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トイレの「大」と「小」には大便と小便だけではない超重要な意味があった…多くの人が知らない"流し方の盲点"
トイレの「大」と「小」には大便と小便だけではない超重要な意味があった…多くの人が知らない"流し方の盲点" 3種の流すボタンがあるリモコン。「eco小」とは?(筆者撮影)    節水のために大便の際に「小」で流してもいいのか。トイレ研究家の白倉正子さんは「着眼点は悪くないのですが、忘れてはいけないのは、排泄物やトイレットペーパーがきちんと公共下水道や浄化槽まで到達するか、という点。それには『大』『小』の違いをより解像度高く理解しておくといい」という――。 トイレの流し方の不思議  みなさんはトイレの水を流す時に、節水を意識していますか?  最近のトイレの流し方は、多様化しています。例えば、レバーを押すタイプ・レバーでひねるタイプ・ボタンを押すタイプ・センサーに手をかざすタイプなど……。いろんなタイプがあり、「流し方が分からなかった」「流す部分が見つけにくくて戸惑った」なんて経験があるのではないでしょうか。  その上、流す部分をよく見てみると「大」や「小」と選べるようになっており、「eco小(エコしょう)」なんて表示があるケースがあります。これは一体どんな違いがあるのでしょうか? どうやって使い分けたら良いのでしょうか? 「大」と「小」の違いとは  例えば「大」と書いてあれば、大便(ウンチ)を流す時に使用すれば良いと思うでしょう。同様に「小」と書いてある場合は「小便(おしっこ)」を流す場合に使用すればいいと想像できます。これは正しい判断です。しかしせっかくなので、「どんな違いがあるのか」を理解すると、さらに良い使い分けができるかもしれません。  まず、洗浄水の条件の基準を定めているJIS(※)の掲載文を要約すると、「大洗浄」の条件は、「JIS P 4501に規定するトイレットペーパー(1枚重ね)を、長さ約760mmに切り、直径が約50mm?75mmの球状に緩く丸めたもの7個を、トラップを満水にした後、一度に便器内に投入し、直ちに大洗浄を行い、完全に便器外へ排出されること」と書いてあります。「小洗浄」の場合には、同様に球状の物が3つ流れるか? が基準となっています。  つまり大の洗浄の場合は、76cm×7個=532cmのトイレットペーパーが無事に流れれば良く、小の洗浄の場合には76cm×3個=228cmのトイレットペーパーが流れるのが、正常だといえます。なお、トイレットペーパー以外に、疑似汚物と呼ばれる特殊な素材で作った「ウンチの代用物」を流して性能を試すなど、メーカーごとに検査方法や基準は異なることがあります。  なお、先ほど紹介した「JIS P 4501に規定するトイレットペーパー」は、水で崩れやすいのですが、最近は温水洗浄便座用の厚手のふんわりしたトイレットペーパーが流通しています。これらは溶けるのに時間がかかるので、洗浄水を多めにしたほうが良いでしょう。 (※)参考文献:JIS A 5207:2019 衛生器具―便器・洗面器類 P.9の「8.2.1.2 排出性能試験」でのb)-3)及びd)-3)では小洗浄について述べられています。要約すると、ペーパーを丸めたものを3つが排出されることが小洗浄の基準になっています。 生理のときは要注意  しかし排泄行為は生理現象ですので、様々な状況が起こります。例えば、女性の場合、小中学生~50代ごろまで、生理(月経とも呼ぶ)が毎月のようにあります。その時に、陰部をきれいに保つために、数日間は大量の水やトイレットペーパーを使用してしまうことがあるでしょう。  こういう時は、「トイレットペーパーの長さが、228cm以上になる可能性が高まる」ので、「大洗浄」がふさわしいと言えます。無理して「小」を選んで流した場合、便器が詰まってしまい、次に洗浄をした際に汚れた水が溢れてトイレ室内を汚すことになりますし、詰まり除去業者に作業してもらわなくてはならず、他の人にも迷惑をかけてしまうからです。 間違いやすい流し方と水のトラブル  ではどうして、大量のトイレットペーパーを、「小」で洗浄した場合、詰まりやすくなるのでしょうか? それは汚物やトイレットペーパーが、便器から流される途中(専門用語では「トラップ」や「排水管」「せき」と呼びます)、または公共下水道につながっている敷地内の排水管の途中で、汚物が堆積し、流れにくい状態になってしまうからです。水溶性ではない紙(例:ポケットティッシュや箱型ティッシュ)を使ってしまった場合も、同様のトラブルが起こりえます。  トイレの流れが悪い場合には、時間をかけて数回洗浄すれば流れる場合もありますが、トイレから早く出たいがために無理やり何度も流してしまうと、汚水が便器から漏れてしまう大惨事に陥ります。  詰まりを除去する方法は、ラバーカップ(ゴム製のおわん型の詰まり除去道具)を使ったり、詰まり除去の専門業者に来ていただくのが一般的です。ですが、そうなる前に「トイレットペーパーを投入し過ぎちゃったかな?」と思ったら、ケチケチせずに「大」を選んで洗浄すれば、大きな問題にはならずに済むでしょう。 「eco小」とは何か  なお、「eco小」とは、「男性のおしっこのみを流すケース」(紙を使わない)を想定して洗浄水を少なくしています。日本のトイレは、大切な水やエネルギーを、効果的かつ効率的に使用できるよう節約機能が豊富なので、とても高性能なのですが、こうした根拠や技術があることを知ると、さらに効率的に使えるでしょう。  ただしeco小は国内最大メーカーであるTOTOだけの限定的な機能です。他のメーカー製品にはありません。最近は洗浄技術が向上したために、eco小と小の差が無くなりつつあります。そこで新製品には「eco小」のボタンがないケースがあります。 節約のために大便を小で流すのはダメなのか?  地球環境を考え、「大の時でも小洗浄で流せば、水の節約になって良いのでは?」と思うことがあるでしょう。着眼点は悪くないのですが、忘れてはいけないのは、排泄物やトイレットペーパーが、便器の内部から排出し切って、建物の中や敷地内の排水管を通り抜け、公共下水道や浄化槽まで確実に到達するか? という点です。トイレの使用者は、つい「自分の目の前の便器から、汚物が消えればOK」と思いがちですが、それだけでは「終わった」といえません。  具体的に説明すると、汚物(=ウンチやトイレットペーパー)は、便器の内部のトラップ部分(古い便器なら、横から見ると分かるでしょうが、上り坂になっている部分やカーブしている部分)を通過したあと、排水管(床や壁に埋まって見えないケースが多い)に到達し、建物の中や敷地内を通過して、道路の下部に埋められている公共下水道に到達しなければなりません。公共下水道が完備されていない地域では、庭や駐車場に埋まっている「浄化槽」まで到達しなければなりません。  高層の建物ならば、高さがあるために公共下水道までの排水経路は長くなりますし、広い敷地の場合には、排水管がくねくねと建物の形にそって設置されているため、これもまた排水管が長距離化します。その中を汚物が流れるわけですから、それを手助けする洗浄水が少ないと、勢いが少なくなってしまい、汚物が途中で止まってしまうのです。  それが次から次へと連続した場合、「汚物の行列」ができてしまいます。そうなると洗浄水を流しても、水だけが通り過ぎてしまい、本格的に詰まってしまいます。もしも汚物が壁のように立ちはだかると、逆流することもありえます。  そうなると大がかりな対処が必要となるため、せっかく節水や節約をしても、逆に水を大量に流して回復させなくてはならず、余計な出費が増えてしまいます。これでは本末転倒です。詰まる物は汚物以外に、生理用ナプキンやペンなどもよくあります。便器内に汚物以外が落ちたら、早く便器の外に出しましょう。 どうしても節水したいなら…  よって、どうしても節水をしたいのなら、節水型の便器に交換をすると良いでしょう。  それから、下水道から見て、トイレの位置より奥(上流側)にお風呂や台所があり、そこから流れ出てくる生活雑排水と一緒にトイレの汚物が流されるなら、一緒に到達するかもしれません。またマンションなどの集合住宅では、他の家庭と排水管を共用する場合もあるので、他の家庭の雑排水と一緒に流されるかもしれません。いずれにしても壁や床で見えない部分の話なので、正しく見抜けない場合が多いでしょうから、強引な判断はしないほうが良いと思われます。  なお、ロータンク(便器のそばにある、水が入っている陶器)の中に、水を入れたペットボトルを入れて節水効果を期待する人がいますが、洗浄水量をむやみに減らしてしまうだけでなく、ロータンクの中の部材にぶつかって部材を壊してしまったり、部材にひっかかり、水漏れを起こすことがあるため、お勧めできません。便器のメーカーでも禁止していますので、やめましょう。  なお蛇足ですが、公共トイレの小便器も、むやみに節水をすると、尿の汚れの塊(尿石やソフトスケールと言います)が発生してしまい、詰まりや悪臭の原因になり、大がかりな対策を数年後にしなくてはならないケースが想像されます。よってこれも安易に判断しないほうが良いでしょう。 自動洗浄は、「大・小」をどう判断しているのか  最近は、用を足した後に自動で流れる「自動洗浄機能」が付いているトイレがあります。この場合は、着座している時間の長さで大か小かを判断しています。例えば30秒以上の着座をすると「大」として洗浄され、30秒未満は「小」で流れるそうです。ということは、小便だけでも、ゆっくり座っていたら立ち上がると「大」で流れてしまうことになります。そんな時は、立つ前に自分で手元のリモコンの「小」を押せばOKです。なので、うまく使い分けを行ってください。  SDGs(持続可能な開発目標)が認知され、人々の心に地球環境を守ろうとする意識が高まっています。日常生活で頻繁に使うトイレでも、「何かできないか?」と思って行動につなげることは、素晴らしいことです。しかしその思いが、知識不足のために、新しい課題を生んでしまうケースも、残念ながらありえます。またそれぞれの環境によっても状況が異なります。トイレに関しては、取扱説明書を正しく読んで、疑問があればメーカーのお客様相談コーナーなどに相談をして、判断してください。 (白倉正子:トイレ研究家、取材協力=ニッポー設備 田中友統ほか)
子育て中の部下の“ギアチェンジ”に気づけるか 「オールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)」から脱却を
子育て中の部下の“ギアチェンジ”に気づけるか 「オールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)」から脱却を 多様化する部下を抱え、管理職に求められるスキルは増える一方。仕事の見直しを行い、部下のマネジメントに注力できるようにすることも必要だ(写真:写真映像部)    キャリア意識の多様化により、キャリアに対するスタンスを把握し一人ひとりの意向に沿ったコミュニケーションが必要とされる。特に注意したいのが子育て中の女性のキャリア意識の変化だ。AERA 2024年6月24日号より。 *  *  * バリキャリ・ゆるキャリに加え、働く女性のキャリア意識に新たな潮流となるフルキャリが加わり、上司にはそれぞれのスタンスに合ったきめ細かなコミュニケーションが求められる。  中でも難しいのが子育て中の女性のマネジメントだ。  東京都内の教育施設で働く女性(48)は、娘2人が3歳くらいまでは「子ども優先。でも仕事は辞めない」というスタンスだったと振り返る。出版社勤務の経験を生かし、時間単位で預けられる託児所を利用しながら、フリーライターの仕事とともに、現在の職場で「週1回、半日出勤」の条件で業務委託契約。子どもの成長に合わせて徐々に勤務日数を増やし、アーキビストの資格を取るなどライター以外のキャリアもアップ。子どもが小学校高学年になった時点で「キャリア優先」にシフトしたという。子どもが中学生に育った現在、フルタイム社員として働く女性はこう心情を明かす。 「もともと仕事が好きだったというのもありますが、子どもたちとは小さい時期にしっかり向き合った実感があるので、今は基本的に仕事優先の距離感で向き合っても大丈夫と思えるのも、仕事を続ける上でプラスに働いています」  子育ての負担の軽重で、仕事への向き合い方が変化していくのは当然だが、管理職にとっては子育て中の部下の「ギアチェンジ」に気づけるか否か、マネジメント力が問われる局面でもある。対応を間違えれば、離職につながるリスクもはらむ。  男性上司にありがちなのが、「子育てが大変だろうから」という理由で子育て中の女性を責任ある部署や業務から外してしまうケース。シンクタンク「SOMPOインスティチュート・プラス」の大島由佳主任研究員は「子育てをしながらも仕事で成長、貢献したいという意欲を持つ人は少なくありません。上司一人の考えで、部下への期待や機会付与をやめてしまわないよう注意が必要です」と唱える。 AERA 2024年6月24日号より   周囲の不公平感に注意  具体的には、部下の意向を引き出す対話、事情や意欲に合った業務アサインが求められるという。