミ、人などの哺乳類も持っている遺伝子です。活性酸素を作る・消すというしくみは、どんな生き物にも見られるものなので、孤立すると活性酸素が増えて寿命が短くなることは、私たち人間にも当てはまる可能性があると思います」と述べている。 「あいつは気に食わない」といった理由で、誰かを仲間外れにしたり孤独に追いやったりすることは、その人の心を傷つけるだけでなく、活性酸素を増やし、体を傷つけることにもなる可能性を、今回の研究結果は示している。孤立しがちなお年寄りに温かく接することの大切さも、アリたちが教えてくれているのかもしれない。 産業技術総合研究所の古藤日子主任研究員の研究室で飼育されているイスラエルに生息するオオアリ。アリの一匹一匹には生まれ月ごとに色が塗られ、成虫になって何カ月のアリかがわかるようになっている。右の白い円形の部分は巣で、ふだんは覆いがかぶせてあり、中が暗くなっている。巣の中には、卵や幼虫、さなぎもいる。左の黄色いものはえさ   (文・写真/上浪春海) 
「僕たち夫婦のあり方は直感でしかない」 言葉よりも根本で息が合う空気感
「僕たち夫婦のあり方は直感でしかない」 言葉よりも根本で息が合う空気感 砂連尾理さん(右)と砂連尾瞳さん(撮影/写真映像部・上田泰世)    AERAの連載「はたらく夫婦カンケイ」では、ある共働き夫婦の出会いから結婚までの道のり、結婚後の家計や家事分担など、それぞれの視点から見た夫婦の関係を紹介します。AERA 2024年4月8日号では、振付家でダンサーの砂連尾理さんと郵便配達員の砂連尾瞳さん夫婦について取り上げました。 *  *  * 夫41歳、妻28歳で結婚、2人暮らし。 【出会いは?】ダンスワークショップの講師と生徒。夫のダンスカンパニーの小道具をつくるスタッフとして妻が関わる。 【結婚までの道のりは?】舞台の打ち合わせを一対一でしていた時、夫の脳裏にふとおばあさんになった妻の姿が浮かぶ。その直感に従い、交際もしていなかったが、結婚しましょうとその場で夫が伝える。制作の疲れでおかしくなったのかと最初妻は聞き流したが、翌日、承諾の返事をする。1年後に結婚。 【家事や家計の分担は?】料理や掃除は妻、洗い物や洗濯干しは夫。家計は一緒。 夫 砂連尾理[59]振付家・ダンサー/立教大学教授 じゃれお・おさむ◆1965年、大阪市生まれ。同志社大学卒業後、ニューヨークでダンスを学ぶ。2009年から特別養護老人ホームでワークショップを行い、活動をまとめた著書『老人ホームで生まれた〈とつとつダンス〉』(晶文社)を出版。国内外で活動を展開。18年から大学で後進の指導を行う  僕たち夫婦のあり方は直感でしかない。それで暮らしていけています。結婚1年後にかなり収入が減った時期も、彼女は全く動揺しなかった。  好きなことをやってほしい、でも働いてもらわないと困ります、と。このまま好きな道を信じるままに進んでいけばいいと思えました。  生活をともにする中で、彼女が醸し出す空気によって、僕の中の潜在的な力を引き出してくれていると感じます。  いろんなアイデアを運んできてくれるのですが、彼女はまた飽き性で(笑)、一緒に始めたヨガも鍼灸もその後僕だけがずっと続けています。僕からすると、ここ掘れワンワンのように必要なものを全部持ってきてくれる感覚。生きていくのにすごく力を与えてくれる人です。  彼女にも身体を通して人や世界と関わっていこうとする姿勢があるので、そこに僕はほっとします。表面的な言葉はずれても、根本で息が合う。  そうして結婚生活が18年続いているので、最初の直感に従ってよかったと思います。 砂連尾理さん(右)と砂連尾瞳さん(撮影/写真映像部・上田泰世)   妻 砂連尾瞳[46]郵便配達員 じゃれお・ひとみ◆1978年、京都市生まれ。成安造形大学卒業後、国立民族学博物館の嘱託職員として3年勤務。その後、デザイン事務所などでアルバイトをしながらグラフィックデザイン業を個人で行う。10年続け、デザインの仕事を辞める。園芸店勤務を経て現職 夫からは自分といるとこんなに楽しいよと勧誘された印象があります。初めは聞き流したものの、翌日回想していたら、行け~って心の声が聞こえた気がして、前向きに検討しますと返事。この人となら大変なことがあっても面白おかしく一緒に生きていけそうだと思って結婚しました。  配達員の仕事を始めたのは、引っ越しても郵便局ならどこにでもあるし、身体を動かす仕事をしたかったから。人って言葉より、間合いや空気感で何かを受け取っている気がして、人との関わりでそこをもう少しスムーズにできればと思って今、合気道を習っています。そしたら夫も付いてきて一緒に通うように。  夫とは言葉がかみ合わないことが多く、それで私がとがめても肯定的に解釈し直され、ありがとうと言われ、最後は自分で自分を褒める。そんなに自分を肯定できたら世界平和につながるなって。変な人だけど結婚してよかったと今思えるので、あの時、背中を押した声は未来の自分だったのかな。 (構成・桝郷春美) ※AERA 2024年4月8日号
「ゴミ屋敷になる家」は玄関でわかる…老後のひとり暮らしが破綻する人に共通する「玄関のサイン」とは
「ゴミ屋敷になる家」は玄関でわかる…老後のひとり暮らしが破綻する人に共通する「玄関のサイン」とは ※写真はイメージ(gettyimages)    老後のひとり暮らしが破綻して、自宅を「ゴミ屋敷」に変えてしまう人がいる。『老後ひとり暮らしの壁』(アスコム)を書いた山村秀炯さんは「ゴミ屋敷のような部屋を片付けていると、玄関の様子が似ていることに気づく。また、居間と寝室にも2つの共通点がある」という――。 老後のひとり暮らしには「壁」がある  私は仕事がら、とにかく他人様の家や部屋を見る機会が多くあります。これまで見たお住まいは数千軒にのぼるでしょうか。そのなかで、以前、こんな方に出会いました。  ある70代の男性です。とにかく他人の世話になるのが嫌で、人付き合いをほとんどしないで暮らしていました。もともと建築関係のお仕事をされていて体力には自信があったようですが、無情にも体は衰えていきます。  私がお会いしたときは、すでに足を悪くされていて下半身の自由がきかず、這いずるようにして部屋の中を移動していました。それでもなお、人の手は借りたくないし、頼る人もいないのです。  自由なひとり暮らしを手放したくないために、施設への入居は頑なに拒んできたそうです。しかし自由でありたい気持ちとは裏腹に、自分でできることは減っていきます。買い物にも満足に出かけられないため、甥が定期的に食料や日用品を届けています。食事やお風呂などは訪問介護のヘルパーさんの助けでなんとか成り立っている状況でした。  これは、ご本人の意思を最大限に尊重してきた結果ですし、望んだとおりの状態なのかもしれません。でも、最期まで自立して生きていくには、乗り越えるべき壁があることを意識せざるを得ませんでした。 自宅をゴミ屋敷に変えてしまう人の特徴  多くのおひとりさまとお会いする中で感じるのは、「壁」を上手に越える人と、「壁」を見て見ぬ振りをする人がいること。そして、うまく「壁」を越えられる人ほど、自分の生き方に納得していて、幸せに暮らしているように思えます。  もちろん、幸せかどうかはご本人の感じ方によりますし、他人が決め付けるわけにはいきません。ただ、これまで生前整理や遺品整理でいくつもの部屋を見てきてわかったことがあります。自立して老後ひとり暮らしを謳歌している人と、そうでない人の違いが、部屋のあるポイントに現れていることです。 ① 玄関と靴  まず目に入るのは玄関です。特に靴、履物の状態は、つい気になってしまいます。  ボロボロでかかとが潰れたスニーカーが無造作に玄関に転がっていると、あまり積極的に外出したり、人と会ったりすることがない人なのかなと思います。  たくさん履いて外に出ているからボロボロなのではないか? と思うかもしれません。でも私が見てきた人たちは、サンダルのようにつっかけて近くのコンビニやスーパーに行く程度のケースがほとんど。あまり出歩かないからこそ、同じ靴を履き続けて、履き心地なども気にならないのだと思います。あらためて人と会う機会も少ないので、見た目も気にしていないのかもしれません。  オシャレは足元から、などといいますが、靴がボロボロでも洋服はそれなりに洗濯されていたりしますから、たしかに足元にこそ、その人の性格やこだわりが出やすい気がします。  また、靴がこのような状態の人は、たいてい部屋も散らかっています。単にだらしないだけじゃないかといわれたらそうかもしれませんが、意外と玄関や靴にはその人の生活感がにじみ出るのです。 貴重品が家のあちこちにしまわれている ② 貴重品のありか  私たちのような業者が遺品整理に行ったとき、早めに確認しておくことがあります。なんだと思いますか? それは、お金や通帳や印鑑など、貴重品のありかです。  衣装箪笥のいちばん上の引き出しだったり、女性だったら化粧台の引き出しだったりと、ある程度は傾向があるのですが、当然人によってバラバラですから、家のあちこちに無造作にしまわれていることも、多々あります。  なぜ早めに確認したいかというと、もちろん死後の手続きに必要なものだからです。万が一、後で「見つからない」と騒ぎになったり、うっかり処分してしまったりしたら、とんでもないことになります。  余談ですが、あるお宅でお菓子の箱を開けたら、数百万はあろうかという札束がぎっしり入っていたことがあります。私たちは逐一中身をチェックするので発見できますが、ご家族の方などが見たままのゴミだと思って捨ててしまう危険性もゼロではありません。  ちなみに遺品整理の現場では、室内の分別作業に参加する従業員は長年の経験のある信用ある自社スタッフに限定します。というのも、この業界でいちばん怖いことですが、こっそりネコババする人間が紛れ込むのを防ぐためです。  残念ながら身内の方が窃盗を働くケースもあるようですが、外部の業者に依頼する場合は、派遣スタッフが入っていないかや、その会社の社歴を調べるなど、より慎重になったほうがよいでしょう。 テレビ周りがまるで「コックピット」  さて、こうした貴重品の類がなかなか見つからなかったり、あちこちに点在したりしている人は、やはり総じて整理整頓がなされていません。自己管理が苦手で、相続でも「え? そんな資産があんなところにあったの?」などとトラブルを招きがちです。  決して誤解してほしくないのですが、貴重品をわかりやすいところにまとめておきましょう、と言いたいわけではありません。防犯の意味では、見つかりにくいことはむしろメリットでもあります。 ③ テレビの周りと寝床  ゴミ屋敷のような部屋を片付けにいくと、その散らかり具合も多種多様なのですが、ある2つの点は不思議と共通しています。  ひとつは、テレビの周りです。  ゴミ屋敷にはあらゆるゴミが散乱しているのですが、お酒の空き缶がテレビ台や、もしくはテレビ近くのテーブルに集中して置かれているのをよく見ます。  考えてみれば当たり前のことで、生活の中心がテレビになっているので、自然と空き缶が溜まるわけですね。このようなケースの人は、テレビや、テレビの前に置いたテーブルの周辺で1日の大半が完結しています。すぐ手が届くところにいろいろなものが配置されているのです。さながらその人の基地あるいはコクピットといった様相です。 「万年床」は、自己決定できず、孤立しているサイン  非常に省エネで面倒くさがり、消極的な生活スタイルが透けて見えます。なにしろ空き缶をゴミ袋にまとめることすら、しないのです。  テレビは受動的なメディアです。なんとなくテレビをつけて、なんとなく眺めて、平穏に1日が終わる。これは決して悪いわけではありません。ただ、積極的に自己決定する経験は非常に限られているのではないかと想像します。  もうひとつは、寝床です。  布団のシーツや枕カバーは、とにかく洗ったり取り替えたりするのが面倒で、ひとり暮らしの人では長く使いっぱなしの「万年床」になりがちです。  生活情報サイトなどを見ると、寝具はだいたい週に1回は洗濯する人が多いようです。ひとり暮らしの場合、自分しか使わないし、寝られれば構わないとつい放置してしまうのは無理もないかもしれません。ただ、先々のことを自分で決定していたり、適度な人付き合いを保っているおひとりさまは、こういった面倒なこともしっかりとこなしている印象があります。 ものを捨てられない ④ モノの多さ  モノに囲まれた部屋と、モノが少なくスッキリした簡素な部屋。あなたなら、どちらに住みたいですか? これは完全に好みの問題ですよね。モノが少なくて見た目がきれいな生活をしたい人は、それができていれば幸せです。  一方で、趣味が多くて、常に多くのモノに囲まれていたくて、それを実際に所有していることに満足を感じる人もいます。  他人からすると散らかり放題に見えても、自分の中では何がどこにあるかがだいたい把握できている、といった経験があなたにもありませんか? 要するに自分の生活を自分で管理できているから幸せといえるのです。 「ゴミ屋敷」と「モノ屋敷」は違います。 「ゴミ屋敷」というのは、食事の食べ残しや空き缶、ペットボトル、タバコの吸い殻やペットの糞尿などがあふれていて、臭いもきつく、文字どおりゴミで部屋が埋め尽くされている家のことです。  一方「モノ屋敷」というのは、フィギュアやプラモデル、ゲームやCDやレコード、本や雑誌、あるいはブランド品など、趣味性の高いものが大量に収集されている家のことです。興味のない人にはゴミと変わらないものを集めていたとしても、周囲に迷惑をかけていない限り非難される筋合いはありません。 自己管理できる人はものに固執しない 私が仕事で知り合った80代後半の女性・林さん(仮名)は、着物や食器のコレクションをどんどん処分しています。私たちから見ても、そこまで減らす必要はないのではないかというほどの勢いです。 「もう、私は絶対に着ることはないし、娘も欲しがらないから、いらないの」  林さんはそう言います。 「でもね、いいものもあるから、それは価値のわかる人にあげたいの。それで、よくないものは捨てて身軽になりたい。だって、この先、使うことはないんですもの」  林さんがモノの処分を急ぐのは、自分自身の体が動かなくなってきているのを自覚しているからです。 「重いものが持てなくなってきているし、階段の上がり下りもゆっくりにしかできなくなっているの。家が広いのも考えものね。ひとり暮らしには広すぎるし、モノが多すぎるわ」  たしかに、着物や食器など、その手のものの価値がわかる人は多くありません。価値のわからない遺族の手に渡ると二束三文で処分されてしまう危険性があります。それなら、自分がしっかりしているうちに、同じ趣味の仲間や弟子などに譲るほうが、その相手にとっても着物や食器にとっても、どれだけ幸せなことかわかりません。 決められるうちに決めておくのがベスト  とはいえ、自己管理ができている人ほど、徐々にモノを減らしていく傾向があります。  自分で自分の生活を管理することも歳をとるにつれて徐々に難しくなっていくので、死後のことも見据えて、趣味のコレクションなどもだんだん処分していくと、生活のストレスが減っていきます。  もちろん、死ぬまで好きなものにめいっぱい囲まれているのが幸せだ、という人もいます。そうであっても、自己管理ができている人は「自分がいなくなったらこうしてくれ」と段取りをつけています。  老いは誰にでもやってくるものです。判断力も記憶力も衰えていきます。自分の管理能力の衰えに備えて、決められるうちに決めておける人の部屋は、比較的モノが少なくシンプルな傾向にあると思います。 (山村秀炯:株式会社GoodService代表)
不眠症の女医「寝坊できない」の不安 質の高い睡眠のために改善したこととは?