子育てといった特定の事情だけに配慮しているように映ると、本人がためらいを覚えるだけでなく、周囲が不公平感を抱く場合もあるので要注意だ。 先の女性は「働き方のギアチェンジがスムーズに進んだのは、上司の理解と信頼関係があってこそ」だと強調する。「週1回、半日出勤」の条件で働き始めた頃、同じ曜日に出勤すると決めた途端、その曜日に限って子どもが熱を出す、という事態に直面した。この際、子育て経験のある直属の上司は「大丈夫、大丈夫、そういう時期だから」と気まずくならないよう配慮してくれたという。日頃から職場で話しやすい雰囲気があり、女性も折に触れて「今の仕事が好きで、子どもが手を離れるようになればもっと働きたい」という意思を上司に伝えていた。このため、勤務時間や業務量が増えるタイミングも自分の意思に沿うものだったという。  とはいえ、子育てに関する話題は私生活の領域に入るため、上司の側から「聞く姿勢」を見せてもらえないと話しにくい。部下の側は「甘えと思われたらどうしよう」「評価が下がったらどうしよう」といろいろ考えてしまう。コミュニケーションがとりにくい上司だと、真意が伝わらず不満が増したり、そもそも話してもムダと思ったり、打ち明けた時に自分に不利益な解決の仕方を提示されるのではないかと疑心暗鬼になったりもする。だからこそ、上司に求めるのは「話しやすさ」と「信頼関係」だと女性は言う。 「子どもの成長に応じて働き方をギアチェンジしていく女性にうまく対応し、長く働ける環境を整えられれば、介護や病気でフルタイム勤務できない人にも応用できるはずです。やる気のある人のはしごを外すのではなく、どうすれば一緒に登れるか知恵を出し合えるよう、企業はチャンスだと思って取り組んでもらいたい」  上司は部下本人の子育ての状況や価値観を丁寧にフォローし続けなければならないが、それは企業がより多様な人材を得る機会の拡大にもつながる、というわけだ。  一方、40代の男性管理職からはこんな本音も聞かれる。 「女性の部下は男性に比べて多様で、仕事に対するスタンスやタイプに応じて一人ひとり丁寧な対応が必要と感じます。でも、女性は裏でのネットワークが速く、深いため、すぐに悪い噂が広がっていく気もします。自分が受けていないパワハラなども感情移入してしまいがちな面も否めません」  男性が勤める会社では以前、若手の女性社員が相次いで退職した時期があったという。 「その際、若手社員が飲食店などに集まって、会社や上司の欠点などを話し合う場があると聞きました。ここに参加していたとされる女性社員たちが、くしの歯が欠けるように辞めていったのを覚えています」  この問題、どう克服すればいいのだろう。 「OBN」から脱却を  大島さんは「オールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)」の企業文化からの脱却が必要と指摘する。終身雇用や年功序列が続く企業では、同じような成功体験を持つ男性が役職者の多数を占める場合が少なくない。その場合、「OBN」が明文化されていない約束事や仕事の進め方、暗黙の文化を形成していないか検証が必要という。女性や若手が上司の知らないところで情報や思いを共有し合っている場合、管理職層やOBNによって情報へのアクセスを阻まれ、そこで物事が決まっていると感じている可能性があるからだ。 「情報共有の範囲、意思決定や仕事の進め方に無意識のバイアスや排他性がないか、既存の慣習にとらわれずに振り返ることが重要です。それは、あらゆる人が自身の声に耳を傾けてもらえる、思いを上司に伝える意味があると感じられる職場運営、上司と部下の信頼関係の構築につながります」(大島さん)  OBNの見直し、一人一人に応じたコミュニケーションとマネジメント。「バリキャリ」「ゆるキャリ」に加えて「フルキャリ」も出現した今、管理職に求められるスキルは増える一方だ。 「管理職を支える仕組みも必要です。部署を超えて管理職同士で悩みや取り組みを共有し合う機会を定期的に設けるなどあります。また、求められることが増している管理職の役割の見直し、分担や権限移譲を行い、管理職がコミュニケーションやマネジメントに注力できるようにすることも考えられます」(大島さん)  時には息抜きしつつ、部下との信頼関係構築に向かいたい。(編集部・渡辺豪) ※AERA 2024年6月24日号より抜粋
小手先の話術は必要ない! フリーキャスター・木場弘子が伝授する真のコミュニケ―ジョン術
小手先の話術は必要ない! フリーキャスター・木場弘子が伝授する真のコミュニケ―ジョン術 『次につながる対話力「伝える」のプロがフリーランスで 30 年間やってきたこと』木場弘子 SDP  春から新生活が始まり、新しい職場や業務に配属された皆さんの中には、コミュニケーション能力の必要性を実感している人も多いのではないでしょうか。そんな方にぜひとも紹介したい書籍が『次につながる対話力「伝える」のプロがフリーランスで 30 年間やってきたこと』。TBS初の女性スポーツキャスターとして活躍後、大学教授や複数の企業での社外役員、さらには12の省庁で審議会の委員などを務める木場弘子さんが、これまでに培ってきた「伝わる」ためのコミュニケーション術を伝授する一冊です。 そもそも、コミュニケーション能力について「コミュ力は生まれ持った性格が大きい」や「内気な性格だからコミュ力には自信がない」など、ちょっとした誤解をしている人がいるかもしれません。しかし同書を読むと、コミュニケーション能力とは本人の意識ややり方次第でいかようにも高められるものだとわかります。 たとえば、木場さんが実践していることのひとつが、企業の方との対談などの場ではその企業のコーポレートカラーをファッションに取り入れるというもの。さらに、靴もヒールが高めのものと低めのものの2足を用意していくそうです。ツーショット写真で自分のほうが大きく堂々と写っていては申し訳ないため、現場で対談相手の身長を確認してどちらかを選ぶようにしているのだとか。こうした心遣いは相手に喜んでもらえるのはもちろん、互いの距離感を一気に縮める役目も果たします。身につけている服や小物ひとつでもコミュニケーションのツールにできるというよい例ではないでしょうか。 また、対話をするのであれば、少しでも相手の心に爪痕を残したいもの。それには「自分だけのオリジナルな視点を盛り込むことが大切」(同書より)だといいます。 あるとき「ウクライナの関係や円安などで物価急上昇」のニュースを聞いた木場さんは、近所のショッピングモールでランチセットのパスタがいきなり値上がりしているのを確認します。また、おにぎり屋さんからはシャケマヨが消えており、これはウクライナの影響でロシア産のサケが高騰したからだと教えてもらったそうです。ここから穀物相場と企業の防衛策を考えたり、地政学と経済の関係性を知ったりすれば、ビジネスシーンでの会話に盛り込むこともできるかもしれません。 コミュニケーションのためのちょっとしたヒントは、日々の生活の中にも隠されています。「自分で稼いだ情報を仕事先での会話に入れると、何かの受け売りではなく正に脚で稼いだ情報として、評価される」「皆さんの話す内容のリアリティや説得力も大きく変わってくる」(同書より)と木場さんは記します。 このように、同書には木場さんがフリーランスの現場で30年以上培ってきたノウハウが満載です。コミュニケーションに本当に必要なのは小手先の話術などではなく、「しっかり伝えたい、きちんと受け止めたいという姿勢」(同書より)を持つこと。そしてそれこそが、ただの意見や情報の押し付けで終わらない、対話の先にある人間関係を築くことにつながっていくのだと感じさせられます。同書はコミュニケーション能力を高めたいすべての人にとって、有益かつ実践的な一冊となることでしょう。[文・鷺ノ宮やよい]
“ざっくり家計簿”で暮らしにかかるお金を可視化 面倒な家計の支出をたった2つに仕分け
“ざっくり家計簿”で暮らしにかかるお金を可視化 面倒な家計の支出をたった2つに仕分け (写真:Getty Images)    物価高騰や老後の資金など、安定した収入があってもお金の不安は尽きない。ざっくりでも家計簿をつけることで収支を「見える化」すると、旅行や自分への投資など有効な使い方を見つけられる。AERA 2024年6月24日号より。 *  *  * 「60歳を超えて今の会社に残ると収入は半分になる」と話すのは、アパレル企業で働く、渋谷区在住の女性Dさん(51)。今年の大型連休、保育園で出会ったママ友たちと食事をした。前回全員で集まったのは、子どもの中学受験が終わった7年前。今は全員が、大学生の親だ。 チェロは買えない  彼女たちは、自身が経営者、親が資産家といった家計に余裕があるメンバー。Dさんの関心ごとである老後資金の情報は、ここでは全く飛び交わない。たとえば「物価高が続けば、老後資金は2千万円じゃなく、4千万円必要らしいね」と話しても反応は薄め。  盛り上がったテーマといえば、最近始めた絵画やヨガなどの趣味の話。チェロを習い始めた薬剤師のママもいた。お金の話で出たのは、家族で断行したハワイやヨーロッパ旅行が、高くついたという愚痴くらいだ。 「円安のこの時期に海外旅行をする人たちの金銭感覚。わが家はチェロなんて買えない。夫は入出金をチェックしている程度で将来、どれぐらい足りないかも分からない」  しかし家計簿は面倒すぎて、つける意味が見いだせない。さらに壁がもう一つ。同じ世帯でも夫と家計を合体させることだ。「どこで何を買ったかは、個人的なこと」。今回取材したほぼ全員が、家計の合体には後ろ向きだった。  そこで今回、元ファンドマネージャーで、女性のためのお金の講座を開催している安藤真由美さんのアイデアをもとに、家計簿を作ってみた。家計下手でも、1年間、自分の暮らしにかかる最低限のお金が、ざっくり分かる方法だ。  近著の『お金の知識があるだけであなたが見られるはずのとびきり輝く世界について』(日経BP)でも、「家計簿で自分の収入と支出を知ることからしか始まらない」と説く安藤さん。また「一般的に家計は同一世帯でオープンにしたほうが無駄は減り、確実にお金は貯まる」とする。「まずは自分の現状把握だけでも。お金の管理を誰かに任せるのは、人生の舵を自分で握れない状態。自分の資産や負債もこの機会に書き出して、確認してみてください」 AERA 2024年6月24日号より   ランコムも生活費  ママ友と集まった家計管理下手を自認するDさんに、5月の1カ月間、この家計簿をつけてもらった。夫と財布は別のままだが、これまで負担していなかった光熱費や通信費なども、支出として組み込んだ。  少しでもお金を使ったら、生きるのに必要な生活費か、なくてもいい娯楽費かに分ける。余裕があれば、費目もメモすると、後でより分析しやすい。Dさんは、買い物直後にスマホのカレンダーのメモ機能で記録。その後、設定金額から日々、引いていった。 「絶対に日焼けしない」と信じているランコムの日焼け止めは7480円。自分にとっては欠かせないため今のところ生活費にしている。  一方で、なんとなく購入したコンビニのお菓子やカフェ代は娯楽費に。1カ月の娯楽費は5万7125円になった。  定額の支出と今月の生活費の合計から「いまの持ち家に住み続ければ、1年で400万円ほどで暮らせる感覚をつかんだ」とDさん。また、家計簿をつけてみて「想定以上の支出がショック」と言う。今後も記録は続け、平均的な収支を確認・分析するつもりだ。 「会社の財務諸表も家計簿ができれば読める」と安藤さん。さらに次のステップとして「将来的な蓄えのために、資産から自分や家族が最低1年間暮らせる支出を引いて、残った貯蓄は、新NISAなどに回せます。また勉強や資格など自分への投資も忘れずに。自分の人生のためにお金の知識を身につけお金に働いてもらいましょう」と提案する。また、数えきれないほどの家計簿の中身を見てきた家計簿のプロである婦人之友社の徳永光子さんは、こう付け加える。 「大切なのは収入の多い少ないではなく、お金を有効に使うこと。工夫して生活を楽しんでください」 (ライター・三宮千賀子) ※AERA 2024年6月24日号より抜粋  
物価高の今こそ家計簿 収支「見える化」で老後の不安解消 過度な節約控え生活の質も落とさない
物価高の今こそ家計簿 収支「見える化」で老後の不安解消 過度な節約控え生活の質も落とさない 多くの出版社から出ている家計簿。「書いて記録することでより意識できる」と選ぶ人も(写真:写真映像部・山本二葉)    物価高騰の中、「うちの家計は大丈夫?」と、漠然とした不安を抱えている人は多いはず。そんなときは家計簿をつけて収支を「見える化」してみてはどうだろう。AERA 2024年6月24日号より。 *  *  * 「四つある銀行口座の一つから数十万円消えていても、絶対に気が付かない自信がある」  都内在住の女性Aさん(39)は節約よりも、ひたすら稼ぐことを意識してきた。子どもは産まないつもりで、キャリアアップのために転職。今が3社目だ。5年以上、一緒に暮らすパートナーも同じシステムエンジニア。年収は「2人合算で1500万円ほど」だったが、実際のところ、彼の今の収入はよく知らない。同棲を機に固定費、食費など、共通の支出担当は相談したものの、お互いの収支にはその後ノータッチだ。 「カードの明細は見ますが、残高不足だったことはない。保険も含めた資産もある」と、現状に不満はない。それでも「一生、健康か。老後の生活は大丈夫か」と思うと、お金が増えていっても、不安は消えない。  夫と同じ医療機器メーカー勤務の女性Bさんは「60歳の退職まで、ついに10年を切った」というこの時期、お金まわりをなんとかしたいと考えている。 家計は管理したいけど  長女が独立して、川崎市にある持ち家のマンションに夫と二人暮らしになったばかり。これまでは生活全般は夫、塾など子ども関係のお金は自分が支払うことで分担。家のローンの返済など、大きな出費は、話し合って決めてきた。教育費の負担はなくなったが、家計の軸の部分は、まだ夫まかせだ。 「育児が一番大変だった20年前、マンションの駐車場に突然、大型バイクが納車されたことがあって。マイカーを手放した後、夫が勝手に購入したんです」  このときBさんは欲しいものを買えるほどの蓄えが、家計全体であるかどうかさえ知らなかった。  昨年、同期入社の夫が子会社に出向。収入は夫を超えた。今こそ家計を管理したいが「子育てにかかっていたお金を、趣味や投資にと考えたり、電気代やガス代、物価も上がるから貯めなければと焦ったり。何かしなければと思いながら、手付かずです」と、Bさんは言う。 AERA 2024年6月24日号より   「まずは家計簿で、収支を把握してみてください。生活にいくらかかっているかが分かると、漠然とした不安が消えて、必要以上に行動が制限されなくなる。すると旅行や留学など目標ができて、希望が持てます」  そう話すのは、婦人之友社の徳永光子さん。同社は創業者・羽仁もと子氏の家計簿創案から、今年で120年を迎える老舗。徳永さんも数えきれないほどの家計簿の中身を見てきたスペシャリストだ。 「1年間記帳できたら、その収支を元に予算を立てる。予算内の出費なら、安心して払えます。過度な節約で生活の質を落とすのではなく、要るものを不安なく買えるはずです」 アプリで出費を記録  実際に家計簿アプリで、細かく記録している千葉県在住の男性Cさん(47)に、話を聞いた。 「前職も教育関係で、年収は600万円でした。当時の同僚が、将来のお金が不安で、夜眠れなくなると言っていた。僕はそこまでではなくても、子どもの教育費が心配で、365日、常にぜいたくは控えていた」  ところが数年前から、妻と一緒にアプリで出費の費目を細かく記録。以前はエクセルで収支のみつけていたが「総じて生活の中身が見えてなかった。今は調味料費を削って、いい食材を選ぶ。暮らしのお金が可視化されて、家計の不安はゼロに。余裕ができた」と効果を実感する。  今回の取材で家計簿に意欲的だったのは、一人暮らしになった学生や新社会人。そして定年後の暮らしを、リアルに感じるBさんのタイプだ。ただし50代は、家計簿挫折経験があり、再スタートを躊躇している人が多かった。 (ライター・三宮千賀子) ※AERA 2024年6月24日号より抜粋  
子どもの話を「聞き切る」ことで変わった!視点を変えれば不登校はダメでも不幸でもない
子どもの話を「聞き切る」ことで変わった!視点を変えれば不登校はダメでも不幸でもない 先の見えない真っ暗なトンネルの中にも、一筋の光が差し込む瞬間が必ずやってきます  3人の子どもの不登校を経験し、不登校の子どもやその親の支援、講演活動などを続ける村上好(よし)さんの連載「不登校の『出口』戦略」。今回のテーマは「不登校に対する視点の変え方」です。 *   *   *  前回の記事では、不登校の原因が「無気力・不安」だというのは本当なのか、ということについてお話ししました。今回は、「不登校に対する視点の変え方」についてお話ししていきたいと思います。  わが子が不登校になって喜ぶ親御さんはいないと思います。ほとんどの方がショックを受け、戸惑い、不安になって、自分や周りを責めてしまうのではないでしょうか?  まさに、私がそうでした。長男の「不登校」という現実を突きつけられて、失意のどん底にいました。「私の子育てのせいだ」「あの言葉がいけなかったのかも」「先生がもうちょっとフォローしてくれていたら」「クラスメートがもうちょっと気にかけてくれていたら」……。ネガティブな思いが頭の中をぐるぐるして、原因探しを始め、底なし沼のようなところにハマっていきました。そして、いつの間にか視野が狭まっていき、先の見えないトンネルに入ってしまったような感覚に陥っていました。  当時、話を聞いてもらった知人に言われたのが「よしさん、息子さんはまだまだトンネルの入り口だと思いますよ」という言葉でした。その時は「ふ〜ん、そうなんだ。でもまぁ、大丈夫だろう」と軽く考えていましたが、やる気なさそうに家でひたすらゲームしていたり、昼夜逆転して家族を避けたりする時期に突入して、その意味を理解することになりました。  この連載の1回目で書いたように、長男との「事件」が起こってから、私は不登校と向き合おうと決め、長男のことを受け入れられるようになりました。だんだんと目の前の事象から他のことに目を向けられるようになり、視野を広げることができるようになったのです。自分の子育てを振り返ってみようと思い、なぜ不安や焦りが常に頭の中にあったのか、なぜそれを子どもにぶつけていたのか……ということをじっくり考えました。 「子どものため」は、多くの親が思うことですよね。信頼して見守るより、世話を焼くほうがラクなのも事実です photo iStock.com/takasuu  自分自身でひもといてたどり着いたのは、「子どものために」と言いながら、実は自分のためにやっていたことが多かったということ。遅刻しないように毎日起こして、宿題を手伝って、忘れ物があれば学校まで届けに行って……。先回りして世話を焼いて、長男が周りに後れを取らないようにと必死でしたが、いま思えば、自分が世間からどう思われるかを気にしていただけで、「子どものため」というのは隠れみのだったんですよね。たぶん、自分の不安を解消するためにやっていたんです。  ほかにも、自分の思い描いた「いい大学→いい会社→安定した生活」というレールに乗ってほしくて無意識に長男を誘導しようとしていたことや、自己肯定感が低い息子に何とか自信を持ってもらいたくて、水泳、かけっこ、体操、野球といろんな習いごとをさせたけれど、そのことで逆に自信を失わせていたかもしれないということに、気がつきました。……というより、なんとなく分かってはいたものの認めたくなかったのが、崖っぷちまできたことで、自分でもいいかげん、認めないといけないと観念したのだと思います。  もちろん、「あぁ、なんてことをしてしまったのだろう」と後悔したし、落ち込みましたが、後悔しても時間を戻すことはできません。そのあたりから、本来の楽天的な自分を取り戻したように思います。目の前に壁が立ちはだかったとき、私はいつも喜々としてアイデアを出して乗り越えてきたんだ、と思い出しました。いまこそ、それを子育てに生かそう、と。「なんで」「どうして」という自責や他責の念からも、解放されいきました。  ちょうどその頃に出会ったのが、「ことばキャンプ」でした。当時、ママ向けのビジネススクールに通っていたのですが、ことばキャンプの講師の方がゲストでいらっしゃって、実際にことばキャンプのプログラムを受講したのです。言葉を使って人とコミュニケーションすることの楽しさを知り、大きな衝撃を受けました。脳は「快」で動きだすといつもおっしゃっている記憶術の吉野邦昭先生の言葉通り、私の頭の中の「快」が動きだしたのです。  これはすごいと思い、早速、家庭で実践しました。まず試したのは「聞く耳モード」と言われるもので、聞く態度を変えることでした。目を見ながら笑顔でうなずき、相づちを打ちながら最後まで聞き切る。じっくりと最後まで聞いてから、「そうなんだね、話れくれてありがとう」「気持ちを伝えてくれてうれしいよ」などと伝えていきます。「二者択一のワーク」も取り入れました。「今日の晩御飯、肉と魚のどっちが食べたい?」と聞いて子どもに選んでもらい、選んだ理由を聞いてみる。理由を教えてくれたら「へ~、そうなんだね。教えてくれてありがとう」と子どもの意見を尊重し、承認しました。結果、自己を理解する力、自分で決定する力、意思表示する力が育っていきました。  まだ小さかった下の子どもたちは、面白いくらい表現力や語彙(ごい)力がぐんぐんと身についていきました。長男も、ちょっとずつですが確実に変わっていきました。それまで部屋にこもりっきりだったのが、だんだんと部屋から出てくるようになり、親子の会話が増えていきました。子どもたちの中で、「コミュニケーションをすることの楽しさ」を脳が「快」と受け止めて、変わっていったのだと思います。 「何をどう言えば子どもたちが変わるのか」といろんな本を読みあさっていたのですが、子どもたちの話をしっかりと最後まで聞くだけで、こんなにも変化があるのだということにとても驚きました。以前は、子どもたちが話しているのを遮って、私の意見や否定、ダメ出しをしていたのですが、この「聞く耳モード」を実践するだけで子どもたちはたくさん話してくれるようになったのです。子どもを変えようと思っていたけれど、変わるべきは大人である自分でした。  ちょっとしたことでも、意識してやってみることで子どもに変化があることに気がつき、だんだんと子どもたちに可能性を感じるようになり、自分の子育て感がどんどん変化していきました。不登校ということ自体も子どもと一緒に何かを変えるチャンスなんだと思えるようになり、視点が変わってきました。 「ことばキャンプ」の力を体感した私は、このプログラムを提供するNPO法人の講師になり、いまは代表を務めています  学校に行くことのメリット、デメリットを一緒に考えたり、どうせ家にいるのなら、いろいろな大人に会いに行って、その人の話を聞いてみようと思い、さまざまな仕事をしている人に会いに行ったり。視点を変え、発想も切り替えたら、「不登校も悪くない」とさえ思えるようになったのです。私は外国人の訪日ガイドもしていたので息子も一緒に連れていき、引きこもって外に出ないときは家に人を呼んで打ち合わせをしたり、とにかく発想を転換してやってみると、次々にアイデアが浮かんできました。私の気持ちが楽になり、不登校に対する引け目や罪悪感がなくなっていきました。  好きだった料理にもまた力を入れるようになって没頭したり、掃除をすると気分がスッキリするので断捨離をしてみたり。「不登校児の親」という概念をきれいさっぱり取り去って心機一転前を向いて進むようになりました。何かが吹っ切れたかのように変わっていく私を見て、子どもたちも気持ちがほぐれていき、主人も長男に対してどう接したらいいかわからないという状態から少しずつ自分も変わらないといけないのかもしれないと思ってくれるようになりました。  家族という集合体で生活している以上、そのメンバーの誰かの影響を他の家族が受けることはよくあることだと思います。長男の不登校という現象を私自身が重く受け止めていた時には、なんだかそれが家族に波及してどんよりとなっていました。でも、崖っぷちまで行き、本当に子育てに必要なものはなんだろうということを世間体や自分の願望抜きに考えたとき、子どもは自分の持ち物でも、自分の評価を高めてくれる判断材料でもないということに気がついたし、自分で背負っていたプライドのような大きな肩の荷物を下ろせたような気がしました。  私の場合はことばキャンプに出会ったことが大きなきっかけになりましたが、この「視点を変えてみる」ということに早めに気がつくと、不登校はダメだ、不幸だという思いにも陥らなくて済むのではないかと思います。もし、あなたのお子さんが不登校の状態にあるなら、自分の子育てを少し振り返ってみて、子育ての棚卸しをしてみることをお勧めします。「良い」「悪い」の判断をするのではなく、変えていく必要があると思ったことを変えていけばいいのです。 「子どもの話を途中で遮って、全然最後まで聞いてなかったなぁ」「いつもダメ出しばかりしていたなぁ」「習い事させすぎたかなぁ」などなど、振り返るのはとても大事なことです。そして、まずは改善してみること。そういう機会を得られたのは不登校になったからこそだな、と思うと、不登校も悪くないと思えるのではないでしょうか? 完璧な子育てなんてどこにも存在しませんし、いつからでもやり直しが効きます。明日は必ず来る!だから前に進んでいきましょう。  次回7月2日配信。不登校が実は選択肢を広げるということについて、お話しします。
2030年代に社会の中心となる「α世代」とは? その特性や消費観にスポットを当てた一冊