不眠症の女医「寝坊できない」の不安 質の高い睡眠のために改善したこととは? 山本佳奈(やまもと・かな)/1989年生まれ。滋賀県出身。医師   日々の生活のなかでちょっと気になる出来事やニュースを、女性医師が医療や健康の面から解説するコラム「ちょっとだけ医見手帖」。今回は「不眠症」について、鉄医会ナビタスクリニック内科医・NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師が「医見」します。   *  *  *  私は、どちらかというと寝つきがあまり良くありません。いわゆる「不眠症」です。「翌日仕事だから、寝坊できない……」そう思うと、心の中で不安な気持ちが大きくなってしまい、眠りが浅くなってしまうのです。    その結果、睡眠不足が続いてしまい、途端に日中の集中力や生産性が低下します。睡眠不足は、持病の頭痛も悪化させるため、生活に悪影響をきたしてしまうのです。    ずっと昔からそうであったわけではありません。仕事をするようになり、「遅刻できない」からと、アラームを設定する度に、「寝坊したらどうしよう」という不安に駆られ、寝るのが怖くなっていったように感じています。   不眠症は国民病    さて、厚生労働省のe-ヘルスネット(※1)によると、不眠症は「国民病」であり、一般の成人の30%から40%は何らかの不眠症状を有していると書かれています。また、不眠症状のある人のうち、慢性的な不眠症は成人の約10%に認められ、加齢とともに不眠を訴える人は増加し、60歳以上では半数以上の人に認められるとあります。つまり、不眠症は特殊な疾患などではなく、よくあるコモンな疾患の一つと言えるのです。    入眠障害(寝つきが悪い)・中途覚醒(眠りが浅く、途中で何度も目が覚めてしまう)・早朝覚醒(早朝に目覚めた後、二度寝をすることができない)といった不眠症状が改善せず、長期間にわたって続いた結果、倦怠感・意欲低下・集中力低下・抑うつ・頭重・めまい・食欲不振など日中に様々な不調が出現するようになる、つまり「1. 夜間の不眠が続き」「2. 日中に精神面や身体面の不調を自覚して生活の質が低下する」という二つが認められたときに、「不眠症」であると診断されます。 【前回記事はこちら】 日本で感染事例の報告が相次ぐはしか 「世界的麻しんのアウトブレイク」を警告 https://dot.asahi.com/articles/-/217400 写真はイメージ(GettyImages)    どんなタイプの不眠を認めているのかによって、処方される薬の種類は変わります。厚生労働省によると、日本では成人の5%が、不眠のために睡眠薬を服用しているとあります。    東京の駅ナカにあった内科クリニックにも、「眠剤(睡眠薬)を処方してほしい」と処方箋を求めて受診される患者さんが少なからずいらっしゃったことを覚えています。夜勤業務があって生活が不規則になりがちという人、海外出張が多く時差対策に必要だという人、マンションの上の階の人の音がうるさくて眠れないという人、仕事のストレスがあり眠れないという人、翌日仕事がある日はどうしても眠れない、など、眠剤を求めるケースは多岐にわたっていました。    私も、睡眠薬を内服しているうちの1人です。勤務のある前日は、どうしても眠りが浅くなり、朝早くに目が冷めてしまい、睡眠不足が続くようになったのです。仕事や生活に支障をきたすようになり、医療機関に相談し、眠剤を処方してもらうようになりました。   アメリカでは処方箋なし    日本を離れ、アメリカで生活する今でも、翌日の勤務に支障をきたさないように、勤務のある前日はほとんど内服しています。週末を含む勤務のない日の前日は、幸い、眠りにつくことができることが多いため、内服することは滅多にありません。仕事がない時はアラームを設定する必要がないため、不安感に苛まれることがないのが、内服せずに済む大きな理由だと思います。    幸い、アメリカにはSleep Aid(睡眠補助薬※2)を処方箋なしで購入することが可能です。一般的に市販化されているものとして、メラトニンやハーブ(バレリアン)、ジフェンヒドラミンやドキシラミンを含む鎮静作用のある抗ヒスタミン薬があげられます。    街中にあるドラッグストアに行くと、多くの種類のSleep Aidがたくさん陳列されています。大人用から子ども用まで販売されていて、タブレットタイプから、グミタイプまで販売されており、ニーズの高さが伺えます。    というのも、米国疾病対策予防センター(CDC※3)は、18歳から60歳までの成人に対して、1日あたり7時間以上の睡眠時間を取ることを推奨していますが、CDCによると、アメリカ人の3分の1は、毎晩7時間未満の睡眠しかとっていないのだといいます。 【こちらも話題】 「餓死寸前」まで摂食障害を患った女医が危惧 減量製品に手を出す10代の最新分析 https://dot.asahi.com/articles/-/212156    なんと、世界睡眠デーの統計(※4)によると、睡眠不足によって、世界人口の最大 45% が健康と生活の質を脅かされている状態だというのです。    こうした状況をうけ、南カリフォルニア大学ケック大学院の睡眠の専門家であるラージ博士(※5)は、「睡眠の質や量だけでなく、規則正しい睡眠、つまり毎晩同じように質の高い睡眠をとることが重要だ」と指摘しています。   「最新の研究で、睡眠のタイミングと睡眠時間の不規則性が代謝異常や心血管疾患のリスクの上昇と関連していたことから、規則的な睡眠スケジュールと睡眠時間を維持することは、心臓病を予防するためのライフスタイル重要な部分となる可能性がある。」とラージ氏は述べているのです。    とはいうものの、毎晩同じように質の高い睡眠をとるというのは、なかなか難しいものですよね。「生きていくために、忙しくてストレスの多い生活を送っていて、十分な睡眠時間が確保できない」という人が大半だと思います。   7つのすすめ    そんな疲れているであろう大人に対して、世界睡眠協会(※6)の睡眠専門家が作成したという「睡眠衛生に関する 7つのすすめ」を最後に引用したいと思います。   ・規則正しい就寝時間と起床時間を確保する。(概日リズムの乱れは、高血圧、インスリン抵抗性、糖尿病、そして最近では心臓発作や心臓病のリスクと関連していることがわかっている) ・昼寝に注意する(日中の昼寝は午後3時まで、45分を超えないようにする。) ・就寝する4時間前には、過度の飲酒を避ける ・就寝する6時間前にはカフェインを避ける(コーヒー、チョコレート、紅茶や緑茶など) ・就寝の4時間前には重いもの、辛いもの、甘いものを避ける(重くてスパイシーな食べ物は胸やけやその他の消化器系の問題を引き起こす可能性があり、その結果、入眠能力や睡眠能力に影響を与える可能性あり。砂糖に関しては、研究によって落ち着きのない睡眠障害との関連が指摘されている) ・定期的な運動を。ただし、就寝直前には運動しないこと(長時間座っていることが睡眠の質の低下に関係していると考えられている。国立睡眠財団によると、1日わずか10分のウォーキング、サイクリング、その他の有酸素運動を行うだけで、「夜間の睡眠の質を大幅に向上させる」ことができるとのこと。) 睡眠環境を改善する(ベッドと枕が自分にあった快適なものであり、摂氏 15 ~ 20 度の涼しい部屋環境にする。スマートフォンを含め、あらゆる光を取り除き、仕事のアラートをすべてオフにする。)     私は、日々の運動を継続するとともに、夕食前まで飲んでいたコーヒーをやめ、夜はパソコンやスマートフォンをオフにし、心も身体もリラックスできるような睡眠環境の改善から始めたいと思っています。     【参照URL】 ※1 https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-02-001.html#:~:text=%E5%80%A6%E6%80%A0%E6%84%9F%E3%83%BB%E6%84%8F%E6%AC%B2%E4%BD%8E%E4%B8%8B%E3%83%BB%E9%9B%86%E4%B8%AD%E5%8A%9B%E4%BD%8E%E4%B8%8B%E3%83%BB%E6%8A%91%E3%81%86%E3%81%A4%E3%83%BB,%E7%97%87%E3%81%A8%E8%A8%BA%E6%96%AD%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82 ※2   https://www.medicalnewstoday.com/articles/323775#comparison ※3 https://www.cdc.gov/sleep/about_sleep/how_much_sleep.html ※4 https://worldsleepday.org/usetoolkit/talking-points ※5 https://www.cnn.com/2023/02/23/health/sleep-longevity-study-wellness ※6 https://www.cnn.com/2020/03/13/health/10-sleep-commandments-wellness/index.html  
「農家というのは女性が主役」 全国の農業従事者のひたむきさを撮り続けてきた写真家・タカオカ邦彦
「農家というのは女性が主役」 全国の農業従事者のひたむきさを撮り続けてきた写真家・タカオカ邦彦 撮影:タカオカ邦彦   タカオカ邦彦さんは農家など、第一次産業に携わる人々を撮り始めてから40年あまりになる。 「昨日もふかふかの、いい土の感触を足の裏で味わってきましたよ」と、タカオカさんはうれしそうに語る。 訪ねたのは、周囲に住宅地や団地が点在する横浜市泉区にある農家。それをタカオカさんは「農家の八百屋」と、表現する。 「なぜ、『八百屋』かというと、お客さんのニーズに合わせていろいろな野菜を育てて、畑の前にある直売所で売っているからなんです」 写真には、畑で立派なダイコンを手する父と息子が笑顔で写っている。手前の畑にはキャベツ、奥にはネギが栽培されている。 さらにトマト、ブロッコリー、ホウレンソウ、玉ネギ、ニンジン、カブ、ジャガイモ、イチジクなど、野菜や果物の栽培品種は年間70種類を超える。梅干し、みそ、こんにゃく、ジャムなどの加工品も手がけている。 「都市近郊の農家といってもやはり自然が相手ですから、栽培は試行錯誤の連続です。借金をして建てたビニールハウスが台風で全部やられてしまったこともあったそうです」 撮影:タカオカ邦彦   米や野菜作りの名人 農家がどんなに頑張っても天候だけは変えられない。特に東北の稲作農家を悩ませてきたのが春から夏に吹く冷たく湿った風、「やませ」だ。稲が実らず、昔は「飢餓風」とも呼ばれた。 青森県六戸町で撮影した男性は、やませに負けない米作りの名人だという。 「稲に対して水を深く張って冷害を防ぐ、独特の田んぼを考案して実践してきた人なんです」 取材に訪れたのは9月。稲穂の頭(こうべ)が垂れる田をいとおしそうに見つめる名人はつぶやいた。 「まだ、60回しか米を作っていない」 タカオカさんは、その謙虚な姿勢に頭が下がると同時に、いっそう真摯に写真を撮っていこうと強く思った。 「加賀野菜」を作る名人を石川県かほく市に訪ねたこともある。葉の表は緑、裏は赤紫色の「金時草(きんじそう)」、一般的なキュウリの3~4倍もの重さの「加賀太きゅうり」など、その土地ならではの野菜を育ててきた農家だ。 「日本の野菜は質が良いのが当たり前とされる世界です。ましてや『加賀野菜』のようなブランド野菜となればなおさらで、さまざまな目に見えない工夫や世話をしていました」 写真にはウリと見まごうばかりのずっしりと太った加賀太きゅうりに名人の手が添えられている。 かほく市は今年1月の能登半島地震で建物が傾くなどの被害を受けた。タカオカさんは心配して連絡すると、「特に被害はなかったそうで、ホッとしました」。 撮影:タカオカ邦彦   農業に特に興味はなかった インタビュー中、タカオカさんはときおり写真の話から離れて食料自給率や地産地消など、日本の農業の現状について熱く語った。 しかし、40年ほど前、雑誌の仕事で農家を訪ねる以前は、「農業にはほとんど興味はなかった」と言う。 「でも、現場を見て、驚いたんです。本当に汗を流しながら働いていた。取材を重ねるうちに、農家の人が土の上で真っ正直に生きていることや、農業の大切さ、大変さがなんとなくわかってきた。それに、撮りたいものを撮れる仕事に恵まれました」と、振り返る。 タカオカさんは1955年、滋賀県彦根市で生まれた。「父親は警察官で、官舎のような家に住んでいました」。 少年時代を過ごした長浜市には琵琶湖に面した水田が広がっていた。農家の友だちといっしょに収穫後の田んぼで落ち穂拾いをして遊んだのはよき思い出だ。 しかし、上京して専門学校で写真を学ぶようになると、農業との接点は途切れた。卒業後は人物写真の大家、林忠彦に師事し、80年に独立。雑誌を中心に作家や文化人、市井の人々を撮影してきた。 そんな雑誌の仕事の一つに、85年にダイエーが創刊した生活情報誌「オレンジページ」があった。 「ぼくは創刊時からずっと『オレンジページ』に関わって、全国の主婦や女性の仕事を撮影してきたんです」 撮影:タカオカ邦彦   農家は女性が主役 主婦のなかには農業をなりわいとする人もいた。農家というのはある意味、女性が主役で、女性がいなければ成り立たない仕事だという。 タカオカさんは盛岡市のリンゴ園に嫁いだ女性を取材した。その女性は有機栽培や完熟リンゴにこだわる夫の姿を通して仕事にやりがいを感じるようになった。自分もやってみたいという気持ちが膨らんだ。 「でも、リンゴは実るまで世話をしたら終わりじゃないんですよ。冬の間も枝を剪定(せんてい)したり、さまざまな作業が1年中、数限りなく続く。話を聞いていくと、これはとんでもなく大変な仕事だなと。それに、涙を流すようなことも絶対にあるんじゃないかと、思った。例えば、収穫期に台風がきたら、もうおしまいですから」 そんなことを笑顔で語り、理不尽でもある自然を相手に黙々と働く姿を目にするうちに、「しっかり撮らなければ、という気持ちに自然となった」。 95年からはJA(農協)グループが発行する家庭雑誌「家の光」の撮影も手がけるようになり、全国の農家を訪ねた。 撮影:タカオカ邦彦   手間も時間もかかる撮影 撮影の際、タカオカさんが大切にしているのは、現場を体感することだという。そのため、必ず取材の前日に現地入りして、ロケハンを行う。 「その地域がどんな場所であるかを体感して、写真に気持ちを込めるんです」 記事にはどんな写真が必要か、あらかじめ編集者と打ち合わせをしたうえで現地を訪れる。しかし、タカオカさんの撮影はそれにとどまらず、現場で見つけた独自の視点をもとに、納得いくまで撮影する。 「決まりきった写真しか撮影しなかったら、写真に対する熱量がなくなっていくと思うんです」 取材後、「自分の写真」を編集者に見せると、誌面に使ってくれることもある。 「そんな編集者がいたからこそ、この撮影を続けられた。でも、思い入れが強ければ強いほど、撮影には手間もかかるし、時間もかかる。効率は悪いです」と言い、笑う。 農家の撮影は雑誌の仕事にとどまらない。タカオカさんは仕事を通じて知り合った農家に手紙を書いた。 「お礼は写真を差し上げることしかできないんですけれど、個人的に撮らせてもらえないか、とお願いすると、ほとんどのみなさんは快くOKしてくれました」 撮影:タカオカ邦彦   写真を通じて交流を続けたい タカオカさんは農家の撮影のほか、「男の貌(かお)」シリーズにも組んできた。それは、「自分が、いいな、と思う男性のワンショットにこだわって」、1枚の顔写真で表現する作品だという。 これまで著名人から市井の人まで、さまざまな人物を撮影してきた。 「やっぱり、ぼくは人を撮ることが好きなんですよ。職種に関係なく、『この人を撮ってみたいな』という人を、ずっと撮り続けてきた。そういう人と出会えるのは、雑誌の仕事を続けてきたおかげ。幸せなことです」 「オレンジページ」の撮影をきっかけに30年あまり撮り続けている農家や牧場の人もいる。 「人の人生が垣間見えるような写真は20歳そこそこでは撮れません。酸いも甘いもかみ分ける、ようやくそういう写真を撮れる年齢になったと思うんです」 タカオカさんは体が動くかぎり、写真を通じてその人たちとの交流を続けたいという。 「お互いの今を確かめ合うっていったら大げさですけど、そういうことをやっていきたいんです」 (アサヒカメラ・米倉昭仁) 【MEMO】タカオカ邦彦写真展「大地とともに」 JCIIフォトサロン(東京・半蔵門) 4月2日~4月29日