2030年代に社会の中心となる「α世代」とは? その特性や消費観にスポットを当てた一冊 『新消費をつくるα世代 答えありきで考える「メタ認知力」』小々馬 敦 日経BP  現在のトレンドの担い手であり、今後のマーケットのメインとなる層は、1997年~2009年に生まれた「Z世代」だと考える人は多いかと思います。けれど、今後はその下に育つ「α世代」まで見据えたマーケティングが必要となっていきます。α世代とは2010年~2024年生まれの世代のこと。2024年時点では14歳(中学2年生)以下の若年層であるため、社会的に大きな影響力はないように感じますが、今から10年後の2034年となると、かなり異なる景色が見えてきそうです。今回ご紹介する『新消費をつくるα世代 答えありきで考える「メタ認知力」』は、そんなα世代が社会の中心に躍り出る2030年代の消費と社会像の在り方を考察する一冊です。 皆さんの中には、Z世代の若者たちを見て「自分たちとはまるで感覚が違う!」と感じる人もいるかもしれません。けれど、Z世代とα世代では価値観や行動にさらなる変化が見られるといいます。たとえば、どちらもデジタルネイティブであることに変わりはありませんが、「Z世代は自分が納得できるまでSNSで情報を調べるのに対して、α世代は、何が正解なのかをすぐに知りたいと考え、情報を調べることに手間と時間をかけたがりません」(同書より)とのこと。α世代は幼いころからデジタルデバイスやAIが生活に浸透しているため、信頼できるソースが示すものを"正しい答え"として受け取れば事が済むと考えるそうです。 この場合の"正しい答え"とはいたってシンプルで、「人びとの価値観が多様であることを前提とするのであれば、みんなにとってより良いこと社会的に正しいことが『正解』という考え方」(同書より)。そして、あれこれ意見をぶつけ合うよりも直ちにみんなで答えを共有し、その答えを実現させるための活動のほうに時間をかけることを重視するそうです。 ここで大切になってくるのが、物事をさまざまな面から捉えて解決するという「メタ認知」の力。すでに小中学校ではα世代に対してメタ認知を養う教育が始まっており、彼らが社会の中心となる2030年代にはそうした層に向けたマーケティングが求められることが考えられます。同書ではそのヒントとして、Z世代・α世代の購買行動プロセスを表す「EIEEB」やゆるいつながりを意味する「界隈マーケティング」といった新たなワードを用いながら、今後予想される市場について解説しています。 なんだか未来予想図を語っているようにも聞こえますが、2030年代といえばたった10年後の話。今からそのために備えておいて遅いことはないかと思います。同書はα世代とともに新たな時代を作っていきたい企業やマーケターにとって、必読の書となるのではないでしょうか。[文・鷺ノ宮やよい]
社員の3割は「65歳以上」で81歳の現役も 高齢者を積極採用する“若手社長”の狙い
社員の3割は「65歳以上」で81歳の現役も 高齢者を積極採用する“若手社長”の狙い 「横引シャッター」の市川慎次郎社長(撮影/國府田英之)    東京・足立区の住宅街にあるシャッターを製造する会社を訪ねると、高齢の男性2人が真剣なまなざしで設計図と向き合っていた。入社わずか1年半の69歳と、もう一人は6年目の、なんと81歳。現役バリバリの正社員だ。「年齢? 仕事に関係ないよねえ」と2人があっけらかんと話せば、採用した社長も「欲しいと思った人材がたまたま高齢だっただけ」と笑う。どこまでも自然体だ。  足立区にある「横引シャッター」(市川慎次郎社長)。広く普及している上下式のシャッターではなく、左右に押して動かすシャッターを扱っている。一部の製品はKIOSKや地下鉄駅の売店などで採用されている。  社員31人の平均年齢は58・5歳で、65歳以上の社員が13人。その約半数は定年退職後に採用された。  横引シャッターには、高齢者だけではなく障害のある人や外国人も働いている。現代に必要とされる「多様性」を実現しているようにも映る。  どのような狙いで高齢者を積極的に採用するのか。同社では“若手”にあたる48歳の市川社長に尋ねると、こんな言葉が返ってきた。 「ぜひ一緒に働いてほしいと僕が一目ぼれした人が、たまたま高齢だったというだけですよ」 関根久雄さん(左)と金井伸治さん(撮影/國府田英之)   定年制は企業の勝手なルール  市川社長の考えはいたってシンプルだ。定年制はあくまで企業側の勝手なルールであり、横引シャッターが右にならう必要はどこにもないということ。 「まだまだ活躍できるのに、60歳になったというだけで会社員はおしまい。職場に残ったとしても、同じ仕事を続けたとしても、うんと給料を減らされる。これって企業側の下心みたいなもので、フェアじゃないですよね。年齢を理由にして雇用形態や給料を変える、などということはうちでは絶対にやりません。ただそれだけなんです」  前出の2人は76歳で入社し6年目の金井伸治さん(81)と、入社わずか1年半の“ルーキー”関根久雄さん(69)だ。同社のシャッターは一部をオーダーメードできる「セミオーダー」で受注しており、2人とも前職の経験を生かし設計を担当している。  同じ担当は3人。この日休んでいたひとりは74歳で、関根さんが最年少だ。  金井さんが就職を決意したのは、一つ年下の妻が大腸がんになったことがきっかけだ。年金だけでは治療費に不安があり、働くことを決意した。  とはいえ、そこに悲壮感はなかった。 「毎日、家で夫婦2人だと、妻も僕がうっとうしいと思うでしょう。いいタイミングだったんじゃないですか」と金井さんは笑う。 左から金井さん、市川社長、関根さん(撮影/國府田英之)   これまでの最年長は「94歳」  だが、ハローワークに通ったものの、年齢制限の壁にぶち当たった。やる気や能力、健康状態に関係なく、年齢の数字だけで門前払いである。  横引シャッターは以前から高齢者が働いており、これまでの最年長は94歳の平久(ひらひさ)守さん。2022年の2月に自宅で亡くなったが、その2日前まで出勤していた。78歳で採用され、ものづくりの経験を生かし仕事を続けた平久さんの奮闘ぶりは、メディアにも取り上げられた。 「妻がテレビで平久さんが登場している番組を見て、僕に教えてくれて、それで面接を受けたんです」(金井さん)  一方、関根さんは、首都圏の自治体で公共施設などの設計にたずさわってきた。定年間近のころ、住民から煙たがられるような施設の建設に携わったときには、反対する団体からマイクで猛烈な糾弾を受けたこともある。 「ものすごい圧でした」  それでも、仕事が好きで、定年後も働きたいと考えていた。金井さんと同様に、友人がテレビを見て横引シャッターを知り、面接を受けて採用された。  かつて務めた役場までは徒歩で通っていたが、今は電車で一時間半。社会人生活で初めて、行きも帰りもラッシュにもまれる日々だ。  最初は週3日の勤務だったが、自身の希望で現在は週5日、フルに働いている。  建物の設計に比べると、シャッターの設計はかける時間が格段に短い。セミオーダーのため、材質、大きさなど、同じものを設計することは二度とない。 「どこまでも突き詰められるのが設計の仕事で、ある意味で終わりがありません。納品する期限までの、どこで納得できるか。その点がこの仕事の肝だと感じています」(関根さん) 横引シャッターの外観(撮影/國府田英之)   高齢者は「ダイヤの原石」  今の時代は新入社員の離職率が高く、スキルを身につける前に会社を辞めてしまう若者が後を絶たない。その点、高齢者は企業がほしいスキルと経験値が高い人が多い。高齢者は「ダイヤの原石だらけ」というのが市川社長の実感だ。  市川社長は定年後の就職希望者について、 ▽一芸があって会社に利益をもたらす人か ▽既存の社員たちとの和を大切にできる人か  という2点を重視して、面接に来た高齢者の「人」を見るという。ただ、その結果として、面接希望者のほとんどが不採用になっている現実もある。  誰かに言われたから来た、という、前向きさや意欲に欠けている人。能力と経験値が余分なプライドや我の強さにつながってしまっている人は採用されない。 「新しい仕事に就くのですから、どんな仕事で貢献できるかをアピールしてほしいのですが、『実績があるから高く買ってくれるだろう』という姿勢の方も少なくありません。また、能力がいくら高くても、俺が、俺が、となってしまう方は職場にいい影響をもたらしません。持っているものは確かなのに、もったいないなと思うことが多々あります」(市川社長) 金井さん(手前)と関根さん(撮影/國府田英之)   「分からないことがまだまだある」  金井さんと関根さんは、市川社長が“一目ぼれ”して入社した。2人に共通するのは、仕事人として、自らを高め続けようという意欲だ。自然体でそれが備わっていて、だからこそ謙虚で、職場の人と調和できる。 金井さんが、 「技術者として分からないことがまだまだあります。それを解決しながら一歩一歩、新しい技術を積み上げていきたい。そこに刺激や、学ぶ喜びを感じるんです」  と言えば、関根さんも、 「まだまだ勉強する身です。技術を覚えながら、いつか自分の経験を+αして、新しいものが作れたらいいなって思っています」  と前を向く。  「年齢って、関係ないよねえ」。それが2人の本音だ。「仕事、面白いよね」と金井さんが口にすると、関根さんも「そうですよね。とても充実しています」と即答した。  「何歳まで仕事を続けたいですか?」  筆者はうっかり口にしてしまったが、この2人には聞くまでもない愚問だった。 (國府田英之)
クマと市街地で出合ったら? 専門家が「後ずさり」より推奨する「アーバンベア」からの防衛術
クマと市街地で出合ったら? 専門家が「後ずさり」より推奨する「アーバンベア」からの防衛術 クマは倒木の上や土が露出したところで眠りたがる=米田一彦さん提供  クマによる人身被害は、昨年度、過去最多の219人になった。今年度も全国各地で被害が相次いでいる。国や自治体がもっと適切に、クマに遭遇したらとるべき行動をマニュアル化していたら、「被害を軽減できた」と専門家は訴える。懸念するのは、攻撃的な「アーバンベア」の増加だ。   *   *   * クマはヒトの頭を狙う  昨年度、全国で最もクマによる人身被害が多かったのは、秋田県だ。死者こそ出なかったものの、70人が負傷した。  クマに襲われると、首から上を損傷することが非常に多い。「命に別条はない」と報道されても、顔貌が大きく変わるほどに重大なけがであることが少なくない。  昨年、クマに襲われて秋田大学医学部付属病院に搬送された重傷者20人中18人が顔を負傷していた。このうち失明は3人、顔面骨折は9人。秋田赤十字病院に2009年から昨年10月までに搬送されて入院したケースでは、31人のうち29人が頭や首を負傷していた。  NPO日本ツキノワグマ研究所の米田一彦所長は、クマの生息する府県で発生した事故を明治中期の1897年から2016年まで調査した(狩猟中の事故などを除く)。全1993件、2255人の被害者の損傷部位の割合は、頭部44%、手腕部25%、足部12%。昨年度に限っても、頭部44%、手腕部34%、足部7%と、過去の傾向と大きな違いはなく、クマは「主に人の頭を攻撃するとみてよい」という。 クマに襲われて顔面が破壊された男性のCT画像=秋田大学医学部付属病院提供 「死んだふり」の姿勢は有効  米田さんは10年ほど前から、こう訴え続けてきた。 「クマに遭遇した場合、立った状態で攻撃を受けるのが最も危険です。ただちにうつぶせになり、両腕で頭部を覆ってください。致命的なダメージを防ぐことが重要なのです」  この体勢は、いわゆる「死んだふり」とほぼ同じで、クマに襲われた際の最後の防御手段として、古くから山間部の住民が行ってきたものだという。3年前に改訂された環境省の「クマ類の出没対応マニュアル」にも、うつぶせになって頭部を守れ、と記述されるようになった。  だが、このマニュアルには「まだ改善の余地がある」と、米田さんは指摘する。特に問題視するのは、最近増加する人里での人身被害に対応できていないことだ。 見晴らしのよい場所から大きな危険なクマがいないか周囲をうかがう若いクマ=米田一彦さん提供   広島県の山間にある米田一彦さんの自宅にたびたびやってきたクマ。あらかじめ用意しておいたカメラで米田さんの妻が撮影=本人提供 「山中のクマ」と「アーバンベア」は別モノ  30年ほど前から中山間地の人口減少と高齢化が進み、耕作放棄地が増えた。それをすみかとするクマと住民との距離が近くなった。作物などを求め人里を訪れるクマはかつては「集落依存型のクマ」と呼ばれたが、近年増加している市街地に出没するクマは「アーバンベア」と呼ばれる。  環境省によると、昨年9~12月に全国で人身被害が発生した場所は、約3~6割が人家の周辺だった。特に秋田県では人の生活圏での人身被害が多かった。  米田さんは、自然の山の中に生息するクマと、市街地に現れたクマは「まったく別モノ」だと言う。そのため、遭遇した際の対応も異なる。 「本来、クマは森林の動物ですから、森の中にいるときは実に穏やかな顔をしているんですよ」と言い、目を細めた。  見せてくれた写真には、夏の小川のせせらぎのなかで仰向けになり、気持ちよさそうに昼寝をするクマの姿や、森の中に座ってのんびりと毛づくろいする様子が写っており、確かになんともほほえましい。  クマは本来、臆病な動物で、人間の存在を察知すると、そっと逃げていくという。  これまで米田さんは、そんなクマに数千回も出合ってきた。多くの場合は無視されるが、約2割のクマは「こちらに気がつかないで近寄ってきた」。