小林製薬「紅麹」愛飲の男性「安心と思っていた」 医師が指摘「薬よりサプリ」「気づけば重症」の落とし穴
小林製薬「紅麹」愛飲の男性「安心と思っていた」 医師が指摘「薬よりサプリ」「気づけば重症」の落とし穴 都内在住の男性(51)は2年ほど紅麹コレステヘルプを愛飲していた。ロットナンバーも確認したところ、該当していた(男性提供)    小林製薬製造の紅麹を含むサプリメントにより健康被害が広がっている。同社の紅麹の供給先は170社以上あるとされる。対応が注目されるなか、愛飲していた男性と、医師ら専門家に話を聞いた。 *    *  * 2年前から愛飲、「飲んでるヤツじゃん!」 「未知の物質」とはプベルル酸か――。  小林製薬(大阪市)が製造したサプリメント「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人に健康被害が出ている問題で、3月29日、厚生労働省は健康被害の製品ロットに「プベルル酸」という物質が含まれていたことを明らかにした。小林製薬はこれまで「想定していない未知の成分が混入した可能性がある」などと説明していた。  2年ほど前から、紅麹コレステヘルプを毎朝3粒飲んでいた会社員の男性(51)は、動揺を隠さない。 「報道を見て、自分が飲んでるヤツじゃん!とショックでした。機能性表示食品で国のお墨付きがあるし、小林製薬にも安心感があったのに」  愛飲のきっかけは、人間ドックでコレステロール値の高さを医師から指摘されたこと。妻が薬局で見つけてきてくれた。摂取するようになって、「コレステロール値はそれ以上悪化することはなかったし、なんとなく『効いてるかな』と思っていた程度」。  健康被害の報道を受けて、「そういえば」と不安が増すばかりだという。 早朝の尿意と膀胱の痛み、倦怠感 「早朝尿意で起きるのもサプリを飲み始めてからかも、とか、時々の膀胱の痛みもそうなのかも、とか。慢性的な倦怠感や、寝てもとれない疲れは、仕事や加齢のせいと思っていて、これまでサプリとの関係を疑ったことはなかった。でも、早朝の尿意も膀胱の痛みも倦怠感も、サプリのせいではと思えて、不安です」  厚生労働省によると、「プベルル酸」は青カビからつくられる天然の化合物で、抗生物質としての特性があり、抗マラリア効果があるほど毒性は非常に高い。混入した経緯は不明。また、厚労省は現時点でプベルル酸が腎臓に影響を与えるかどうかについてわからないとしている。 コレステロール値が高かったことから、愛飲を始めた紅麹コレステヘルプ(男性提供)   透析に死亡例、「かなりひどい健康被害」  29日の会見で当初、小林製薬は「未知の成分」について「構造までは見えてきた」としつつ、特定の成分には至ってないと述べていた。しかし途中、厚労省の発表で、会社側が28日時点で「未知の成分」をプベルル酸の可能性が高いと報告していたことが判明。この点に質問が集中し、「プベルル酸が直接的に腎障害、腎疾患を引き起こしているという仮説もまだ立てていない。毒性のメカニズムすら検証ができていない状態で、混乱させたくなかった」と弁明した。    小林製薬の紅麹成分配合サプリ摂取との因果関係が疑われる死亡例は28日午後10時時点で5人、入院者は114人だ。 「死亡例が報告される前、人工透析になったという報道の段階から、かなりひどい健康被害だと注目していた」 こう話すのは、「てらすクリニックひきふね」の船橋健吾院長だ。 医薬品ほど管理されず 「サプリメントや健康食品は、どれくらいの摂取で数値が下がるというデータがない。食品なので、医薬品ほど管理されておらず、異物が混入する可能性もある。反復、継続的に利用する場合、健康被害が生じるリスクも念頭に置いておくべき」(船橋院長)  腎臓専門医で、年間700万PVの腎臓に関するメディアを運営する「赤羽もりクリニック」の森維久郎院長は「まだわかっていない部分が多く、サプリメントの良し悪しを議論したいわけでもない」と述べた上で、「長期的に使用するサプリメントがあるときは、健康診断などで体に害となっていないかをチェックしても良いのでは」と指摘する。 「βカロテン」サプリの事例  森院長が例として挙げるのが次のケースだ。1970年代、緑黄色野菜を多く食べる人に胃がんや肺がんが少ないことが報告された。緑黄色野菜に含まれるβカロテンにより、がんが予防できるかもしれないという仮説が出て、βカロテンを含むサプリメントが人気になった。だが、近年、複数のランダム化比較試験の結果を統合したメタアナライシスで、βカロテンのサプリメント摂取は、膀胱がんや喫煙者での肺がん・胃がんのリスクと死亡率、飲酒者の脳出血リスクを増加することが報告された――。 「診療で、サプリメントにはデメリットが全くないと考えている人に多く会います。良い方向に動くか、悪い方向に動くかは確率論で、個人差もある。自分が飲んでいるモノは絶対ではないと考え、メリットデメリットを天秤にかけて、リスクヘッジをしてほしい」(森院長) Amazonなどで定期的に購入していたため、常備している状態だった。男性は小林製薬に問い合わせているという(男性提供)   気づいた時には重症レベル  今回の小林製薬の紅麹成分配合サプリでは、急性腎障害など腎障害を含む健康被害が相次いで報告されている。一方、サプリの健康被害では一般的に肝障害も少なくない。腎臓は体内の老廃物や余分な塩分、水分を尿にして排泄する臓器であり、また肝臓は薬やサプリメントなどの代謝が行われる臓器だからだ。  大阪大学大学院医学系研究科内科学講座消化器内科の竹原徹郎教授が言う。 「腎臓、肝臓とも沈黙の臓器と言われるほど、症状がなかなか現れず、自覚しにくい。そのため、本人や家族が何かおかしいと気づいたときには重症レベルということは珍しくありません。薬やサプリメント、健康食品による肝障害を薬物性肝障害といいますが、急性肝炎重症型や劇症肝炎を起こし、亡くなってしまう方もいるのです。健康を取り戻すまで、月単位で時間がかかることも多い」 回復に時間がかかる  日本医師会監修の「いわゆる健康食品・サプリメントによる健康被害症例集」(同文書院)に紹介されている事例では、58歳女性がサプリメントのウコンを肉体疲労回復目的に内服開始。1カ月後、全身倦怠感、発熱、頭痛を訴え受診したところ、血液検査で肝機能障害を指摘された。入院後、肝障害は軽快に向かったが、2週間後再び増悪し、プレドニゾロン(ステロイド)を投与。半年後の肝生検で炎症性変化、繊維性変化の軽快が確認された。  また、独立行政法人国民生活センターのホームページでは、「通販で購入した特定保健用食品の粉末青汁を1回飲用し、重症の薬物性肝障害。34日間入院」「知人に勧められた3種のサプリメントの摂取を続けたところ、薬物性肝障害の重症。1カ月強の入院」といった事例もアップされている。 「サプリメントとサプリメント、あるいはサプリメントと薬といった飲み合わせで、問題が生じるケースもあります。長く飲んでいて問題がなくても、何か薬を飲む必要が出た際に飲んでいたサプリメントの毒性が出てくることもある」(竹原教授) 男性が常備していた紅麹コレステヘルプ。ロットナンバーを確認したところ、該当していた(男性提供)   サプリは薬より「安心安全」ではない  紅麹コレステヘルプはパッケージに「悪玉コレステロールを下げる L/H比を下げる」と書かれている。L/H比とは、LDL(悪玉)コレステロール値とHDL(善玉)コレステロール値の比率のことだ。 「人は薬よりサプリメントの方が『安心安全』と捉える傾向があります。しかし、薬は効果と安全性が厳格な臨床試験で確認されています。医師の管理下で使うので、副作用を疑う症状が出た場合、即ストップをかけることができる。メリットがデメリットを上回ることが明らかだから、薬を使うのだと理解してほしい」(米山医院・米山公啓院長)  紅麹コレステヘルプを愛飲していた冒頭の会社員男性もしみじみ言う。 「薬ではなくサプリだから、健康の一助にはなっても、悪い影響や副作用はないと思っていました」  男性は小林製薬に問い合わせてはみたが、電話窓口は営業時間外のアナウンスでつながらず。「4月1日から問い合わせ対応を開始するとのことですが、遅いと感じます。そもそもいつごろ事象を把握していてなぜ今、公表したのか、わからないことだらけ。国内大手だからと信頼していたのに、いまは不安と不信感しかないです」(男性)  今後、国立医薬品食品衛生研究所が小林製薬からサンプルの提供を受け、プベルル酸以外の物質も含め調査し、原因物質の特定を進めていく方針だという。 (ライター・羽根田真智)
「大谷の話を裏づける証拠は何もない」水原一平違法賭博疑惑の会見に、疑問を投げかける米メディア
「大谷の話を裏づける証拠は何もない」水原一平違法賭博疑惑の会見に、疑問を投げかける米メディア 「大谷、スポーツに賭けたことはないと語る。『ショックを受けた』。通訳が金を盗んだ」と伝える米ESPNのウェブサイト    大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手は25日(日本時間26日)、元通訳の水原一平氏の違法賭博疑惑について会見し、米主要メディアも一斉に速報。米国民の関心の高さをうかがわせた。大谷選手は自身の違法賭博への関与を否定したが、質疑応答がなかったこともあり、一部メディアは「口座の操作になぜ気づかなかったのか」などと厳しい視線で報じている。 *   *   *  水原氏と違法賭博との関係をいち早く取材してきたスポーツ専門局ESPNによると、本拠地のドジャースタジアムで行われた会見には70人以上のメディア関係者のほか、スタン・カステンCEOらドジャースの首脳陣が出席した。  大谷選手は黒いファイルの中に日本語で書かれたメモを用意していたが、それに視線を落とすことはほとんどなく、「通訳が(大谷選手の)口座から金を盗み、うそをついた」「スポーツに賭けたことはない」と、スポーツ賭博への関与を断固として否定した。  そして会見の最後には、 「正直、ショックという言葉が正しいとは思わないですし。それ以上の、言葉では表せないような感覚で、この1週間ぐらいはずっと過ごしてきたので、今はそれを言葉にするのは難しい」  と話した。   水原氏の主張にファンは困惑  ABCやNBCなどの米主要テレビ局は、会見の内容について論評を挟まずに淡々と報じた一方、記者からの質問に応じなかった大谷選手について「疑問点に触れていない」と厳しく指摘した。 「大谷翔平は元通訳が賭博の借金を返済するために金を盗んだと非難したが、ファンは多くの疑問を抱いた」と報じる米USAトゥデー    米紙USAトゥデーは「大谷は元通訳がギャンブルの借金を返済するために金を盗んだと非難したが、ファンは多くの疑問を抱いている」と伝えた。     【こちらも話題】 【声明全文】「水原一平」違法賭博問題で大谷翔平が会見 「僕は賭けていない」「言葉では表せないような感覚」 https://dot.asahi.com/articles/-/218016     「大谷翔平、スポーツに賭けたことはないと語る。元通訳との疑惑で新たな詳細を明らかに」と伝える米ABCのウェブサイト    最大の疑問は、水原氏が大谷選手の口座を操作できた経緯について、会見で何も語られなかったことだ。  水原氏は違法賭博の胴元に、大谷選手の口座から少なくとも450万ドル(約6億8千万円)を送金したと、複数の米メディアが報じている。ESPNは、大谷選手の名義で昨年秋、50万ドルの送金が2回あった記録などを確認したという。  当初、水原氏は3月19日に行われたESPNのインタビューで「賭博で負った借金の肩代わりを大谷選手に頼んだ」と語ったが、翌日には「大谷選手は自分の借金について知らず、大谷選手本人は送金していない」と説明を一転させた。  USAトゥデーによると、「ファンは、水原氏が大谷選手の知らないところで彼の口座にアクセスできる権限を得ていたという主張に困惑した」という。  というのも、米国政府は不正送金やマネーロンダリング防止のため、2005年にインターネットバンキングや電子送金の手続きを強化。ユーザーIDとパスワードだけでは口座にログインできないようになっているからだ。  例えば、大手米銀のシティバンクの場合、ユーザーIDとパスワードをネットバンキングの画面に打ち込むと、スマホにワンタイムパスワードが届き、それを入力することで口座にアクセスできる。口座にアクセスすると、利用者にその旨がメールで通知される。送金時も同様だ。   「大谷翔平、賭博スキャンダルに『悲しくてショック』」と報じる米ワシントン・ポストのウェブサイト   大谷のどんな話も信じられない  一般の米国民からすれば、水原氏は大谷選手のスマホを自由に使える立場にあるのか、銀行口座へのログインや送金を気づかれないことがあり得るのか、という疑問が湧く。  さらに同紙は、連邦政府の調査を受けるような人物への巨額の送金を、大谷選手が承認したという証明なし行える銀行が存在するのだろうか、と指摘する。     【こちらも話題】 本当に大谷の資産を無断で使い込んだのか? 水原一平氏が90分のインタビューを翻すまで 現地報道の衝撃 https://dot.asahi.com/articles/-/217722     「大谷翔平、通訳に対する賭博疑惑について初記者会見」と報じる米CBSのウェブサイト    水原氏の発言によって、大谷選手は難しい立場に置かれた。  違法賭博に加担した、あるいは手助けをしたという意味で、責任を問われる可能性が生じるからだ。  会見で大谷選手は疑惑を振り払うように「僕がブックメーカー(違法賭博の胴元に)送金をしていたという事実は全くありません」と訴えた。そして「シーズンも本格的にスタートするので、ここからは弁護士の方々にお任せしますし、僕自身も警察当局に全面的に協力したい」と語った。  これに対して同紙は「大谷はこの会見で違法賭博疑惑に対する自分の立場を明確にしたいと考えていたが、ファンの疑念を払しょくするものでなかったことは明らかだ」と報じた。  そして、記事はスポーツビジネスを手がける男性のXの投稿で締めくくられた。 「会見では2つの重要な質問ができなかった。『(水原)一平はどうやって大谷の銀行口座にアクセスしたのでしょうか』『なぜ大谷は数カ月にわたって複数の50万ドルの支払いが自分の口座からされていることに気づかなかったのでしょうか』。これらの質問の答えを聞かずに、大谷のどんな話も信じることは困難です」   会見で深まった疑問  さらに地元のロサンゼルス・タイムズ紙は「賭博と窃盗の疑惑は大きな疑問を引き起こした 大谷翔平とは何者か?」というタイトルのコラムを掲載。 「賭博と窃盗の疑惑は大きな疑問を引き起こした 大谷翔平とは何者なのか?」とのコラムを掲載した米ロサンゼルス・タイムズ紙    コラムニストのディラン・ヘルナンデス氏は、会見は疑惑を解消するのに必要な具体的な証言が欠けている、としたうえで、「大谷が何者なのか全くわからないのに、彼の言うことをある程度の確実性を持って信じられる人がいるだろうか」と疑問を投げかけた。     【こちらも話題】 水原一平氏を待つ“想像以上のいばら道” 大谷翔平の“良き相棒”から一転窮地に https://dot.asahi.com/articles/-/217828     「大谷翔平、スポーツに賭けたことは『一度もない』。元通訳の話は『完全なうそ』と発言」と伝える米FOXニュースのウェブサイト    同氏によると、大谷選手は自分のことを取材するジャーナリストだけでなく、フィールドをともにしてきた選手たちとも距離を置いてきた。彼の私生活についてはほとんど何も知られていないという。 「大谷が今も純粋な『野球少年』で、お金に対しては無関心であれば、水原が彼から数百万ドルを盗んだことになぜ気づかなかったのか、理解できる可能性があります。しかし、その証拠は何も出てきていません」  今後の実態解明は、当局や税を所管する内国歳入庁の捜査に委ねられる。 「大谷選手は今のところ賭博容疑では告発されておらず、賭博も野球で行われたものではないと考えられている。しかし、もしそうでなければ、野球から永久追放される可能性がある」(ESPN) (AERA dot.編集部・米倉昭仁)   【こちらも話題】 水原氏はなぜ大谷の口座にアクセスできたのか 残る“謎”に見え隠れする大谷が「守りたいもの」 https://dot.asahi.com/articles/-/218010  
能登半島地震「命を救うための活動は今が正念場」 がれきが残る被災地の現状
能登半島地震「命を救うための活動は今が正念場」 がれきが残る被災地の現状 家主(右手前)が見守るなか、倒壊した家屋内の家財を捜す災害NGO結のメンバーら。重機やチェーンソーを駆使する(撮影/編集部・川口穣)    能登半島地震の発生から約3カ月が経ったが、復旧活動の遅れが指摘されている。災害関連死の問題が本格化する時期だが、命を救うための活動は今が正念場だという。AERA 2024年4月1日号より。 *  *  *  みぞれ混じりの冷たい雨の中を、何台ものトラックが行きかっている。元日の団欒を襲った能登半島地震の発生から2カ月を経た3月初旬、七尾市街地からレンタカーを走らせ、被災地に入った。七尾市を抜け、穴水町、能登町、珠洲市と北上する。七尾市ではときおり目に付く程度だった全壊家屋が、北へ向かうにつれて増えていく。  幹線道路や主要道は復旧が進み、金沢方面と珠洲、輪島を行き来するのにほぼ支障はない。発災直後に大きな問題とされた渋滞も、4日間の取材中に一度も遭遇しなかった。一方、倒壊した家屋の解体やがれきの撤去は進んでいない。全半壊した建物を申請に基づいて自治体が解体・撤去する公費解体は、3月12日の時点で七尾市、能登町、穴水町で申請の受け付けが始まっているものの未着工、輪島市、珠洲市、志賀町では受け付けも始まっていない状態だ。  珠洲市役所がある市街地から内浦街道を進み、正院地区に入ると景色が一変した。1階部分がつぶれた家が連なり、手つかずで残されている。道路をふさぐように倒れた家は啓開作業によって解体され、敷地にがれきとして積み上げられていた。横道に入ると、車道に縦横の亀裂が走り、隆起したマンホールが通行を妨げる。  珠洲市内の避難所に身を寄せる女性は言う。 「大きな道路は通りやすくなったし、再開するお店も増えてきて少しずつ前に進んでいるとは思います。でも、崩れた家がそのままで景色が変わった実感が小さく、『元通りになるんだろうか』と悲しくなります」 支援感じられていない  住まいの再建もこれからだ。珠洲市では仮設住宅の入居が既にはじまっているが、女性が希望する仮設住宅はまだ着工しておらず、あと数カ月は避難生活が続く。一方、先日東京の知人と電話で話したとき、「そろそろ落ち着いてきたでしょう?」と尋ねられて愕然としたという。 地震で発生した火災で大半が焼失した輪島朝市は、今もほぼ手つかずに見える。手を合わせていた男性は「爆心地みたいや」とつぶやいた(撮影/編集部・川口穣)   「不十分な中でも生きていけるリズムはできてきました。でも、避難生活がいつまで続くかわからないし、仮設住宅に入ってもあくまで仮住まいです。『落ち着いた』と言えるのは何年も先になるんじゃないかと思います」  支援団体「災害NGO結」代表の前原土武さんは、「能登の復興は始まる前に終わるかもしれない」として、こう懸念する。 「東日本大震災のときも、熊本地震のときも、『被災地を支援しよう』というムーブメントがありました。一方、今回は発災直後にボランティアの自粛が強く呼びかけられるなど、その機運がありません。まだ水道が復旧していない地区もありますし、がれきの撤去もこれからです。ただ、報道も減って被災地の外では既に過去のことのような空気があります。これから災害関連死の問題などが本格化する時期ですが、被災している方々は支援の手を感じられていない。命を救うための活動は今が正念場だと思っています」 重機チームの活動も  前原さんら災害NGO結は、奥能登の玄関口・七尾市に拠点を構える。市から拠点として借り受けた旧西岸小学校の校舎前に「広域支援ベース@にしぎし」と大書した看板を置いているように、その活動範囲は広い。七尾市内はもちろん、穴水、能登、珠洲、輪島まで被災各市町で支援物資の配送、炊き出し、重機作業などの活動を行っている。ここを拠点に活動するのはスタッフやボランティアら1日約25~50人。災害NGO結の代表として、各活動のコーディネートや他団体との調整などを行うのが前原さんだ。活動で重視しているのは、「支援の穴」をふさぐことだという。  例えば、重機支援などを得意とする技術系NPOは多くが珠洲市で活動する。昨年5月にあった最大震度6強の地震の際にも被害の大きかった珠洲に入っており、今回も現地から直接依頼を受けるなどしたケースが多いからだ。ほかの市町でもいくつかの技術系団体が活動するものの、市街地からの道路が不通になるなどして支援の手が届きづらい地区がある。災害NGO結の重機チームが活動するのはそうした支援の薄い地区だ。また、民間団体による炊き出しも細り始めていることから、食事の支援も強化しているという。 活動は数年単位に  3月4日、活動に同行した。  朝8時からの朝礼を終え、各チームを現場に送り出す。前原さん自身はまず、珠洲で活動する二つのNPOに洗濯機とユニットバスを届け、情報交換する。その後、輪島に向かって重機チームに合流。被災者の話を聞き、倒壊した家屋からの家財取り出しをするメンバーと打ち合わせをした後は、輪島市の災害ボランティアセンター分室に顔を出す。200キロ余りを移動し、拠点に戻るころには日が暮れかけていた。それからも、資料の整理や取材対応、他団体との打ち合わせなどが続く。とにかく人と会い、話をしている印象だ。 「支援団体が個別に活動するだけだと、どうしても支援のムラやモレが出ます。各団体の『点』を『線』につなげたり、『面』に広げたりするために、各地を動き回ってニーズを見定めています。能登での活動は数年単位になると思っています」  前原さんが広域を走り回る一方、地域に根差した活動をする団体も多い。珠洲市の中心市街地から、山道を越えて約30分。土砂崩れの跡が色濃い道を慎重に進み、坂道を下ると視界が開けた。群青の日本海が目の前に広がる。能登半島の最先端、珠洲市折戸地区だ。遠浅なのか、海面から岩棚がのぞく。 「去年まではあんなに海底が見えることはなかった。地震で隆起したんですよ」  地区の人がそう教えてくれた。  折戸地区は去年5月の地震でも大きな被害を受けており、二重被害となった家が少なくない。住民の多くは、地区内にある滞在交流施設を自主避難所とし身を寄せていた。この避難所内に拠点を置く支援団体「災害救援レスキューアシスト」は、去年5月の地震でもこの地区で活動、今回も発災直後に現地入りした。 1人の赤ちゃんのため  当初行ったのは近隣約15カ所の自主避難所への物資・食料支援。道路網が寸断されて住民の身動きが取れず、公の支援も届かない中で1人の赤ちゃんのために往復19時間かけて金沢まで戻り、ミルクとオムツを調達したりもした。  2カ月たった今は、倒壊した家屋からの車の取り出しやブロック塀の解体、災害ごみの搬出など「住民の困りごと」を減らすために活動している。  目指すのはやはり、関連死をなくすことだという。代表の中島武志さんは言う。 「例えば、避難所から家に戻った住民さんは何から手を付けていいかわからずに絶望します。片付けの道筋を示すことができれば少しは希望を持てるかもしれない。仮設住宅への移転が始まると孤立防止の寄り添いなども必要になってきます。被災後はそれぞれのフェーズであらゆる『心配ごと』が出てきます。『生きててもしゃあないわ』と思わないように不安を一つずつ減らしていくのが、今できる僕らの役割だと思っています」  輪島市や能登町でもまた、多くの支援者たちが汗を流している。「コミサポひろしま」の小玉幸浩さんは連日、輪島市の被災家屋からの家財取り出しに取り組んできた。場所にめどを付けながら重機やチェーンソーを駆使し、貴重品や思い出の品を捜していく。2月には、倒壊ビルから携帯電話、時計、ピアスなどを取り出し、オーナーに手渡した。亡くなった家族のものだったという。 「ご家族を亡くした方や、家を失ってしまった方に、ひとつでも大切なものを返してあげたい。その一心です」  発災当初から遅れが指摘される能登半島の復旧活動。過去の被災地と比べ、様々な問題が目立つのも事実だ。災害ボランティアセンターが受け入れる一般のボランティアは、発災2カ月以上が過ぎた今月5日時点で延べ7千人余り。発災2カ月で20万人以上が活動した東日本大震災などよりケタ違いに少ない。2カ月以上たったいまも十分に食事が届かない避難所がある。それでも、それぞれの場所で今できることに懸命に取り組む支援者たちがいた。(編集部・川口穣) ※AERA 2024年4月1日号
「日本だけがほぼゼロ成長の現実 虚の日本経済復活に踊らされるな」姜尚中
「日本だけがほぼゼロ成長の現実 虚の日本経済復活に踊らされるな」姜尚中 姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史    政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。 *  *  *  3月15日、連合が今年の春闘の初回集計結果を公表しました。労働組合の賃上げ要求に、多くの大手企業は「満額」「要求超え」と回答し1991年以来、33年ぶりに5%を超える水準となっています。労働団体の全労連も、賃上げ額は平均月額7447円で、こちらもおよそ25年ぶりの水準です。しかし、物価高騰は続いています。まだこれでは生活は支えられないとして全労連は、今後も交渉を続ける構えです。  今年2月に日経平均株価は34年ぶりに最高値を更新しており、その追い風になるかのような賃上げという好循環。日銀は賃金と物価がそろって上昇する好循環が実現する確度が十分に高まったとみて、18、19日の金融政策決定会合で大規模緩和の柱であるマイナス金利の解除に踏み切りました。  日経平均株価の高値更新に5%以上の賃上げ率──これだけを見れば、日本経済は活気を取り戻したかのように見えます。しかし、実際にその恩恵にあずかれる人は、どれだけいるでしょうか。賃上げで満額回答した体力のある大企業はごく一部です。中小企業などに、その体力がどれだけ残されているのでしょうか。その中小企業は地方に多いわけですが、賃金格差、それにともなう貧富の二極化がさらに進む可能性も懸念されます。マイナス金利の解除による金利の引き上げは17年ぶりとなりますが、経済や金融市場への影響も予想されます。  国民ひとりあたりの所得や教育、平均寿命をもとに国連開発計画が算出したその国の暮らしの豊かさを示す「人間開発指数」の最新の調査結果が、3月13日に発表されました。それによると、日本は前回の調査結果の22位からさらに後退し、24位でした。これは決していい環境とはいえない韓国(19位)よりも下の順位です。  GDPも日本はドイツに抜かれ、4位に転落しています。その最大の理由は、日本だけがほぼゼロ成長だからです。  果たして、株価上昇と賃上げ率の上昇で、日本の経済は上向くのでしょうか。虚の日本経済復活に踊らされてはいないでしょうか。今こそしっかりと現実を見据えた経済政策が必要ではないでしょうか。 ◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年熊本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍 ※AERA 2024年4月1日号