そんなときは、「ほいっ」と、短く声をかけて気づかせると、反転して逃げたという。 林間のつたを渡っていて足を踏み外したクマ。落下を恐れて戻ろうと20分ほど苦闘した=米田一彦さん提供 「後ずさり」するより動かないこと  現行の環境省の対応マニュアルには、「クマと遭遇した際、背中を見せて逃げると襲われるので、ゆっくりと後ずさりして距離をとること」という内容がある。そして、それは基本的に正しいと米田さんは言う。 「走って逃げるのが一番ダメです。けれども、山の中で後ずさりすると、たいてい足をとられて転倒し、襲われてしまう。動かずに、静かに立ち尽くすほうがいい」(米田さん)  通常、人と出合ったクマが強く反応するのは、母子クマや採食中、繁殖期、至近距離で突発的に遭遇してしまったときなどだ。米田さんは、殺人的な攻撃を受けたことも9回ある。「捕獲の際、麻酔で失敗したとか、越冬穴に入ったら襲ってきたとか」。襲われた場合は、催涙スプレーの一種「クマ撃退スプレー」を使ってきた。 「これまで何回もクマスプレーに助けられました。メーカーによると、北米での使用例では98%の撃退実績があるそうです」(以下、同)   森の中で座って20分も毛づくろいをしていたクマ。その動きは黒い毛皮を着た人のようだ=米田一彦さん提供  スプレーがなければ、うつぶせになり、「死んだふり」で防御姿勢をとり、最悪の事態を避けるべきだという。 「昭和時代は、ナタなどを使ってクマと戦う人が少なくありませんでした。でも、最近は山に入ってクマに遭遇する人の多くは高齢者ですから、戦うのは現実的ではありません」  山菜やきのこ採りで入山する場合は2人以上で行動し、襲われた際はスマホで救助を求めることが重要だという。 「高速通信、高速搬送、高度医療の『3高』に頼れば、命が助かる可能性が高まります」  ただし、この方法が有用なのは山中のクマに限った話だ。 街でクマと出合ったら  昨今増えている「アーバンベア」の場合、行動パターンが全く異なる。アーバンベアは、隠れる場所を探しながら速足で移動し、公園や神社仏閣、屋敷森、河川敷など、木々のあるところを目指す。移動中に人と遭遇すると、排除しようと攻撃する。  山中のクマとは違い、アーバンベアは出合った人を襲う可能性が高い。そのため、複数の被害が出ることが珍しくない。  ところが、環境省のマニュアルには、アーバンベアへの対処方法が書かれていない。 「瞬時に車内や建物内に逃げ込めるのならいいですが、そうでない場合に後ずさりして逃げようとすると、クマに発見される可能性が高い。なので身近な物陰に隠れることです」  電信柱や木立のような、全身は隠れないものでも効果があるという。 身を隠すことが肝要 「クマは実は目が悪い。頭と胴、手足があること、つまり五体あることで、相手が人間だと認識します。じっとしていることが肝要で、手足をばたつかせては意味がありません」  襲ってきたら、地面に伏せ、頭を両手で守ることは、山中でクマに遭遇した場合と同じだ。  対策を優先順位をつけて説明すると、街中で速足で移動するクマを見つけたら、①屋内に逃げ込む②物陰に隠れる➂何も遮蔽物がなければ地面にうつぶせになって身を守る、となる。 石川県加賀市では2020年10月、駅前の商業施設のバックヤードに体長130センチのツキノワグマが侵入。捜索に12時間以上かかった   クマに襲われた新聞販売所従業員の男性は、右耳や右肩、脇腹に傷を負った=2021年9月 被害が多かった原因は?  市街地にクマが現れた場合、米田さんは人身被害を地図上で時系列に追っていく。すると、侵入経路や、向かっている場所の予測がつき、被害の発生を食い止めることにつながるという。足跡の追跡は、数時間単位のときがあれば、数日単位の場合もある。  2023年10月17日午前10時ごろ、秋田県大館市できのこ採りをしていた80歳の女性がクマに襲われ、頭と腕にけがをした。午後4時には2キロほど離れた会社の敷地内を歩いていた40代の男性従業員が、クマに襲われて背中を引っかかれた。 「このときは、クマの移動速度と方向から市街地のクリ林を目指して移動していると判断し、同日夕方、関係者に注意をうながしました」  近年、これまでは目撃例がなかった場所にもクマが出没するようになり、クマに慣れない自治体を慌てさせている。対応が後手にまわれば、人身被害が拡大する恐れがある。 「なぜ昨年度はクマによる人身被害がこれほど多かったのか。単に『クマの出没が増えたから』で終わらせるのではなく、検証が必要です」 (AERA dot.編集部・米倉昭仁)  
過度な日焼け対策のデメリット 女医が適度に日を浴びる生活習慣に変えたワケ 山本佳奈医師
過度な日焼け対策のデメリット 女医が適度に日を浴びる生活習慣に変えたワケ 山本佳奈医師 山本佳奈(やまもと・かな)/1989年生まれ。滋賀県出身。医師   日々の生活のなかでちょっと気になる出来事やニュースを女性医師が医療や健康の面から解説するコラム「ちょっとだけ医見手帖」。今回は「日焼け対策とビタミンD欠乏症の関連性」について、鉄医会ナビタスクリニック内科医・NPO法人医療ガバナンス研究所の内科医・山本佳奈医師が「医見」します。   *  *  *  「ビタミンDのサプリメント、あなたも飲んだ方がいいかもしれないよ」  日本にいる親友と、久しぶりにテレビ電話をした時のことです。近況を話し合っていたら、サプリメントの話になり、こんな思いがけないことを言われたのです。  亜鉛欠乏による症状が再発し、亜鉛のサプリメントを日々飲んでいる私にとって、これ以上サプリメントを飲むのは勘弁してほしいと思っていた矢先のことだったので、「なんで、飲んだほうがいいの?」と思った私は、彼女に詳しいことを聞くことにしました。   どうやら、数カ月前、ビタミンDを含むいろんな項目を血液検査することになったという彼女。予想外にも、ビタミンDの値が基準値を大幅に下回っていることが判明し、ビタミンDのサプリメントを飲み始めたというではありませんか。  ビタミンDとは、カルシウムの吸収促進、骨の成長促進、血中カルシウム濃度を調節する重要な役割のある栄養素であり、私たちが健康な骨を維持するためには欠かせない、脂溶性のビタミンです。しかし、ビタミンDが不足してしまうと、骨は細く脆くなり、結果として、骨折のリスクが高くなり、骨粗鬆症を引き起こしてしまいます。   しいたけ、鮭、卵などから  通常、ビタミンは私たちの体内では生成することができないため、食品などから摂取する必要があります。ビタミンDの場合、野菜や穀物、豆や芋類にはほとんど含まれておらず、魚類やきのこ類に多く含まれており、しいたけなどのきのこ類に含まれるビタミンD2(植物由来)と、鮭などの魚類や卵などに含まれるビタミンD3(動物由来)があります。 【こちらも話題】 「化粧をやめた」女医の告白 夜勤や長時間勤務でたどりついた最適のスキンケア 山本佳奈医師 https://dot.asahi.com/articles/-/223724   写真はイメージ(GettyImages)  しかしながら、ビタミンDは食事による摂取だけではなく、紫外線(UV-B)に当たることによって、体内で合成することができるという特性があります。(皮膚において7-デヒドロコレステロールが紫外線(UV-B)によってビタミンD3に転換された後、肝臓で25ヒドロキシビタミンD 〔25(OH)D3〕 が生成される。その後、腎臓で活性型ビタミンDである1α-25ジヒドロキシビタミンD〔1,25 (OH) 2D3〕 に代謝され、小腸でのカルシウム(Ca)の吸収を高め、骨からの溶出を促進することで、血中のカルシウム濃度を調整する。)  特に魚やきのこ類の好き嫌いもなく、偏食もないという彼女は、ビタミンD欠乏に陥っていた理由として、長年、夏も冬も一年中、日焼け止めクリームを塗っていた結果、体内でビタミンDの合成量が減ってしまっていた可能性があるのだといいます。だから、彼女と同じように一年中、徹底した日焼け止め対策をしている私も、ビタミンDが体内で不足している可能性があるというのです。   医学文献を検索してみると 「彼女の言う通りかもしれない……」そう思った私は、医学文献を検索してみることにしました。すると、日焼け止めの使用は皮膚がんの予防につながる一方で、ビタミン D 欠乏症のリスクを高める可能性があるという懸念(※1)が長年されており、公衆衛生における、主要な議論の一つ(※2)となっていることがわかりました。  しかしながら、毎日の日焼け止めの使用がビタミンD欠乏症につながるという証拠は、ほとんどない(※3)のが現状のようです。  例えば、カリフォルニア大学サンフランシスコ校のバイクレ氏は、「日焼け止めはビタミン D 生成に関する利点を制限することなく、太陽光への露出による皮膚へのダメージに対する予防に有効である。しかし、文化的または医学的な理由で太陽光への露出を避けている人々は、ビタミン D 欠乏症の検査を受け、サプリメントで適切に治療する必要がある。」と医学論文(※4)の中で述べています。 【こちらも話題】 不眠症の女医「寝坊できない」の不安 質の高い睡眠のために改善したこととは? https://dot.asahi.com/articles/-/218661  キングス・カレッジ・ロンドンのヤング氏らも、「UVB はビタミン Dの合成に不可欠ですが、日焼けや皮膚がんの主な原因である。紫外線による悪影響を軽減するために日焼け止めの使用が推奨されている一方で、ビタミン D の状態が悪化する可能性があり、理論的には、日焼けを抑制する日焼け止めは体内でのビタミン D 合成も抑制するはずだ。今までのところ、ビタミン D 合成に対する日焼け止めの阻害効果に関する研究では矛盾した結果が得られている理由の 1 つは、おそらく人々が通常、日焼け止めを最適ではない方法で使用していることが挙げられるだろう」と指摘した上で、「日焼け止めは、日焼けを防ぎながらビタミン D の合成を可能にするために使用できる。高 UVA-PF 日焼け止め剤は、低 UVA-PF 日焼け止め剤よりも、より多くの UVB 透過を可能にする結果、ビタミン D 合成を可能にする。」と医学論文(※5)の中で指摘しています。  医学論文を調べ、日焼け止めとビタミンDについての現状がわかった私は、「過度に日光を避け、日焼け止め対策を徹底する必要はないんだ。」と納得することができ、ゴミ捨てや犬の散歩など、ちょっとした時間の外出では、日焼け止めクリームは塗らず、ただ帽子を被り、直射日光を避けるだけにしました。そして、カーテンを開けて、貴重な光を部屋の中に入れることにしました。  過度に紫外線を恐れて日光を避ける生活をやめたこと、適度に日を浴びるようになったことで、なんだか気持ちが楽になったような気がします。ビタミンDやそれが欠乏していたことについて、共有してくれた彼女がいなかったら、私は過度な日焼け対策をこれからもずっと続けていたかもしれません。光を浴びることも大切なんだよと教えてくれた、彼女には感謝の気持ちでいっぱいです。 【参照URL】 ※1 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25207381/ ※2 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25207381/ ※3 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30945275/ ※4 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC9002342/ ※5 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6899952/  
保護司殺人に「あり得ない」と25年活動した女性 担い手不足の現実と「信じてあげる役割」の尊さ