生活史研究家がたどり着いた「家事と幸せの関係」  イベント「令和の家事は意識もテクもアップデート!」ルポ
生活史研究家がたどり着いた「家事と幸せの関係」 イベント「令和の家事は意識もテクもアップデート!」ルポ 阿古真理さん(右)のトークイベントは、リアルとオンラインのハイブリッドで行われた。リアル会場となったジュンク堂書店池袋本店のカフェスペースには、幅広い年齢の男女が集まった(photo 平岡 明博)   くらし文化研究所を主宰し、作家・生活史研究家として執筆活動をしている阿古真理さんが、最新刊『お金、衣食住、防犯が全てわかる 今さら聞けない ひとり暮らしの超基本』の発売を記念して、ジュンク堂書店池袋本店でトークイベントに登壇した。題して「令和の家事は意識もテクもアップデート!」。  お母さんが一人で何もかもやる時代はすでに終わっている。すべての人が、家のすみずみまでピカピカにして3食自炊する必要もない。自分にあった最低限必要な家事とそのノウハウを知れば、家事に振り回されることなく、ラクに楽しく毎日を整えることができる。自身の経験も交えてその極意を語ったトークショーのレポートをお届けしたい。この記事では、「なぜ家事をするのか」という話を。聞き手は前AERA編集長の片桐圭子が務めた。  ――そもそも阿古さんは、家事ってお好きですか。私はあんまり好きじゃないんですけど。  私も元々は好きじゃないんです。子どもの頃からキャリア志向で、花嫁さんよりスーツにハイヒールを履いた、いわゆる「OL」に憧れていて。「私はお勤めさんになる!」と言っていました。途中からは、仕事をしていたら家事をしなくてもいいよね、やってほしいと堂々と夫に言えるよね」と、よこしまな気持ちも加わって、結婚したらシェアする前提でいました。  料理は元々好きではあったんですけど、結婚したら嫌いになりまして、和解をするのに10年以上かかりました。今は、家事のフットワークもだいぶ軽くなり、今日は、家中を掃除してから来ました。  ――家事のスキルが身についたら、みんなそんな風になれるんでしょうか。やっぱり、家事ができたほうが幸せですか。  できたほうが、自信がつきますね。家事ができていることや、家事をやっていることは、実はその人の中で小さく降り積もって、いつの間にか自信になるみたいなところがあるんです。  私自身、うつを患ったときに、それを実感しました。本当に何にもできなかった時期があって、その全然できないときに、なかでも一番できなかったのが、「献立」と「買い物」でした。実は一番、高度なんです。  家事には非常に複雑な要素が詰まっています。それはこちらの本(『家事は大変って気づきましたか?』/亜紀書房)で書いたのですが、例えば、「献立」と「買い物」は、私が思い付くだけでそれぞれ7つの要素で構成されているんですよね。そんな複雑なことを毎日、世の中の人たちはやっているんです。  私が研究している食文化史のジャンルは、積み重ねがないと仕事をもらいにくいところもあって、積み重ねている間は大変でした。結果、自分はあまり働いていないという気持ちになって、苦しかった。ただそんな時にでも、ごはんは作っていて。それが、すごく自信になったんですね。  30~40代は、みんなみたいにバリバリ働いてはいなかったけれど、少なくとも暮らしを紡いできた、と思えた。よく、「おばちゃんは強い」なんて言われますが、家の中を整えて、子どもを育てたということが、その人たちの自信になっているからだと思います。それは会社員が定年退職したらあれ?となるのとは違う、決して消えないキャリアなんです。  何かあったときにサバイブする技術も、実は家事のスキルなんですよ。地震をはじめとする災害もそうですし、病気やけがなど、人生に起こるトラブルを乗り越えるには、ベーシックなスキルが身に付いてないといけない。完全に人任せにしている人よりは、自分でやっている人、あるいはやることができる人のほうがタフだと思います。  それに、住まいは自分の延長線上にあるわけなので、その延長線上の部分がきれいだったり快適だったりすると、やっぱりそれは心地いいですよね。家が安心できる場所だと、外でつらいことがあっても「家に帰ればいい」「家には好きな場所がある」と思えます。  ――なるほど。確かにそうですね。『家事は大変って気づきましたか?』にもありましたが、料理を作るにしても部屋を片付けるにしても、決めなきゃいけないんですよね。献立もそうですけれど、食材を決める、調理方法を決める、調理してる時はいつお醤油を入れるのか決めるなど、家事は決断の連続です。だから疲れるんですけど、仕上げれば目に見えるので達成感がある。片付けも洗濯も、やったら目に見えるかたちになるのが、家事のいいところですね。  本当にそうです。だからストレスフルな仕事をしてる人ほど家事を楽しんだりするんですよね、気分転換って言って。みなさんもご経験があるんじゃないかと思うんですけれど、仕事が上手くいかない時期は必ずあります。でも、家事は1時間でも手を動かせば成果が出る。  子育てにしたって、何十年も経たないと「ありがとう」なんて言ってもらえないし、そもそも言ってくれないことだってあるけれど、家事なら、小さな達成感を積み重ねることができるんです。これはストレスフルな人生の中で、癒しの部分も実はありそうですよね。  ――確かに、仕事が大変で忙しい時ほど、千切りみたいな作業が、頭が空っぽになって楽しかったりしますね。  ですね。そして千切りの成果は、自分のものですもんね。食べられるんですから。こういう、自己完結する喜びを持てるかどうかも、実はひとり暮らしでは大事なところです。家族がいる人たちに向けて話す時は、家族に何かしてもらったらちゃんとありがとうと言いましょう、と話すんですけど、ひとりの場合はありがとうは言ってもらえないし、おいしそうに食べてくれる人もいない。自分がしたことに自分で満足することこそが、自立ですよね。  ――意外と、自己完結できることって少ないんですよね。仕事なんか全く自己完結できないですし。社会人になって自分だけで完結できることって、家事ぐらいしかないかもしれませんね。  整っていくことの良さはありますよね。親御さんが立派に家事をこなしてる人のほうが、実はひとり暮らしや結婚生活がしんどいと聞くのは、親御さんの家事レベルになかなか到達できない自分がいると思ってしまうからですよね。  ――「ねばならない」から脱却することが、家事を楽しむコツ、ということでしょうか。  そうです。そこから始めなくてはいけない人が多いんですよね。家事を負担に感じている人に話を聞くと、頭の中に「理想の主婦」がいて、自分がその人に負けていることがつらい、ということが本当に多いです。メディアなどの刷り込みもあって、「できない私がいけないんだ」となってしまう。  いまは「イクメン」がもてはやされたりするから、女性だけではなく男性も、むちゃくちゃ疲れているのに家事や育児をして、ヘトヘトになって倒れる、ということも起こりがちです。整っていたほうがいいけれど、整える前にやらなきゃいけないことがあるんです。休んだり遊んだり、気分転換や人に打ち明けたりすることを優先していいんですよね。 阿古真理(あこ・まり)/くらし文化研究所主宰。作家・生活史研究家。食を中心に暮らし全般および女性の生き方の歴史と今、写真をテーマに、ウェブメディア、書籍その他でルポや論考、エッセイを執筆。講演、テレビ・ラジオへの出演多数。2023年、『家事は大変って気づきましたか?』(亜紀書房)などの執筆活動で第7回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)を受賞。ほかに著書多数 (photo 平岡 明博)  ――刷り込みから自由になって、なかなか難しいですけれど、日々、小さなことを積み重ねていくことで、見えてくるものがきっとありますよね。  必ずあります。あまり頑張っていない、完璧ではない家事仲間がいるとさらにいいですよね。同僚と、家事の話をすることはありますか?  ――あります。「今日はカレーで、今週はもう一回カレーです」とか、「炭水化物と野菜と肉でできている餃子は完全食だと近所のおばあちゃんに言われて以来、こまったら餃子です」とか。  餃子は手作りしてるんですか?それ、結構大変だと思うんですけど。  ――作るか買ってくるかは別にして、「餃子でいいんだ」って思えたことで、すごく気持ちが楽になったということみたいです。  そう、もっと楽でいいんだよっていう話をしたほうがいいと思います。特に、お母さんになった後が結構大変。専業主婦が一般的だったころの「理想像」は若い人の間では薄れつつあって、いい傾向だと思うんですけれど、親の理想像というのは結構強固に残っていますし、周囲が刷り込んできます。完璧な母も完璧な父も無理ですよ。ひとり暮らしの人も、家の中がパーフェクトな自分を目指す必要はない、ということですよね。  ――誰だって完璧なはずはないんですけれど、つい目指そうとしてしまうんですよね。目指さなくていい、というメッセージと共に、春からひとり暮らしをするという方に伝えたいことはありますか。 『お金、衣食住、防犯が全てわかる 今さら聞けない ひとり暮らしの超基本』の中で思いを込めたところでいうと、「ひとり暮らし」って自由な時間なので、楽しんでほしいということです。やらなきゃいけないことも増えるけれど、怒る人もいないんですよ。短期間であればわざと自堕落な生活をしてみるとか、家族と住んでいたときには飾れなかったアートを飾ってみるとか。自由をエンジョイしながら、スキルを上げていってください。 (構成 生活・文化編集部 永井優希)
[京都橘大学]AIとデジタルから見る未来
【PR】[京都橘大学]AIとデジタルから見る未来 デジタル技術の発展によって、社会は刻々と変化している。AIが進化し続けた先には、どんな未来が待っているのだろうか。これからの学びや生き方を考える。 日本のAI研究の黎明期を支え、長年にわたり数々のユニークな研究を手がけている松原仁教授に、AERA編集長・木村恵子がAIの先端事情について聞いた。「鉄腕アトムを作るのが夢」と語る松原教授が見据えるAIと共生する未来とは? ──人工知能、いわゆるAIはインターネット、自動車、家電、スマートフォンなど、あらゆるモノ・コトに搭載され、いまや私たちの生活に切り離せない存在です。最近の進歩には目を見張ります  私は趣味が高じて学生時代からゲームにおけるAIに着目してきました。 2015年に「アルファ碁(※1)」が人間のプロ棋士に勝ったことは世界的に大きなニュースになりました。囲碁だけでなく、チェスや将棋などゲームの世界では、AIが異次元の強さに進化し、いまでは人間のプロ棋士たちがAIの手法を参考にしています。機械学習やディープラーニングの飛躍的な進歩の成果です。 ※1 AlphaGo。現Google DeepMindが開発したAIの囲碁プログラム 松原 仁/東京大学大学院情報工学専攻博士課程修了。通商産業省工業技術院電子技術総合研究所(現産業技術総合研究所)研究員、公立はこだて未来大学教授、東京大学教授を経て、2024年4月から京都橘大学教授。専門は人工知能。ゲーム情報学、観光情報学研究に取り組む。人工知能学会元会長。『AIに心は宿るのか』(集英社インターナショナル)など著書多数 ──生成AIが一気に普及したことも、大きなインパクトがありました。いまAI研究の中心は生成AIでしょうか  そうですね。ChatGPTの次をいく新しい生成AIに関する研究が盛んです。最近は音声で受け答えする生成AIができ始めています。課題としては、必要なデータ量が大きすぎること。もっと軽い量で性能の良いものを開発する取り組みも進んでいます。 ──どんな分野ですでに実用化されているでしょうか  翻訳と要約については、かなり精度が高いです。研究者、学生の間では、英語で論文を読んだり書いたりするときのサポートに役立てています。それ以外ですと、生成AIを相談相手にする「壁打ち」にもよく使われ、AIの返答から新しい気づきやアイデアを得ていますね。 「人」という高い山 いまは3、4合目 ──AIはどこまで発展し、どのような能力を持つようになると考えますか  AIの目標はかつて、人間のような知能を持つことでした。しかし、囲碁や将棋の例にも見られるように人間を超えると思われる力を持つものが現れ、もはや研究者にもAIの進歩を止めることはできません。ただ、人間は話す、聞く、料理を作るなど、いろいろなことができますよね。例えば、雑多に話題が飛びかう仲のいい人とのおしゃべりも、人間の高度な知能がもたらすものです。AIをどうすれば、こうした人間の持つ多様な知能に達するのかはまだわかっていません。私としては「このAIは人間と変わらないな」と思えるところまで来たときが一つのゴールだと思っています。 ──山登りにたとえると、何合目にいるでしょうか 「8合目まで来た」と言う人もいるのですが、これまでのAI研究の歴史を考えると、それは楽観的かと思います。私の感覚としては、まだ半分まで登っておらず、「3、4合目まではいったかな」といったところです。 ──次の段階に上がるには、どのような技術開発が必要なのですか  現在のAIは頭でっかちで、人間のような手足、目、耳などの身体的な機能がありません。前、後ろ、左右の位置関係くらいはわかるけど、どれくらい離れているか空間認識が弱い。人間型ロボットに生成AIを入れて、人間の子どもを育てるように進歩させると、人間と同じような知能が発達するのでは、と考えています。私がAIの世界に入ったときは、ロボット開発の方が先を進んでいましたが、最近はAIが追い越した感があります。ロボット研究にも携わっていましたので、人のような身体機能を持たせることがいかに難しいかはよくわかります。 「鉄腕アトム」を夢見て道なき道を行く ──AIロボットが活躍する社会は、まさにアニメやSF映画に見る未来ですね  私は幼稚園児のころ、「鉄腕アトム(※2)」のアニメを見たのをきっかけに、鉄腕アトムの開発者の天馬博士に憧れました。父親に「ロボットを作る仕事はエンジニアというんだ」と教えてもらい、それ以来、将来の夢になりました。その後、中学時代にフロイト(※3)の精神分析の本を読んで、人間には無意識の領域があり、それが行動を決めているという概念に興味を持ちました。人工的な知能を持つ鉄腕アトムとつながって、「人間の心、知能とは何かを知りたい」と考えるようになりました。 ※2 手塚治虫が1952年に発表したSF漫画。21世紀を舞台に、10万馬力のロボット少年・アトムが活躍する物語 ※3 オーストリアの心理学者・精神科医。19〜20世紀に心理学と精神分析学の礎を築いた ──子どものころに抱いた夢をそのままに、AI研究の世界に飛び込んだのですね  鉄腕アトムを作るにしても、専門はコンピューターにした方がいいだろうということで、大学での専門に情報系の学科を選びました。しかし、当時、AI研究は1950年代の1回目のブームを経て、「冬の時代」に突入し、日本には教科書も授業もありませんでした。AIを研究したいと大学の先生に話すと、「君は人生を棒に振るのか」なんてことを言われ、相談した先生全員に止められました。でも、私は天邪鬼なので、逆にやる人が少なくて面白いんじゃないかと思ったんです。大学院に進むとき、専門分野に「人工知能」と書かれている工学部の先生を見つけ、「これだ」と思い、研究室の門をたたきました。しかし、先生の元に行くと、「AIをやっていいけど、僕はわからないよ」と。先生はアメリカのマサチューセッツ工科大学に在籍していたころ、学内に「AI研究所」があって、面白そうだなあと思ったので、研究テーマに書いてみただけだった。それに引っかかったのが私。それでも、私の研究への想いを受け止めていただき、修士・博士課程の5年間、先生のもとでのびのびとロボットのAIを研究しました。先生にはとても感謝しています。 「AI超変態集団」に志ある仲間が集う ──大学時代は孤軍奮闘でAIを学ぶ日々だったのでしょうか  そうでもないんです。私みたいな学生が、当時の東京大学には少なからずいて、「AIUEO(アイウエオ)」という勉強会が立ち上がりました。Artificial Intelligence Ultra Eccentric Organizationの頭文字を取った名称で、訳せば「AI超変態集団」(笑)。2週間に1度、AIの勉強会を開きました。みんなで英語で書かれたアメリカの論文を輪読し、時には合宿までして、熱心に勉強しました。何が正解かわからないけれど、みんなでああでもない、こうでもないと言いながら。そうこうしているうちに2回目のAIブームが起きました。AIUEOが評判になり、メンバーは100人近くにもなりました。AI黎明期に入り、日本では電機メーカーがこぞって人工知能を扱う部署を作り始め、AIUEOにもその社員たちが学びに来ました。 ──志を同じくする仲間がいるのは心強いですね。いまもいろいろな分野の方と協力し、新しいAI研究に挑戦されています。「きまぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」は話題になりました  友人で作家の瀬名秀明氏から、「AIに小説を書かせると面白いのでは?」という提案が出たんです。2012年のことで、生成AIもまだない時代。無謀なアイデアでしたが、だからこそやってみたいと思ったのです。果たしてAIは創造力をもてるのか。目標があった方がいいので、AIで創作した小説を「星新一賞(※4)」に応募することにしました。私は、全作品を読んでいるほど大の星新一さんファン。作品の著作権者からAIの学習に使うことの快諾をいただいたので、約千作品を解析し、AIにショートショートを書かせました。そして15年、賞に応募したところ1次審査を見事通過。その後、もっと進化した形でAIの創作活動をめざしたのが、手塚治虫の新作漫画をAIに描かせるプロジェクト「TEZUKA2020」「TEZUKA2023」です。 ※4 SF作家の星新一にちなみ、「理系文学」のショートショートや短編小説を対象とした文学賞。AIが執筆した作品の応募も認められている ヒューマン・ロボット・インタラクションの難題 ──お話を聞くと、AIが自由に創造力を発揮する日も近いのではないかと思われます。一方、技術の発展とは裏腹に、AIには社会的な課題も突きつけられています  いま、生成AIによる著作権侵害が問題になっています。例えば、生成AIは要望通りにイラストを描くことも得意です。しかしそれは誰かが描いたイラストを学習した成果です。著作権や使用料をどう考えるのか、許諾を得た「由緒正しい」データを使うことを基本とするなど、法整備を含めた社会的な枠組みづくりが急務です。 ──人間も他者や先人の創作物を参考にすることがあります。生成AIと人の違いはなんでしょうか  私は読書が好きで、日本の代表的な近代文学をほとんど読んでいます。私の書く文章がその影響を受けていないとは言えません。そう考えると、確かに生成AIの仕組みは人間がやることと変わりません。なぜAIだと文句を言われるのか。おそらく、使用するデータ量が膨大な上、正確に学習できてしまうからでしょうね。人間の砦であった「言葉」にAIが参入したことで、脅威を感じる人も多いでしょう。とはいえ、こうした問題も時間が解決すると思います。日本人は鉄腕アトムやドラえもんに見られるように、非生物への嫌悪感があまりなく、AIロボットを抵抗なく受け入れる土壌があるからです。AIを避けるのではなく使いこなすことで、人間だけでは生まれなかった創作やエンターテインメントの楽しみ方が広がる可能性があります。 ──インターネットに偽りを書いて稼ぐ人がいる一方、災害時などに緊急事態をSNSで発信し、助かる命もあります。AIもいかに使いこなしていくかを考える必要がありますね  初等教育からリテラシーを学ぶことが大切です。原子力のように、科学技術は戦争などで人を殺傷する道具として使われる危険性もはらんでいます。AIにも同じことが考えられます。しかし、これは、むしろAIを使う人間側が悪用しない倫理観、技術力を養わないといけません。また、人間はどうしても便利な道具に流れてしまいます。文章を書くことは自分の考えを整理してまとめ、それをわかりやすくアウトプットする作業。まさに、知性を鍛える場です。レポートなどを生成AIに100%頼って作るようになると、その力が養われなくなるかもしれません。やはり小学校から自分で文章を書く練習がますます重要になります。 「人間とは、自分とは」を問いかける学問 ──このまま進歩していくと、人間が取って代わられるという危惧もあります  AIに仕事を奪われるというのは多くの人が抱いている危機感ですね。ただ、そうではなく、仕事が変わると考える方がいい。AIの議論に求められるのは、分かつことではなく、しなやかに共存する道を探ること。そのためには、いまも未来も変わらず文化の力が大切です。AIが人類の幸福のためにあることを忘れずに、全ての人がその恩恵を等しく受けられるようにしたいですね。だからこそ、鉄腕アトムのいる未来に希望を持っています。 ──松原さんのめざすAIはまるで人間の友達のようです  人間は機械に完璧を期待しますが、AIに全部正解を求めなくていいんだと思います。人間だって間違いますし、それを前提に人間関係を築きます。AIとの付き合いもそうなってほしいですね。 ──AIが日の目を見ない時代でも、自分の道を貫かれました。研究の面白さはどこにあるのでしょうか  私は人から「変わっている」と言われ続けてきました(笑)。でも、私の研究目的の神髄は「人間の知能とは何かを探ること」であり、「自分をわかりたい」という強い好奇心にあります。そもそも人間の知能については、わからないことだらけです。AIによって世の中は良くなっていくという信念もありました。だから周りから何を言われても変えなかった。いま若い世代のみなさんも自分の感性を大切に、自身の信じた道を歩んでほしいと思っています。 【木村恵子の編集後記】 AIの発展は、研究者たちの「面白そう」という思いが支えてきたことを強く感じました。AIで「人間」のような多様な知能をめざす道のりは、3、4合目とのこと。それでも作家として成長するAIには、創造性を発揮する日も遠くないと思わされます。AIと共存する未来は、人が真にAIを理解し、仲間のように受け入れた先にこそ実現すると感じました。 京都橘大学 公式WEBサイトはこちら → *  *  *  * AIやITなどのデジタル技術を駆使して、社会価値を創造する「情報学」は、今後は多様な分野と融合し、人々の暮らしを豊かにすることが期待されている。 医療・看護分野を例に、情報学が広げる可能性と、大学の役割を考える。 STEP 1 日本の変革に必要なのは現場の情報学 【情報学視点・東野/デジタルを楽しむことが人生の豊かさにつながる時代】  世界では「デジタル技術の普及は、生活の豊かさや満足度に密接に関連している」という考え方(※5)が主流になっています。かつては、世界で初めてGPS搭載のカーナビを開発するなどデジタル先進国だった日本ですが、現在は世界に後れをとっており、それが今、経済力などの指標にも表れているように感じます。  日本にデジタル革命を起こすには、「情報専門人材(ベンダー)」と「情報学の基本的知識とスキルを身につけ、利活用できる人材(ユーザー)」が協働して、新しい価値を創造することが求められます。文系・理系を問わず、多様な人がIT技術を駆使するようになれば、そこから生まれるアイデアやシステム、サービスは未知数です。「面白い」と思う気持ちが、新しい発明の芽につながることでしょう。 ※5 デジタルエコノミー。デジタル技術がもたらす経済の様子 【看護学視点・河原/「見えないもの」を可視化してケアにつなげる】  ITは、今や電気を使うことと同じように、ライフラインとなっています。2005年にJICAのプロジェクトの一環で、中央アジアのウズベキスタンに滞在し、看護教育の指導にあたりました。当時は、一つの資料をメールで送付するにも苦労しましたが、2023年の再訪時には、公共交通機関、教育、町や病院等でITインフラが整備され、日本と同等の通信環境に発展していました。その光景から、医療従事者が情報学の知識・技術を学び、病院や介護施設、訪問看護ステーション等、あらゆる現場に生かしていくことは、誰もが豊かに生きる健康長寿社会の実現には必要だと実感しています。これからの医療人は、人々のQOLを高めるために、多様なデータを可視化し、ケアにつなげることが求められているのです。  STEP 2 「情報学をリテラシーへ」大学の役割とは 【情報学視点・東野/AI・ITの掛けあわせで未知なるものを生み出す】  AIやITは、仕組みを理解することが、具体的なサービスをイメージし、斬新な発想を生み出す一助となります。この先、日本のデジタル化を牽引するのは、情報教育をしっかりと受けたデジタルネイティブ世代。社会が急速に変化するからこそ、大学で学ぶ内容も広がり続けます。  本学では全学部生を対象に「たちばなAI・データサイエンスプログラム」を導入し、習熟度に応じて主体的に学びあっています。また、情報工学科と看護学科の学生が連携して「高齢者向け嚥下体操チャットボット」という生成AI搭載のプログラムを開発するなど、遊び心のあるプロジェクトが学内のあちこちで立ち上がっています。多様な人と関わりながら自由にのびやかに学び、研究すると、新しい「問い」を生み出す力が育つと思います。 【看護学視点・河原/デジタル・医療分野を牽引するチーム医療のエキスパートを】  看護医療の現場には、多くのデジタルデータが存在し、情報通信技術活用の研究や教育が急速に進展しています。本学は、文部科学省「成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業」に二つの試みが採択されました。その一つが「パフォーマンスバリデーションとチーム医療を基盤とする救急救命士・看護師等の医療従事者のための救命リカレント教育プログラム」★。技能の評価を数値データ、画像、動画で可視化し、オープンバッジ(※6)的に証明できるものです。さらに、これらをDXシステムで相互に学びあい、チーム医療に役立てることが目標です。情報工学と多分野の研究者とのコラボレーションが日常的に行われていることは、看護医療系の従事者や学生にとって意義あることだと感じています。 ※6 オンライン上で世界に向けて、スキルや知識を証明できる認証 ★プログラム詳細はこちら → STEP 3 デジタルとAIの未来こそ、人間の本質が問われる 【情報学視点・東野/技術発展と強い意思が創り出す、新しい選択肢】  情報学は、これまでの「専門家のための技術」ではなく、今後は語学と同様に誰もが身につけるべき知識・スキルとなるでしょう。とはいえ、「難しい数式を解く」というものではありません。情報学は、知っていれば「面白いことができる」「単純労働から解放され、よりクリエイティブな仕事ができる」という、人生を豊かにするための術なのです。  ただし、AIやITはあくまで人間を補助するツールです。大切なことは、デジタル技術を活用して、自分が何をしたいのか、社会をどのように描いていくのか、という人の意思なのです。偉大なイノベーションだけでなく、日常生活の「こうなったらいいな」をカタチにする。そんなワクワク感を創出できれば、日本のデジタル分野はもっと広がるはず。教育、産業、社会制度の改革を共に推し進め、自由で寛容な未来を切り拓きましょう。 【看護学視点・河原/デジタル化の時代こそ、人とつながるリアルな居場所を】  大学は「生きた教養」を学ぶ場です。コロナ禍で授業がオンラインに切り替わったとき、実習を通して地域の方々と触れ合う機会が、かけがえのないものだったということを痛感しました。看護医療は、人との直接的な交流の中で生まれる心の通い合いを経験し、ぬくもり、においや空気を感じることで、人によりそいながらケアできる力になります。これこそが、看護学の肝であり、「人間を学ぶ」時間なのです。  AI・ITと共に発展するこれからの社会は、新しい希望と夢にあふれた未来です。ただ、その根幹には人と人の関わりがあります。デジタル技術が発展しても、悩みや迷いはなくなりません。大事なのは、自分と考えや想いが異なる人に向き合い、「わからない」ところから関心を寄せること。その姿勢をデジタル時代にこそ、培っていくことが大切ですね。 ■高校生のみなさんへ 【東野】大学は、若い世代の感性を伸ばし、多様な挑戦を後押しする場。時代が変化しても、私たちはそうした環境を整え続けたいと思います。AIやITは、新しい選択肢の創造につながるはず。まずは好奇心をもって様々なツールを使ってみてはどうでしょう。ゲームやアニメなど、好きなことから始めてもいい。産業界発展の糸口は、皆さんの“楽しむチカラ”です。 【河原】思想や価値観、文化や生活習慣等が異なる人と意見を交わし合い、学問を自由に追究できるのが大学です。今、ITの発展により国境や時代も超え、学びの可能性が大きく広がっています。ぜひ、様々な人と交流し、楽しい刺激を受けてください。悩み、もがくこともあるでしょう。人は不完全で当たり前。だからこそ、生涯学び続けられる環境がここにあるのです。 京都橘大学 公式WEBサイトはこちら → *  *  *  * 京都橘大学は、近年の科学技術の発展に伴う社会構造の変化を見据え、前例にとらわれない新しい教育・研究・地域創造をめざします。 ●TOPICS 2/大学院情報学研究科 詳しくはこちら → ●TOPICS 3/リスキリング・プログラム お申し込みはこちら → ●WEB SITE/「こうなったらいいな」のコンテンツ公開中 詳しくはこちら →
生活史研究家も驚いた「びっくり水」の意味とは? イベント「令和の家事は意識もテクもアップデート!」ルポ