保護司殺人に「あり得ない」と25年活動した女性 担い手不足の現実と「信じてあげる役割」の尊さ 少年院の息子に宛てて両親が送った手紙。保護司への期待が込められている  過ちを犯した人の更生に寄り添う保護司が殺害されるというショッキングな事件が起きた。自らが担当していた保護観察中の男性が逮捕されている。一般にはあまり馴染のない保護司の仕事。元犯罪者と相対で付き合うからには危険も伴うのでは、と思った人もいることだろう。保護司を約25年間務め、百人を超える元服役囚や少年と向き合ってきた女性から話を聞いた。事件に心を痛めつつ、「それでも保護司の仕事はかけがえのない私の人生そのもの」と語った。  関東地方在住の女性Aさん。数年前に保護司を75歳の定年で引退した。約25年間、会社を経営する傍ら保護司としても活動してきた。刑務所や少年院を出てきたばかりの人、執行猶予中の元被告人らの更生の手助けをしてきたという。  今回の事件で容疑者の男(35)は今年5月、飲食店を経営する大津市内の保護司の男性(60)の自宅で、この保護司を刃物で刺殺したとして逮捕された。容疑者は5年前、同市内のコンビニで強盗事件を起こし、懲役3年・保護観察付きの執行猶予5年の判決を受けた。  保護観察期間があと1か月で終わるところだった。Aさんもこうしたタイプの男性を数えきれないほど支援してきている。 「想像もできなかった事件。あり得ないこと。とても胸が痛く、なぜこんなことが起きてしまったのかとショックです」  保護司は、国が1950年に保護司法で定めた制度で、犯罪歴のある人たちの更生を目的とする。法務省によると、全国かに保護司は約4万7千人いる。身分は国家公務員で、1人で複数を担当する。ボランティアで、多くは保護司経験者からの推薦や、町内会長など地元からの依頼で就任しているが、担い手は不足しているという。刑務所の仮釈放者や少年院を出た非行少年などと月2回ほど面会し、生活や就労などについて助言や指導をする。面会でヒアリングした状況を月に一度、報告書として管轄の保護観察所にあげる。  Aさんは住んでいる地域の保護司会に頼まれて引き受けることになった。多いときには一度に11人を担当したという。   危険はないのか  トラブルも時々はあるようだ。  別のある保護司は、「少年と口論になり、殴られそうになったことがある」と打ち明ける。自宅で少年を面会中のことだった。少年は遵守事項を全く守らず、夜遊びばかり繰り返していた。生活態度を改めるよう指摘したところ、少年は納得せず、口答えをした挙句に保護司をじっと睨みつけ、今にも殴りかかりそうな雰囲気になったという。  総務省が2019年に公開したアンケート調査によると、一人で面接することに対する不安や負担について、なんらかの不安を感じていると答えた人は26.1%だった。一方、感じていないという回答は「あまり」「ほとんど」を合わせて71.1%にのぼった。  Aさんは「自分は怖いと思ったことはない」と話す。 「過去に色々あった人たちだけど、人として対等に向き合うように意識すると、不安はそこまで感じません」  Aさんに限らず、不安に思っていない保護司は多いようだ。対象者と面会する場所について、何かが起きた時にも安全な、公民館などの公共施設があるにもかかわらず、73.4%の保護司が自宅と答えていた。Aさんももっぱら自宅だった。   辛いのは再犯の報  大変なこともある。もっとも辛いのは少年たちの再犯だ。警察から夜中に呼び出されることもしばしばある。  暴走族に所属する保護観察中の少年が暴力事件を起こした。アルバイトに精を出し更生の兆しが見て取れてきた矢先だった。しかしこれまでに何度も暴力事件を起こしており、少年は少年院送致を覚悟していたという。審判の日。家庭裁判所に呼ばれていなかったが、Aさんは「どうしても陳述したいことがある」と駆け付けた。裁判所内には入れなかったが、調査官と電話で話すことができた。少年が保護観察中に地域のボランティア活動に積極参加していることなどを話し、少年院に入れる必要がないと訴えた。審判の結果、少年院送致とはならず、少年には再び保護観察に加え、1週間のボランティア活動の審判が下された。 「少年の場合は大人、成人の場合は世間に対して不信感を抱いている。彼らを信じて行動しなければ、どんどん孤立してしまう。彼らは崖っぷちにいるから。あと一歩でどん底に落ちてしまうから。どんな状況でも、彼らを信じてあげることが保護司の役割なの」   思わぬ電話が生きがい  定年まで長く続けてこられたのは、生きがいを感じてきたからだという。  服役囚や少年たちとの接点は出所後だけではない。少年院では保護者のほか保護司のみ、手紙での連絡が許されており、在院時から連絡を取り合うことがある。  保護観察期間が終わった後も近況をしらせてくる元受刑者は意外に多い。Aさんの場合、今も電話、メールでのやりとりがあるという。  また、保護観察は原則、保護観察者が住んでいる居住地の地区を担当している保護司が担当するため、道中で出会うこともしばしばある。 「元気そうな姿を近所のスーパーで見かけると嬉しい。ああ、ちゃんと頑張っているんだなって」  出所後、建設現場での下積みを経て事業を起こした人もいる。数十人ほどの従業員を抱える建設会社の社長だ。  その社長から思いがけぬ電話を受けたことがある。 「出所してきた人が就職に困ったら、うちで引き受けるよ」。  Aさんが保護司をやってきて、最もうれしい思いをした瞬間だったという。   非行少年「保護司、殴りたいこともあった」  お世話になる側は保護司のことをどう受け止めているのか。  17歳で事件を起こし、少年院に入り、仮退院後に保護司との支援を20歳になるまで受けたという30代の男性が取材に応じた。  男性は暴行や窃盗などで3回逮捕され、最終的に1〜2年の長期少年院への送致となった。この間、少年には3人の保護司がついた。 「何もしない保護司もいた。ただ淡々と話を聞くだけ。地元では”当たり”と言われて、ファミレスでご飯を奢ってくれるだけのおじいちゃんでした」と打ち明ける。うるさく説教される面倒くささがないことが「当たり」なのだという。  少年院からの出院後、少年の担当となった保護司はこれまでと違った。人として間違っている考えなどはとことん指摘されるものの、あれもこれもと全否定は決してせず、常に味方でいてくれたという。頼りにしていた一方で、不安定な気持ちのぶつけ先でもあった。 「当時の私は、親も含め全てが敵だと思っていました。親とはたびたびけんかになり、その態度を保護司さんに注意されていました。カッとなって保護司さんを殴ったろかなと思ったこともありますよ。少年院で暗記させられた出院後の遵守事項を思い出して踏みとどまりましたけど」  そして今はこう考えている。 「あのとき、本当に親身になってくれる保護司さんと出会えて、私は今を送れています。『これからは自分次第。自分を大切にね』と口酸っぱく言ってくれた。どんなことがあっても、塀の中にはもう二度と行かないように頑張ってみようと思う」
合計特殊出生率「1.20」の衝撃 人口減少で国が滅びる前に「移民受け入れ」を決断せよ 古賀茂明
合計特殊出生率「1.20」の衝撃 人口減少で国が滅びる前に「移民受け入れ」を決断せよ 古賀茂明   古賀茂明氏  6月5日、厚生労働省は、2023年の人口動態統計を発表した。その内容は、極めて深刻なものだ。  1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す合計特殊出生率は1.20で過去最低を記録した。これまでの最低は22年と05年の1.26だったので、かなり大幅な低下だと言って良い。外国人を除く出生数は前年比5.6%減の72万7277人で人口の自然減は84万8659人だった。前年よりも5万人多い。人口はただ減少しているというだけでなく、そのペースが加速しているのだ。  出生率の低下には様々な要因があるが、出産年齢の上昇もその一つだ。23年における第1子出生時の母の平均年齢は31.0歳となり初めて31歳台になった。上昇傾向が止まらない。  また、日本では婚外子が少ないので、婚姻数が減ると出生数に直接響く。23年の婚姻数は、前年比6.0%減の47万4717組。50万組を戦後初めて割り込んだが、これにより、2〜3年後の出生数を特に押し下げると予想されるため、少子化はさらに悪化する可能性が高い。  このままだと日本の人口はどこまで減るのだろうか。  国立社会保障・人口問題研究所の推計では、23年に1億2400万人だった日本の人口は56年に1億人を切り、70年に8700万人に減少することになっている。  ただし、この推計は、70年まで出生率が1.36程度の横ばいで推移するという前提に立っている。「出生率が1.20で、しかも下がり続けると見込まれる」という現実との乖離は大きい。  現に、今回の発表によれば、出生数は23年公表の国立社会保障・人口問題研究所の推計よりもおおよそ10年早いペースで減少していることになる。日本の人口は、今後もこれまでの推計よりもかなり速いスピードで減少するのは確実だと考えた方が良いだろう。 【こちらも話題】 実は“博打”に強い岸田首相 「ヤケクソ解散」で自民党政権を延命させる悪夢のようなシナリオとは 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/224256 こども家庭庁が発足し、あいさつする岸田文雄首相(23年4月) 形ばかりの子育て支援策  人口が減少を続ければ、労働力人口が減り、成長率が下がり、税収も下がり、年金などを支える人口も減り、消費が減少し、社会全体の需要減が成長率低下に拍車をかけ、財政赤字が拡大し、国債発行が増え、円の信認が下がって円安が進み、輸入物価は上昇し、賃金は上がらず、国民生活は貧しくなり、いずれは経済が破綻する可能性が高くなる。ということが予想できる。  人口減少を止めるには、子供の数を増やすか、海外からの移民を増やすか。どちらか、あるいはその両方を進めなければならない。これは自明のことだ。  政府ももちろん、そんなことはよくわかっている。  そこで、岸田文雄政権は、子育て支援策を推進すると言って、23年4月にこども家庭庁を設置した。ただし、これによって何かが大きく変わったということはなく、子ども関連の政策のうち、内閣府や厚労省が担ってきた事務を一元化するというものにとどまり、文部科学省などの子ども関連政策の統合は同省などの反対でできなかった。これだけではほとんど意味がないものだったのだ。  厚労省の人口動態統計が発表されたのと同じ6月5日には、子育て支援のための実質的な政策を進めるために、子ども・子育て支援法の改正法が成立した。その内容の紹介は省略するが、子育て世帯への様々な給付の拡大が実施される。現金給付のほか、働いていなくても保育園を利用できるというようなサービスの拡大も含まれていることが喧伝されている。  しかし、子育て世代の若者からは、この程度の給付では不十分だという批判があり、専門家からもこれで出生率が上がることは期待できないという声が大半だ。 【こちらも話題】 「サウジアラビア」の人権問題を見て見ぬふりをする日本政府は、なぜ「中国」の“人権侵害”だけを問題視するのか 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/223577 子供を持つべきという男女が大幅に減少  実質賃金が下がり続けていてはとても子どもを持とうという気持ちになれないだろうし、働き方改革や女性活躍の環境整備も中途半端なままだ。学校教育の費用や過剰な受験戦争も重い負担となっている。さらに社会保障を含めた将来不安、戦争準備が進み徴兵制が導入されるのではないかという不安など、障害を挙げれば限りがない。  そうした負担や不安を取り除いたとしても、そもそも結婚したくないとか子供を持ちたいとは思わないという人も増えている。  21年の出生動向基本調査によると「いずれ結婚するつもり」と答えた未婚者の割合は15年調査と比べ男女ともに5ポイントほど減少した。「結婚したら子どもを持つべき」と答えた人も男性で20.4ポイント、女性では30.8ポイントも減っている。  古くからあった、「人は、いつかは結婚し、子どもを産み育てるものだ」という固定観念は崩壊していると見るべきだろう。  もちろん、結婚したい、子どもが欲しいという人たちのためにその障害を取り除き、支援策を講じることは必要だが、それだけでは、出生率を大きく上げるところまでは行かないのが現実なのだ。  子どもを産み育てるかどうかは、もちろん、個人の選択の問題である。したがって、政策的に子どもを産み育てる障害を全て取り払っても子どもが減り続けるのであれば、それは個人の自由な選択の結果だから、決して悪いことではないと考えて受け入れるべきなのかもしれない。  その場合は、人口減少を前提とした社会の維持を考えるということになるが、これは極めて難しい課題だ。というのは、例えば介護一つだけを取ってみても、目の前で団塊の世代が後期高齢者になっていき、大量の介護難民の発生、老老介護、介護離職、さらにはヤングケアラーなどの問題が深刻化して、経済社会が回らなくなるのではと危惧されている。 【こちらも話題】 水俣病患者の“マイクを切った”環境省官僚はどんな人間なのか 「優秀な俺が聞いてやってやる」という選民意識 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/222894 人口減少、少子化…でも移民は反対の矛盾  そこで、強力な政策的誘導策で、「子どもを産まなければ損」というような状況を作り出すのかどうか、真剣に考えることが必要になる(もちろん、その社会的効果が出るのは20年先ということにはなるが)。  子どもを1人産んだら1000万円給付、2人目は2000万円給付などということができれば効果はあるのではとも思うが、そのための費用は年間7兆円以上になり、財源(最終的には増税)確保に合意を得るのは容易ではない。  結局のところ、今から、少子化が止まらないという前提で社会の仕組みを作り変えていくしかないのだ。  その際、最も重要なテーマは、移民の受け入れの拡大と移民人口増大を前提にした新しい社会の構築である。  自民党の保守派の議員たちは、移民受け入れを正面から認めることに反対している。あくまでも、人手不足対策としての「労働力」導入対策として外国人を見ているのだ。  