生活史研究家も驚いた「びっくり水」の意味とは? イベント「令和の家事は意識もテクもアップデート!」ルポ トークイベントでは阿古真理さん(右)が、「何か一つだけやるなら、どの家事?」「食に興味がなくて、3食カップラーメンになってしまう」「父がひとり暮らしになるのが心配」など会場からの質問にも答えた (photo 永井 優希)  くらし文化研究所を主宰し、作家・生活史研究家として執筆活動をしている阿古真理さんが、最新刊『お金、衣食住、防犯が全てわかる 今さら聞けない ひとり暮らしの超基本』の発売を記念して、ジュンク堂書店池袋本店でトークイベントに登壇した。題して「令和の家事は意識もテクもアップデート!」。  お母さんが一人で何もかもやる時代はすでに終わっている。すべての人が、家のすみずみまでピカピカにして3食自炊する必要もない。自分にあった最低限必要な家事とそのノウハウを知れば、家事に振り回されることなく、ラクに楽しく毎日を整えることができる。この記事では、自身の経験も交えてその極意を語ったトークショーをレポートしたい。  まずは、この本を書いたことで、阿古さんが実際に「アップデート」した家事のノウハウから。聞き手は前AERA編集長の片桐圭子が務めた。  ――本書をご執筆いただく過程で、さまざまなジャンルの専門家に取材していただきましたが、「時短」のテクニックがあちこちに出てきました。現代は忙しく、「時間がない」ことが家事にとっての「敵」になっています。この「時間がない」に打ち勝つには、どうしたらいいでしょうか。 「ついでにできる家事」を意識することですね。汚れそうな場所に、マイクロファイバークロスなど、ちょっと拭けるものを置いておくんです。歯を磨きながら洗面所の窓を拭く、みたいなことを習慣づけていくと、わざわざ「よし掃除するぞ」と気合を入れなくても、そこそこ整った状態を維持しやすくなります。  ただ、「時間がない!」と思うほど忙しいときは、私は休むことを優先していいと思います。ひとり暮らしならなおさら。そして、休んだ後に、気分転換を兼ねて好きな家事をやる、というのもありだと思いますよ。  ――そう言っていただくと、心が軽くなります。家事にはそれこそ、100も200もやり方がありますが、一番意外だったノウハウは何ですか?  最近のユニットバスは、壁にマグネットが付けられるということをご存じですか? 私は知らなかったので、引っ越したばかりの家でユニットバスの壁にマグネットを付けてみました。付きました! マグネットが付くということは、簡単に「浮かせる収納」ができるということなんです。  ――「浮かせる収納」ですか・・・?  お風呂場の床にイスや洗面器を置いていると、水垢でどんどん汚れていきます。本にも書きましたが、水回りでは床にモノを置かずに浮かせておくようにすると、清潔感をキープできるんです。100円ショップでは、ボトル容器をタオル掛けなどに引っ掛けることができるボトルホルダーや、洗面器を壁にかけて置くことができるグッズが充実しています。マグネットが使えるなら、さらに便利ですよね。些細なことのようですが、実は大きいことなんです。  ――昔のお風呂には、マグネットは付かなかったですよね。料理ではいかがですか?  料理はね、大体まとめて作っちゃうんですよ。一人暮らしを4年半ほどしたんですけど、実は1人分の量をあまり作ったことがないです。残しておいて食べることが多く、例えばひじきの煮物をドーンと作って1週間副菜として食べ続けたり、汁物を3日分ぐらい作り温め直したりしていました。ただ、例えばシチューを温め直すと、鍋では湯気が出ていたのに食べてみるとまだ冷たいことがあり、私は料理家の方にいつも温め直しの技術を聞くんです。  ――何かテクニックはありますか。  先日、料理家のきじまりゅうたさんにお話を伺ったら、器に入れて「電子レンジでチンすれば良い」とおっしゃっていました。言われてみると、確かに今までも、温め直しがいまいちだった時は、電子レンジに入れていました。  ――鍋で温めるのが正統派、な感じがありますが、電子レンジでいいんですね。家事は、面倒くさいことも多いですが、テクニックが身に付くと、早くできたり、美味しくできたりします。やればやるだけ、いいことが返ってきますよね。  そうなんです。それは家事のいいところですよね。自分の中に、確実に残っていきます。  ――さきほど、「時間」の話をしましたが、家事を阻むもののもう一つは、「動線」でしょうか。  動線の話をすると本当に終わらないので止めて欲しいんですけれど(笑)、先ほども申し上げたように、最近、引っ越しをしたんです。それほど予算がないのに、都内で便利なところで広い家を探したので、むちゃくちゃ苦労しました。2年の間に61軒、内見したんです。トータルで1年半ぐらいかかってますね。人生の危機、そして夫婦の危機でした。  内見に至らず、インターネットで検索しただけで終わった物件はその何十倍もあります。というのも、間取りだけでこの家は家事が大変すぎるというのがわかるようになってきたからです。昭和後半に建った一戸建てで多いのが、1階で洗濯をして2階のベランダに干すという間取り。1階で洗濯して、洗ったものを2階まで持って上がり、衣類の収納場所が1階にある場合は乾いたものを再び1階に下ろさなければなりません。これは、洗濯という家事の「しんどさ」を左右します。 阿古真理(あこ・まり)/くらし文化研究所主宰。作家・生活史研究家。食を中心に暮らし全般および女性の生き方の歴史と今、写真をテーマに、ウェブメディア、書籍その他でルポや論考、エッセイを執筆。講演、テレビ・ラジオへの出演多数。2023年、『家事は大変って気づきましたか?』(亜紀書房)などの執筆活動で第7回食生活ジャーナリスト大賞(ジャーナリズム部門)を受賞。ほかに著書多数 (photo 平岡 明博)  同じように、キャニスター式の掃除機を物入れの奥に入れていたら「今から掃除をするぞ」と気合が必要になりますが、スティックタイプの掃除機を見えるところに立てておけば、ゴミを見つけた時にパッと出してパッと掃除できます。家事動線を可能な限り楽にすることも大事なポイントですよね。  ――確かに。心理的負担に影響しますよね。  我が家は、洗面台と洗濯機の間にすき間が空いているんですけど、キャスター付きのボックスを組み立ててそこに置いています。掃除のときは、ボックスごとガラガラ動かします。間違いなくホコリが溜まるデッドスペースに置く家具は、キャスターつきが便利です。  ――そういう便利なものはどんどん活用するということですね。  どうしても、自分が育った環境が家事の基準になるんですけど、世の中は変化しています。学校で習う家庭科も、紹介されている技術が古いのではないかという指摘がありますよね。「びっくり水」という調理用語がありますが、いまの方はどれくらいご存知でしょうか。「びっくり水」は麺類を茹でている時などに、お湯が沸騰してワーッと泡が出てきた時に水を入れてその泡をしずめるためのものですが、料理家の樋口直哉さんから、これはかまどの時代の技法だと聞きました。  かまどは薪で火を起こしているので、火加減はすぐには変えられない。だから水を入れるんですが、いまはガスの時代ですから、ガスの火を小さくすればいいんですよ。シニアの方々が多い場でこの話をしたら、一生懸命メモを取っていらっしゃいました。そこまで極端でなくても、知識が実は古いままだということはあると思います。  ――私も阿古さんの本で読ませていただいて知りました。「びっくり水」は味には関係ないんですね。  そうなんです。つまり、みなさんの親御さんだって家事のプロじゃないし、時代に合わせてアップデートしているとも限りません。おばあさんやお母さんのやり方が必ずしも正しいわけじゃない。縛られなくていいんです。自分に合うスタイルを見つけていただくほうが、心の健康を保てるし、日々の生活も豊かになると思いますよ。 (構成 生活・文化編集部 永井優希)
子どもの「メンタル不調」が増えているのはなぜ? 『スマホ脳』の著者が語る3つの“不足”とは
子どもの「メンタル不調」が増えているのはなぜ? 『スマホ脳』の著者が語る3つの“不足”とは アンデシュ・ハンセンさん ©Stefan Tell  人間の脳は「生き延びるために」ストレスを感じる仕組みになったといいます。現代におけるストレスの役割と対処の仕方について、スウェーデン出身の精神科医で、ベストセラー『スマホ脳』の著者・ アンデシュ・ハンセンさんに伺いました。 危険を察知する仕組みとしてのストレス  現代は、昔に比べてはるかに安全で快適な社会になってきたにもかかわらず、私たちは日々多くのストレスにさらされています。  幸福度が高い国というイメージが強いスウェーデンでも、なんと大人の8人に1人が抗うつ薬を飲み、世界保健機関(WHO)の試算では2億8千万人がうつに苦しんでいます。  文明が進歩しても、なぜ私たちはこれほどストレスを感じるのでしょうか。ベストセラー『スマホ脳』の著者でスウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさんは、次のように話します。 「人類の誕生は今からおよそ25万年前。その長い歴史のほとんどを狩猟採集生活で過ごしてきました。そこで最も重要だったのは病気やけが、飢饉や自然災害から『生き延びること』だったのです」  生き延びるためには、不安や心配=ストレスによって、危険を察知しなくてはなりません。そのような脳の「防御メカニズム」を携えながら進化し、さまざまな病気や災害を潜り抜けてきた人たちの子孫として、今、私たちは存在しているといいます。 「私たちは不安や心配を感じることをネガティブに捉えがちですが、それは人として自然なこと。ストレスを感じてはいけないと思う必要はないのです」  しかし現代文明は人類の歴史の時間軸ではほんの一瞬。長い時間をかけて進化してきた脳は、デジタルやAIに囲まれた生活環境の急激な変化に対応できていません。それが私たちに新たなストレスを生み出しているのです。ハンセンさんは、子ども時代のストレスについて次のように教えてくれました。 「私は幼いころ、とても心配性な子どもでした。心配ばかりしている自分はどこかおかしいのではと、さらに不安に思うこともありました。しかし脳の仕組みについて学んで、不安やストレスは人間にとって必要な機能だと分かってほっとしたのをよく覚えています」  ハンセンさんが脳の仕組みやストレスにどう対応するかを紹介した著書は、スウェーデンの学校に無料で配布され、子どもたちからは、「ストレスと自分の心や体の仕組みがわかって安心した」と、知ることの大切さを実感する声がたくさん寄せられているそうです。 睡眠・運動・仲間がストレス耐性への近道  では、どうすればストレスに強いメンタルを育てることができるのでしょうか。「重要なのは『ストレスを感じないようにする』ことではなく、『ストレスへの耐性』をつけること」とハンセンさんは強調します。そのポイントは「良質な睡眠、運動、人とリアルに会うことの三つ」なのだそう。 「近年、子どもたちのメンタル不調が増えているのは、これらの三つが明らかに不足しているからです。その原因に『スマートフォン』が関係していることは間違いありません」  スウェーデンのティーンエージャーは1日3〜4時間もスマートフォンを見ているという調査もあり(*)、特に子どものメンタルへの影響が危惧されています。 「なぜならスマートフォンなどのデジタル機器の画面を見るスクリーンタイムが増えれば増えるほど、睡眠や運動、人と会う時間が失われてしまうからです。その結果、ストレスに対抗する力が弱くなって心や体のトラブルを抱えやすくなるのです」  刺激が大好きな脳にとって、次々と新しい情報を提供してくれるスマートフォンは、とても魅力的な存在です。それはまるで、空腹時、目の前においしいお菓子が「さあ、どうぞ」と置いてあるようなものです。 「そのような誘惑を断ち切るためにも、寝室にスマートフォンをもっていかないなど、物理的に距離をおくようなルールづくりが普段から必要でしょう。  もうひとつ、ぜひ知っておいていただきたいのは、スマートフォンなどのデジタル機器やさまざまなアプリは、それを開発して販売する企業が自分たちの利益のために作ったものだということです。企業にとって、私たちの心や体の健康は重要ではありません。企業の利益追求の活動に踊らされているのだ、ということを知るだけでも、スマートフォンとの付き合い方を違う視点で考えるきっかけになるのではないでしょうか」 (取材・執筆/工藤千秋 通訳/久山葉子) *「スウェーデン人とインターネット」(2017)から。スウェーデン統計局のニュース(2023)では、「世界的には8~18歳のスクリーンタイム(スマートフォン、パソコン、テレビなど)が毎日7時間」というデータも。 ※「AERA with Kids 2024年春号」(朝日新聞出版)から 〇アンデシュ・ハンセン/精神科医。経営学修士。スウェーデン・ストックホルム出身。『スマホ脳』(新潮社)のシリーズが世界的ベストセラーとなり、スウェーデンで国民的人気を誇る。病院勤務の傍らメディア活動を続けている。著書『ストレス脳』や『メンタル脳』(共に久山葉子/訳 新潮社 1100円)では、人類の歴史や脳の仕組みを知り、ストレスや不安を和らげて毎日に活力をもたらす考え方を伝授している。  
DAZN「1890円→4200円」はなぜ受け入れられたのか…炎上対策専門家が解説「燃える値上げ、燃えない値上げの差」
DAZN「1890円→4200円」はなぜ受け入れられたのか…炎上対策専門家が解説「燃える値上げ、燃えない値上げの差」 ※写真はイメージ(gettyimages)    スポーツコンテンツのサブスクリプションを提供する「DAZN(ダゾーン)」が3年連続で月額の値上げを発表し、一時期話題となった。だが現在では受け入れられ、批判の声は少ない。桜美林大学の西山守准教授は「小幅な値上げにとどまる年間契約を設定したのに加え、DAZNのスポーツコンテンツ自体が『応援消費』であることが、炎上が比較的小規模に落ち着いた理由だろう」という――。 強気の値上げを繰り返すDAZN  スポーツ専門のビデオ・オン・デマンド・サービス「DAZN(ダゾーン)」がここ数年、値上げを繰り返している。その値上げ幅が、ようやく「値上げ慣れ」してきた消費者の度肝を抜く「強気の値上げ」だとして話題になった。  円安、原材料費の高騰などで、多くの商品、サービスが値上げしている。値上げしても需要は減らず、売り上げや利益を増やしている企業がある反面、減らしている企業もある。  海外の多くの国では、物価が上昇を続けており、消費者もそれを受容している。  2016年に赤城乳業の「ガリガリ君」が10円値上げした際に、米ニューヨークタイムズは1面で同商品の「謝罪広告」を紹介し、日本がデフレを脱却できない現状を説明していた。ガリガリ君の「謝罪広告」は真面目に受け止められることを想定して作られたものではなかったが、値上げを当たり前とするアメリカ人にとっては、値上げを謝罪する日本企業が奇異なものに映ったに違いない。  日本の消費者は概して値上げに敏感で、値上げをした企業に対する風当たりは強い。最近は値上げが常態化しており、消費者は諦めムードに入っているが、食品・飲食系の企業などは、依然として料金は据え置きで容量を減らす「ステルス値上げ」を行って、消費者に値上げを意識させない工夫を行っている。  そうした中で、DAZNの値上げはひときわ目を引いた。DAZNの料金体系は下記の通りだが、2月14日にも値上げを行っている。 DAZN公式サイトより    DAZNは2016年8月にサービスを開始したが、2022年以降は毎年2月に値上げを行っており、サービス開始時点から2倍以上の値上げになっている。昨今の物価高を考慮しても、値上げ幅は目立って大きいと言える。    これまで、価格が据え置かれていた「DAZN for docomo」も3月1日から値上げされ、同サービスを安く利用する「抜け道」も徐々にふさがれつつある。 事業者が価格を決める際に考慮する要素  価格(Price)戦略はマーケティングの基本概念であるマーケティングミックスの「4P」のうちのひとつであり、マーケティング戦略の構築において非常に重要な要素である。  一方で、価格を改定した際の需要を正確に予測することは難しい。  DAZNは、これまでは値上げに対する批判は少なかったが、さすがに直近の値上げには批判の声も少なからず見られた。  これまでDAZNが強気の値上げを繰り返してきた理由、そしてこれからの同サービスの受容性を考えてみたい。  一般的には、商品、サービスの価格の設定要因には下記がある。 1.生産、流通コスト(損益分岐点の考え方) 2.顧客に与える価値(カスタマーバリュー) 3.競合環境(代替サービスの存在)  1について考えてみよう。映像配信サービスにおいては、コンテンツの獲得コスト、制作コストの比率が高く、有形の商材と比べると、変動費は小さくなる傾向がある。つまり、損益分岐点を超えることができれば、急速に利益が出やすくなる。 日本はAmazonプライムの会費が欧米に比べて安い  2と3は裏表の関係にある。映像配信サービスは複数存在し、競争環境も激しい。そうした中で、DAZNはスポーツコンテンツに特化した映像配信サービスとして、独自のポジションを確保している。DAZNが独占放映権を保有しているコンテンツも多く、価格に不満があっても、他のサービスにスイッチするわけにもいかない。  実業家の堀江貴文氏は、直近のDAZN値上げに対して、1月12日、X(旧ツイッター)上に「たった月500円の値上げで限界とか 笑。携帯代とか見直せよ 笑」と投稿している。堀江氏でなくとも、そこでしか見られないコンテンツがあり、それをどうしても見たければ、月額500円程度の値上げは受け入れざるを得ない気持ちになるだろう。  Amazonの有料会員サービス「Amazonプライム」は昨年、年会費を4900円から5900円に値上げしたが、それでも欧米(アメリカは139ドル=約2万円、イギリスでは95ポンド=約1万8000円)と比べるとかなり安い。そこには、日本では、楽天をはじめとするオンラインショッピングモールの競争環境が激しいことが挙げられる。  2の「顧客に与える価値」について補足しておこう。DAZNはJリーグのタニマチ、すなわち支援者としての役割を果たしてきた。DAZNに加入することは、間接的にJリーグ、あるいはクラブを応援しているとも言える。  加入者の中には、最近トレンドの「推し消費」「応援消費」のような意識で契約をしている人もいるだろう。こういう人たちは、価格をさほど重視しないし、離脱しにくい傾向が見られる。 DAZNが離脱防止に設定した「受け皿」  DAZNの周到なところは、値上げをする一方で、お得なプランも設定して、離脱防止の受け皿としている点だ。  注目したいのは、年間プランである。月額プランは500円と高い値上げ率になっているが、年間プラン(一括払い)では月額で170円弱の値上げに過ぎない。Jリーグを視聴しているようなコアなユーザーは年間プランで契約している可能性が高く、値上げによる離反は限定的であろう。月額プランを契約しているライトユーザーを、年間プランへと移行させて囲い込んでいこうという戦略もうかがえる。  また、プロ野球専用の「DAZN Baseball」という安価なプランが提供される予定である。 「DAZN Standard」とDMMが提供する「DMMプレミアム」がセットで提供される「DMM×DAZNホーダイ」が、DAZN単体で契約するよりも安いことで注目を集めている。  多様な料金プランの設定は、値上げをしつつも、顧客の離脱を防止すると同時に、新規顧客も誘引しようという計算された価格体系のように見える。 映像サブスクは適正価格がわかりづらい  値上げをした企業は、SNSで叩かれがちな傾向がある。批判を避けるために、ステルス値上げをしたところで、消費者はそれを見抜いて余計に叩かれてしまったりする。  そうした状況下で、DAZNは強気の値上げができる(あるいはしなければならない)のだろうか? DAZNの運営会社のDAZN Japan Investmentも、英国本社のDAZN Groupも非上場企業で、あまり情報開示がなされていないため、企業側の事情は良くわからない。  外から見る限りでは、これまで述べてきたことと裏表の関係があるように見える。  そもそも、生活必需品や有形の商品の値上げの方が批判を集めやすい傾向がある。一方、無形のサブスクリプションサービスは適正価格がわかりづらく、投資回収時期に入ったら値上げをすることは一般的に行われている。実際、Netflixの値上げの際にも、「これまでが安すぎた」「サービス内容を考えると、(値上げは)適正」といった声が聞かれた。 スポーツファンはロイヤルティーが高い  サブスクリプションサービスから離脱する際は、契約者はいずれかの選択を取る。 ① 他のサービス乗り換える ② 解約する(乗り換えなし)  ①においてはスイッチングコスト(サービスの乗り換えの際に利用者が負担するコスト)、②においてはチャーンレート(解約率)が重要な指標となる。  代替サービスが存在しないDAZNにおいては、スイッチングコストはさほど重視する必要はない。一方のチャーンレートに関しては、スポーツファンのロイヤルティーの高さ、特にJリーグをはじめとする契約者の「推し消費」「応援消費」的な消費行動を考えると、他のサブスクリプションサービスと比べても、低く抑えられると想定できる。  消費者心理の他に、値上げをせざるを得ない企業側の事情もあるだろう。  DAZNの財務諸表は公開されていない。「大赤字である」とする報道も見られるが、その理由としてJリーグの視聴者数が低迷していることが挙げられている。スポーツコンテンツに特化しているだけに、他の動画配信サービスと比べても、利用者の裾野を広げるのは難しい。短期的には既存ユーザーから先に売り上げを増やしていくことは、合理的な選択といえる。  すべての商品やサービスで強気の値上げができるわけではないが、多くの企業が値上げをせざるを得ない状況に置かれていることを考えると、DAZNのような大幅な値上げを可能にしている企業を研究する価値はあるだろう。 (西山守:マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)
〈新学期に読みたい〉小学4年で英検準1級に合格した「ギフテッド」少年の生きづらさ 「正直、学校は好きじゃない」と適応に苦しみ
〈新学期に読みたい〉小学4年で英検準1級に合格した「ギフテッド」少年の生きづらさ 「正直、学校は好きじゃない」と適応に苦しみ 小林都央(とお)さん 新学期を前に、昨年話題になった「ギフテッド」の記事を再配信する。ギフテッドという言葉を聞いたことがあるだろうか。「飛び級で進学」「教科書は一度読めばほとんど理解」など、天才少年少女というイメージをもつ人も多いだろう。しかし本人は、「授業が全く面白くない」「同級生と話が合わない」「学校に行くのが辛い」といった負の側面を感じていることも少なくない。表からは見えづらい「心のうち」はいかなるものなのか。今回は、IQ154、小学4年生で英検準1級に合格したという小林都央さん(11)のケースを紹介する。<阿部朋美・伊藤和行著『ギフテッドの光と影 知能が高すぎて生きづらい人たち』(朝日新聞出版)より一部を抜粋・再編集>(この記事は「AERA dot.」2023年5月24日に配信したものの再配信です。年齢は2023年3月時点、その他肩書などは配信時のまま) *  *  * ■小2で高IQ集団「MENSA」に認定  パソコンの画面に映る少年は、大きく口を開けて笑顔を見せてくれるとてもあどけない小学生だった。東京都に住む小林都央さん(11)とオンラインツールの「Zoom」で初めて会ったのは2021年12月のことだった。ヘアドネーション(髪の毛の寄付)のために伸ばした長い髪を束ね、くるくると変わる表情で語ってくれたのは、学校に通うことのつらさだった。 「学校に行かないといけない必要性や義務は理解しています。でもぼくにとって学校は、ありのままでいられない場所で、本音を言うと好きじゃない」  都央さんのIQ(知能指数)は154。平均とされる100を大きく上回る。特別な才能を持つとされる「ギフテッド」だ。  小学4年で英検準1級(大学中級程度)、小学5年で漢字検定2級(高校卒業程度)に合格し、英語と日本語を操るバイリンガル。人口の上位2%のIQを持つ人たちが参加する「JAPAN MENSA」に小学2年生で認定された。複数のプログラミング大会で、特別賞などを受賞。住んでいる地元の教育委員会からは、映像コンテストやギフテッド向けのプログラムで優秀な成績を収めたとして、2年連続で表彰を受けた。世界屈指の医学部を有し、最難関大のひとつであるアメリカのジョンズ・ホプキンス大学のギフテッド向けプログラムでは最優秀の成績を収めた。  都央さんの経歴には、こうした数々のきらびやかなものが並ぶ。一方で、幼いころから集団での生活にストレスを感じ、適応に苦しんできた。現在は週に2日ほど学校に行く「選択的登校」をとっている。  都央さんとの出会いのきっかけとなったのは、コロナ禍の一斉休校を機に不登校になった子どもたちを紹介した連載だった。連載が朝日新聞に掲載された21年11月、一通のメールが届いた。 都央さんは3歳の時には機械式時計の仕組みを本で読んでいた(写真=家族提供) 「『不登校は問題』『学校には行かなくてはならない』という考えに疑問を持ちます。 僕は、勉強は好きです。友達と遊ぶのも好きです。でも、ずっと学校に行くのは好きではありません。今日は、午前中は勉強をして、午後から美術館に行く予定です。こんなスケジュールを考えるとワクワクしてきます」  大人びた文面に書かれた自己紹介には、小学4年生と書いてあった。学校に行かないといけない現状を憂う文章と書かれた学年が一致しなかった。  メールの差出人が都央さんだった。ちょうどメールをもらう前からギフテッドに関する取材を始めていた折。もしかして、都央さんはギフテッドではないだろうか。母親の純子さんとすぐに連絡を取り、やりとりをするうちに、都央さんが生まれつき飛び抜けた才能を持っていることが判明した。  Zoom取材での第一印象は、多彩な語彙(ごい)を操り、目を輝かせながらはきはきと答えてくれる小学生だった。だが学校生活に話題が及ぶと、次第に表情は硬くなっていった。都央さんの口から紡ぎ出される言葉は、学校という場がいかにつらいのかを物語っていた。 ■「行っても何も学ばない」  取材の前に都央さんがまとめてくれた「なぜ学校に行きたくないか」というチャート図がある。 「時間の無駄→行っても何も学ばない→つらいだけ」 「知っている→楽しくない→つまらない→つらいだけ」  だから、やりたいことを家でやりたい、そのほうが有意義と書かれている。都央さんにとって学校は「ありのままでいられない場所」となった。毎日登校することが負担になり、泣いて帰宅する日もあった。  どんな時に学校がつらいと思うのか。  授業で、海の生き物を描いて色を塗りましょうと先生が言った時、都央さんは、白いチンアナゴを描いて提出した。すると、先生からは「色を塗っていない」と言われてしまった。「白という色ですよ」と言ってもなかなか理解してもらえず、そこで諦めた。「自由に描いていいよ、と言われても理不尽な枠を決められているようだった」と感じた。  算数の時間に、指定された解き方以外のやり方を見つけても、言われた解き方の通りにしないといけない。  黒板は先生が書いた通りに書き写さないといけない。 「それが当たり前なんだから」。「言われたこと以外はしてはいけない」。そんなことを言われ、自分のアイデアを諦めることもある。がやがやと様々な音がする教室にいるだけで疲れてしまう。好奇心を抱くものを学びたいと思っても、それが叶わない。  ヘアドネーションのために髪を伸ばしていると、「なんで女子が入ってくるんだよ」と言われた。左右違う色の靴下をはいていくと「おかしい」と揶揄(やゆ)される。都央さんは「じゃあなんで左右同じ色をはいているのか、逆に聞き返したりします。たいてい答えられないです」と振り返る。 ■学校に行くことが解決法ではない  登校する時も、下校した時もつらそうな表情をしていた。「普通」の枠に押し込められ、そこから外れると指摘される。そんな学校生活を過ごす都央さんを見て、純子さんは「『自分らしさ』や『自分が好きなこと』を見つける機会が少なくなってしまうのは悲しいこと」と感じるようになった。  そうして、毎日登校するのではなく、疲れた時には「リフレッシュ休み」をとる。週に何日か学校に行く「選択的登校」という方法をとった。純子さんは悩みながら都央さんの思いを尊重したという。 「学校に行くのが当たり前で、なんとかして学校へ行かせようという風潮がある中で、息子にとって学校があんまり勉強できる場所じゃないようで。息子はすごく勉強したいのに、教室はザワザワしていたり、自分の学びたいことができなかったり。息子を見ていると、学校に行くことが解決法ではないと気づきました。自分の思い込みや世間体を気にして学校になんとしても行かせようと思わないようにしました」  二人でどうしたらいいのかと対話を重ねながら、選択的登校というスタイルにたどり着いたという。 (年齢は2023年3月時点のものです) 【後編】小学1年で息子が「IQ154」と発覚したときに母親は何を思ったのか 「ギフテッド」の子ども持つ親の“本音”に続く

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