しかし、そのような狭量な了見のままでは、今日のように外国人の人権侵害が横行して世界から批判される状況は改善できないし、経済停滞の中での円安進行もあって、外国人に選ばれない国となり、移民を大量に導入することにしても必要な数だけ移民が入ってこないということになってしまうだろう。  私がかつてインタビューした著名な投資家、ジム・ロジャーズ氏はこう述べている。  「子を生まず、移民を受け入れることも嫌なのであれば、生活水準の低下を受け入れるしかない」  「ところが、……日本人は、現状を維持したいと思っている。……そのためにお金を借りて生活水準を維持しているのが日本の現在の姿だ」(以上、『日本への警告』講談社+α新書)  「このままいけば日本は50年後か100年後にはなくなってしまうかもしれない。日本人はいなくなり、日本語は話す人がいなくて滅んでしまっているかもしれない」「日本が豊かになるには移民を受け入れるほかない」(以上、『ジム・ロジャーズ お金の新常識』朝日新聞出版)  また、フランスの賢人で歴史人口学者のエマニュエル・トッド氏も、  「人口問題は、数十年の潜伏期を経て一気に発現してきます」  「人口減少は日本にとって最大にして唯一の課題です」と警鐘を鳴らしている。そして、「移民受け入れ」と「少子化対策」は二者択一の問題ではなく、双方を同時に進めるべきだと断言している。(以上、『老人支配国家 日本の危機』文春新書)  いずれも、日本にとって非常に参考になる言葉だ。 【こちらも話題】 日本が今でも「報道の自由度」70位に低迷する理由 安倍政治で“変えられてしまった”記者たちの末路 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/222279 「人口減少問題」より「お金」の議員  移民を本格的に受け入れるとなれば、議論すべき論点は山のようにある。しかも答えを出すのが極めて難しい難問ばかりだ。  実は、人口減少問題は、30年前から議論されてきた。私が経済産業省の課長補佐だった1990年代初めには、「長期ビジョン」の議論が盛んだったが、その検討の中で、私たちも議論を始めていたのをはっきり記憶している。  しかし、これまでの30年間、自民党の時代錯誤の排外主義的移民反対主義者たちが存在していたため、彼らの反対をうまくかわしながら、外国人を建前上は「単なる労働力」「短期滞在者」としてのみ受け入れるという弥縫策に終始してきた。  また、少子化問題も、選挙のための人気取りとしての給付政策ばかりで、女性活躍や男性の働き方改革、さらには家庭の負担を社会で分かち合うという構造的な改革を避け続けてきた。  少子化問題は、防衛力強化などよりもはるかに国家安全保障にとって重要だということに自民党のおっさん議員たちはいまだに気づいていないように見える。  彼らは、これほど深刻な少子化を前にしても、武器弾薬を増やせば国家を守れると考えているようだ。まさに「お花畑に住む人々」と言って良いだろう。  そして、彼らの最大の関心事は、いかにして領収書なしで使える金を守るかということ。そのために必死なのだ。  「人口問題は、数十年の潜伏期を経て一気に発現」するというトッド氏の言葉は、今の日本にこそ当てはまる。本来なら、とっくの昔に手を打っておくべきだったということなのだ。  しかし、危機感ゼロの自民党裏金執着議員たちに任せている限り、彼の言葉はなんの役にも立たない。  もちろん、そんな議員を選び続けた国民にも大きな責任がある。  日本の国民は、これから何十年かかけて、自民党バカ議員が犯した罪の責任を彼らの代わりに負って、そのツケを払うことになるのだろう。 【こちらも話題】 衆院補選「立憲民主党3選全勝」 政権交代に向け野党が国会でやるべき「3つ」のこと 古賀茂明 https://dot.asahi.com/articles/-/221699
宇宙から届いた「声」と「映像」子ども心に夢を育む NEC・遠藤信博特別顧問
宇宙から届いた「声」と「映像」子ども心に夢を育む NEC・遠藤信博特別顧問 端的な言葉で伝えるとずっと心がけてきた。事業部長時代に考えた「Flexible Mind」は多様性の受け入れだ。いろいろな場で使え、社長時代も口にした(写真:狩野喜彦)    日本を代表する企業や組織のトップで活躍する人たちが歩んできた道のり、ビジネスパーソンとしての「源流」を探ります。AERA2024年 6月10日号より。 *  *  *  1993年6月5日、ロンドンの国際海事衛星機構(インマルサット=現・国際移動通信衛星機構)で、持ち運びができる移動体通信の基地局「インマルサットM」が型式認定を受け、供給が始まった。独自技術で、世界で初めて開発した。マイクロ波衛星通信事業部のアンテナ開発部で担当課長のときだ。自然災害の被災地や国際紛争の地域における停戦交渉などの場で、重要な役割を果たした、携帯衛星通信の第1世代だ。  求められた規格に合致しているか、最終確認にインマルサットが持つ衛星回線を借りて、1カ月泊まり込んでゴールした。「M」の容量は20リットルで、重さは13キロ。20リットルは縦40センチ、横50センチ、厚さ10センチの箱に相当する。電池で通話やファクシミリが60分連続でできて、緊急通信用に各国で大使館などが利用した。 示した「強い意志」でアンテナ開発からプロジェクト担当へ  インマルサットは船舶の安全な航行に太平洋、インド洋、大西洋の上空に静止衛星を配置。装置が小さくなるにつれ、サービス対象が陸上の移動体や航空機へ広がり、北極と南極の付近を除く世界で使われている。  入社以来、大学院で学んだ電磁波論を基にアンテナの開発を中心に手がけたが、それだけでは物足りず、希望職種を出す文書に「システム全体をみる仕事がしたい」と強い意志を書く。読んだ上司が「インマルサットM」の開発プロジェクトを任せてくれた。メンバーには無線畑だけでなく、システムや装置の開発部隊も入れる。製造や検査の部門からも集め、幅広い集団にした。「M」の利用場面を様々に想定し、運びやすさや静止衛星の位置をたやすく捉える方法を考えるとともに、製品にして売る役まで果たすためだ。  この経験で仕事の領域が広がっただけでなく、プロジェクトマネージャーが持つべき要点も身に付いた。「意志」は、やはり、強く示したほうがいい。実は、ここに『源流』からの流れが注ぎ、勢いを増していた。 自立もたらした迷子体験(写真:狩野喜彦)   『源流』は、少年時代に育まれた科学技術への関心。流れ始めたのは、故郷の神奈川県大磯町だ。1953年11月に生まれ、両親と姉の4人家族。父は戦前、中国の南満州鉄道に勤め、大磯町出身の母と結婚する。戦後、生まれてまもない姉と3人で帰国し、東京・神田の交通博物館で副館長を務めた。NECに入社して多忙になるまで、大学院時代に学校から近い東京・大岡山に部屋を借りた以外は、大磯から通った。温暖な地で、おおらかな性格が形成される。  幼稚園のとき、園長が人工衛星が上空を通過する時間を調べて、園児を相模湾に面した砂浜へ連れていってみせてくれた。はるか高く、白く光る粒が動いたのを、いまも覚えている。科学技術への関心が湧き、『源流』の水源が生まれた瞬間だ。 米大統領の暗殺をリアルタイムで観て科学技術の力に頷く  大磯小学校4年生の63年11月23日、日米間で初の衛星によるテレビ中継があった。観ていたら、ケネディ米大統領が暗殺され、衝撃を受ける。同時に、海の向こうで起きたことを電波でリアルタイムに報じた衛星通信に、驚いた。「科学技術はすごい」と頷き、水源から湧き出た『源流』が流れ始める。  小学校から算数が好きで、大磯中学校でも県立平塚江南高校でも数学に打ち込み、進路は東京工業大学工学部の電子工学科を選ぶ。大学院の修士課程、博士課程へと進み、電磁波の研究で工学博士の学位を取得。ただ、研究生活に残るつもりはなく、学んだ無線の世界で就職先を考えて81年4月、日本電気(NEC)へ入社した。  配属先は、横浜事業場のマイクロ波衛星通信事業部。地上マイクロ波の中継や衛星通信用アンテナの開発に参加し、以後20年余り、衛星通信や携帯電話の基地局などを手がけた。「インマルサットM」の開発に成功した後、課長から担当部長へ昇格し、さらに小さいA4判サイズの「インマルサットミニM」の開発も指揮をする。  2003年4月、横浜事業場でモバイルワイヤレス事業部長になった。ここで、無線装置の品質を上げるため、自らに言い聞かせたのは「トップは部下たちに『ぶれている』と思われては絶対にいけない」だ。毎日、通勤電車でつり革につかまりながら、部下たちにどう言えば思いがきちんと伝わるか、考えた。短いフレーズで、言えば誰もが「あれだな」と分かるのがいい。選んだのが「Strong Will」だ。  中学生になるころ、7歳上の姉に「あなたは意志が弱い。意志をもっと強く持たないと、事はできない」と注意され、「Where there’s a will,there’s a way.」という文言を教わった。「意志あるところに道あり」との意味だ。その「Will」という言葉が、脳裏に残っていた。 事を成すために部下たちに説いたWillとMind  ただ、事業部で「Will」を説いても、部下たちは「当たり前」と思うことがなかなかできない。「意志だけでは足りない。人の話を聞いて素直に受け取る能力がないと、いい答えはつくれない」と思い、半年後にひと言加えて「Strong Will and Flexible Mind」とした。強い意志と柔らかな心──事の成就には、成功を願う強い思いと他人の話を素直に聞いて歩む道を是正する心の余裕が必要だ、と繰り返したメッセージだ。  2010年4月に社長就任。残っていたリーマンショックの影響を処理した後、「これから先を、どうみなければいけないか?」という社内議論の場を設け、会社のロゴに新しい方向感を加えることを決めた。ロゴに入れる文言に「Orchestrating a brighter world」を選ぶ。 「Orchestrating」は望ましい成果を得るための結集を指し、音楽では編曲などを表す。情報通信技術の世界でもよく使われ、ここは「より輝く世界をつくろう」との思いを込めた。デザインに音楽のオーケストラから得て、指揮者の指揮棒の線を使った。文言の横に指揮棒を立て、23.4度に傾けた。23.4度は地軸の傾きで、「我々は世界に貢献している」と示したかった。  音楽は、小さいときに姉がバイオリン教室へいくのについていき、好きになった。自宅に父が姉のために置いたレコードも聴き、クラシック音楽ファンとなる。これも、『源流』を生んだ故郷・大磯町で溜まった水源の一つ、と言えそうだ。妻と一緒に年に4、5回、コンサートを楽しんでいる。  いま、強い思いを寄せるのは少年少女期の教育の在り方だ。人工衛星をみせてくれ、科学技術への関心を育んでくれた幼稚園の園長先生。小学校6年生から始まった歴史の授業で「歴史を覚えるよりも、その積み重ねで今日があると知るのが好き」となり、「自分は記憶力で勝負するよりも、物を考えて価値をつくる道が合っている」との思いを育んだ学校。  現在の教育は「教える」に力や関心が集まり、「育む」が置き去りにされている、と思う。だから、少年少女期の教育に、何か関わりたい。『源流』からの流れは、次にどこへどう向かうのか。目が離せない。(ジャーナリスト・街風隆雄) ※AERA 2024年6月10日号
顔面「グーパンチ」殴られるのは逃げ場のないホテルや車内 DV被害の相談3割が男性 
顔面「グーパンチ」殴られるのは逃げ場のないホテルや車内 DV被害の相談3割が男性  (写真:Getty Images)    配偶者らパートナーからのDV被害を訴える男性が増加している。昨年、警察に相談や通報をした男性は全体の約3割だった。AERA 2024年6月10日号より。 *  *  * 「人に殴られるという滅多にない経験を、好きだった人にされたのは死ぬまで忘れられないと思います」  こう打ち明ける東京都の20代の会社員男性は、昨年夏まで約半年間交際した20代女性に繰り返し暴力を受けていた。  付き合い始めて数カ月後。「アルバイト先から給与が支払われない」と言う彼女のために家賃やサブスクの費用を肩代わりするようになった。その額は数カ月で数十万円に。女性は「お金がない」と言いながら整形手術をするなど浪費癖があった。男性が「もう少し出費を抑えたほうがいいんじゃない」と諭すと、女性は急に不機嫌になり、「グーパンチ」でいきなり顔面を殴ってきた。腕で顔を覆ってパンチを防ごうとすると、爪で引っかかれた。  殴られるのは逃げ場のないホテルや車内。さすがに無抵抗の相手を殴り続けるのは心が痛んで途中でやめるはずだと考え、「そんなに怒りが抑えられないんだったら、殴りたいだけ殴ってみろ」と言ったこともある。すると、全く容赦なく30発以上殴られ続けた。「この人は暴力をふるうことに全く良心の呵責がないんだ」。そう思い知り、金銭の問題も含めてこれ以上付き合うのは無理と悟った。別れ話を切り出すと女性は逆上し、「殺す」と言ってのしかかり、腕で首を絞めてきた。女性は華奢だが長身で腕をふりほどくのも、やっとの思いだった。身の危険を感じる局面でも、男性は一度も女性に暴力をふるわなかったという。正当防衛だと主張しても、やり返すとこちらがDV加害者に仕立てられかねない、と考えたからだ。しかし、身体的な痛みよりもつらかったのは、精神的ショックだったという。 「私自身、人を殴ったことはありません。人を殴る、という行為にはしる気持ちがそもそも理解できません。殴られている時は、どう受け止めていいのか分からない混乱状態に見舞われていました」  余程のことがなければ人は人を殴ったりしないはずだ。彼女を激高させるほどの落ち度が自分の側にあったのか。こうなる前に、なぜ自分は何とかできなかったのか。男性は殴られながら自問を繰り返したという。 AERA 2024年6月10日号より    周囲の反応も男性を苦しめた。「相手がヒステリックになっただけでしょ」「男なんだから、少し殴られたぐらい平気でしょ」。親身になってくれる人はいなかった。 「男の側が被害を受けたと言っても、大したことじゃないと思われるんです。友人からは、『結果的に別れられたからよかったじゃん』とも言われました。そういうことじゃないんだけどなって……」 言葉の暴力もあったが、ほとんどが身体的な暴力だった。女性は親と仲が悪く、つかみ合いのけんかをしたこともある、と語っていた。「沸点に達した感情を表す手段として、暴力が体内にインプットされてしまった人」。そんな印象が強く残ったという。 男性は彼女と別れた今も、殴られたシーンが不意によみがえることがある。 相談できぬ男性なお 「転職して東京で暮らすようになったのも、彼女の近くにいたいと思ったからでした。仕事の調子が悪い時、自分はなぜいま東京にいるんだろう、あんな暴力をふるう人間のためにかけがえのない人生の進路を変えられてしまった、もしかすると人生を棒に振ったんじゃないかと、とことん悪い方向に考えてしまうことがあります」  警察庁によると、パートナーからDV被害を受け、警察に相談や通報をした男性は2023年に2万6175人で全体の29.5%。女性の方が多い状況だが、13年に3281人(6.6%)だった男性被害者は18年には1万5964人(20.6%)と増加傾向にある。男性が被害を訴えやすい環境に変化しつつあるものの、「男だから」というジェンダー意識も相まって、DV被害を周囲に相談できない男性は依然として多いとみられている。  一方、加害の記憶に苦しむ女性もいる。東日本在住の看護師の50代女性は、アエラのアンケートにこんな言葉で始まる回答を寄せた。 「元夫が働かず、クズのような人でした」  修羅場は約10年前。2人の息子は当時、高校生と大学生。教育費がピークにさしかかっていた。住宅ローンも抱え、お金が最も必要な時期に「働かない夫」のために家計は突如、火の車になった。女性は2カ所の病院を掛け持ち勤務し、その合間に、入院した義父の世話もした。 働かぬ夫に怒り 「その時の気持ちはこっちが正義で、夫が悪。悪なんだから(夫は)懲らしめられて当然という感覚でした」 気づけば、日常的に夫を罵倒し、殴る蹴るの暴力を止められなくなっていた。  「夫がひきこもりにならず、働き続けてさえいてくれれば、私も夫もDVにかかわるような人生を送ることがない人間だったと思います」 虐待などのトラウマ経験のない女性がなぜ、DVの加害者になってしまったのか。事情を尋ねると、女性は罪悪感と後悔を口にしながら経緯を吐露した。  夫は新卒で大企業の研究職に就職。海外勤務も経験したエリート社員だった。感情をあまり表に出さず、まじめでおとなしいタイプ。喜怒哀楽がはっきりしていて感情の起伏が激しい女性とは対照的な性格だという。難点は「転職癖」。52歳までに官公庁を含め転職を7回繰り返した。理由はさまざまだった。 「上司と合わない」「仕事のレベルが低すぎる」「忙しい割に待遇が悪い」  どれも腑に落ちなかった。転職先が決まる前に辞職する場当たり的な行動も解せなかった。しかし女性は、正面から夫を問いただすことはしなかったという。 「若い頃は転職を繰り返すことがチャレンジ精神のようにも見えたし、高給を維持できる研究職の転職先がスムーズに見つかっていたこともあって目をつむることができました」 でも、と女性はこう続けた。「今思うと、夫に対する怒りや不信をずっと抱えていたのだと思います。DVをするようになって、私は許していなかったんだ、と自覚しました」 「動物以下じゃん」 「堪忍袋の緒が切れた」のは夫が52歳の時。「その年齢だと絶対に次の職場を確保できない」と諭す妻子の制止を振り切って辞職した夫は案の定、転職先を見つけられなかった。 「それ見たことかと。ぜいたくなんて言ってられない状況なのに、夫は『まともな仕事がない』と、そのままずるずると働かなくなり、自宅にひきこもるようになりました」  これを機に女性のDVが始まる。一方的に夫を怒鳴る日々が1年余り続いた。  ハローワークで仕事を探すよう促しても、「ろくな仕事はない」と拒む夫の背中を拳骨で叩きながら、「なに言ってんの!」と声を上げた。自宅にいてもほとんど家事をしない夫に「せめて買い物ぐらいして」と訴えると、「平日の昼間に外をぶらぶらしていると無職だと近所の人にばれる」とメンツを気にする夫にさらに苛立ちが募り、「そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」と蹴飛ばした。  そして、「鳥や獣だって、巣立ちするまで子どもの世話をするのに、こうやって働かなくなったあんたは動物以下じゃん」と罵った。職場から帰宅し、「あー疲れた」とつぶやく女性に、「そんなに疲れるなら仕事やめて、みんなで生活保護を受ければ楽だよ」と返す夫にカチンときて、「ふざけんじゃないよ!」と罵声を浴びせた。 「言い返されると、怒りが増幅するんです」  別の部屋で寝ている夫のいびきも許せない。 「こっちが眠れないほど家計のことで苦しんでいるのに、いびきなんかかきやがって」 寝ている夫の枕元に詰め寄り、「うるさい! なに、いびきかいてんだよ。こっちは明日も仕事があんのに!」と怒鳴りつけたこともある。  夫は何を言われても、ただ黙っていた。蹴られても叩かれてもやり返さず、時折、「やめて」と言うぐらい。その反応も女性には気に食わない。 「やめてほしかったら働け!」  長男は大学院進学を断念して就職。東大受験を予定していた次男には「下宿代を捻出できない」と説得し、自宅から通える国立大学に志望先を変更してもらった。女性は息子たちとともに、夫に「出てけ!」と繰り返すようになった。夫は強く拒んだが、実家に追い出す形で別居。3年後に離婚が成立した。 「夫は今も実家でひきこもりの生活をしていると思います」 そう話した後、女性は少ししんみりしてこう言った。 「私と息子の3人が経済苦の状況で、夫が実家に出ていくのが合理的だと思っていました。でも今思うと、ちょっと気の毒だったかな。殴られたり罵られたりしても苦でないという人は世の中にいませんから」  冷静に振り返られるようになったのは、離婚から時間が経ち、夫との関係について距離をおいて考えられるようになったからだ。 「夫は社会人になるまでアルバイトをした経験もなく、バブル期に就職したので就職の大変さも全く味わっていません。常に居心地のいいところにいないと気が済まない、ずっと陽の当たるところを歩いてきた人が、52歳になって足もとが揺らぐ体験に初めて見舞われてショックだったんだと思います」 そしてこう続けた。 「夫はまじめで、趣味や息抜きできることがないから、仕事が気に入らないとそこにだけ意識が向いてしまったのかもしれません」 なぜDVを止められなかったと思うか問うと、女性は「相談できる人や場がなかった」ことを一因に挙げた。 「私にも心を許して話せる友人が周囲にいなかった。両親に相談しても仕方がないという気持ちもありました。人をケアする職業に就いているのに、家に帰ってくると怒りのスイッチが入ってしまう。自分自身も精神が壊れていく、という自覚がありました。ですから、DVをしていた時から相談できる人や場所がほしかったんです」 女性はDV被害者の相談窓口にしかアクセスできず、そこでは精神科や心療内科の受診を勧められたという。 「医師はカウンセリングをするわけではなく、抗不安薬や睡眠薬を処方するだけ、というのは職業上、知っていましたから、その時点で諦めました。今からでもカウンセリングを受けられるなら受けてみたいです」 罪悪感を払拭したい、と吐露する女性に同情しつつ、疑問もぬぐえなかった。アンケートの回答欄に元夫を「クズのような人」と表現した人物とは乖離があるように感じられたからだ。その点を問うと、女性は「反省する気持ちと憎む気持ちが同居」する複雑な心情を明かした。 「自分が逆の立場だったら、あんな言われ方をされたら居たたまれないだろうなと客観的に考えられるようになって、反省の気持ちがわきました。でも一方で、クズみたいな人だったから私はDVをやってしまった、という気持ちもあります。その両方の心情が振り子のように行ったり来たりしているのが正直な思いです」(編集部・渡辺豪) ※AERA 2024年6月10日号より抜粋
勉強が楽しくなる! 小5息子が読み返した本とは【blog】
勉強が楽しくなる! 小5息子が読み返した本とは【blog】 エディターのayumiです。4月から高学年の仲間入りをした息子。勉強も難しくなるなかで、そろそろ自分なりの「勉強のやり方」を見つけてほしいと考えているところです。 言われるがままに出された宿題や課題をこなしていくのではなく、 「なぜ今その勉強が必要なのか」 「自分の得意・不得意をどんなふうに伸ばして克服していくのか」 「今の自分の課題は何なのか」……。 それらのことを理解するなんて、大人でもなかなか難しいですよね。わたしも胸を張って「できています!」なんて言えないです。 ですがこれから先、中学生、高校生と段階を進めていくなかで、主体的に学ぶ力はとても大切になってきます。今すぐ手放しでそうした学びを進めることは難しいですが、少しずつ自分なりの勉強の意味や楽しさ、必要性を考えてみてほしい。 そんなときに、オススメの漫画がこちらです。 『大人になってこまらない マンガで身につく 勉強が楽しくなるコツ』 実はこの漫画、何年か前に息子が「ほしい」と言って買ってあったもの。購入当時、わたしは大して中身を見ることもなく、「このシリーズが流行ってるのかな」くらいに思っていたのですが、最近また息子が読み返した形跡があったのでふと手に取ってみたら、これが何とも核心をついていて面白い! 勉強をする理由から、おうち学習の具体的な方法、教科ごとの勉強法まで、大人が読んでもためになる内容が漫画でわかりやすく簡潔に描かれています。 ただ「勉強が大事なんだ!」ということだけではなく、日々の生活習慣の大切さや勉強以外の楽しみのこと、何よりも「勉強を楽しむコツ」がいたるところに散りばめられていて、学びの本質がしっかりと伝わります。 「勉強とは宝の地図を読み、見つけること」――。 将来の夢や叶えたい願いという自分だけの宝物に向かって描かれている地図を、勉強を通して見つけ、読み解いていく。 この本を読んで、そうしたことがすぐに腑に落ちるわけではないかもしれないけれど、少なくとも勉強に対するモチベーションが「だるい」から「ワクワク」に変わると思います。 息子も今年度、新しい学びにチャレンジすることに決めた様子。本来学ぶことはワクワクすること。その気持ちを胸に、学びを楽しんでほしいと感じます。 (文/ayumi) 〇今回紹介した本はこちら 『大人になってこまらない マンガで身につく 勉強が楽しくなるコツ』金子大輔/監修 みのもまりか/マンガ・イラスト (金の星社)  
「ギフテッド」とは何なのか? 発達障害との関連は? 専門医に聞く
「ギフテッド」とは何なのか? 発達障害との関連は? 専門医に聞く 写真はイメージ(iStock)  生まれながらに、人より優れた能力をもつといわれる「ギフテッド」。高いI Qを持つ場合が多い一方、何らかの発達障害傾向があることも少なくなく、日常や学校での生活、人間関係に悩むケースもあるといいます。そもそも、「ギフテッド」とは何なのか、発達障害との関連について、発達障害の専門医、岩波明先生に聞きました。 「ギフテッド」に明確な基準はない ――近年、映画やドラマの影響もあり「ギフテッド」という言葉をよく耳にします。知的能力が人よりもずば抜けて高い人のことを指すと言われますが、定義は? 「ギフテッド」には、実は厳密な定義はありません。定義がないというより定義がバラバラと言ったほうが正確でしょうか。一般的に使用されているギフテッドのイメージはあいまいですし、そもそも疾患ではないので、医学的に明確な基準がないのです。  ただ、大きく分けるとギフテッドには二つのケースがあると考えています。一つは、幼いころから、知的能力を中心に全体的な能力が非常に高い人を指す場合。もう一つは、音楽や芸術、数学など、特定の分野の能力が突出している人です。また、高い能力を持つ一方で、何かしらの発達障害を併発しているケースは少なくありません。 ――なぜ「ギフテッド」が生まれるのでしょう。遺伝はあるのでしょうか?  ギフテッドに関しては、遺伝性を証明できる明確なデータはありませんが、発達障害は、一部に遺伝的な要因があると考えられています。ですから、おそらく、ギフテッドに関しても遺伝の可能性はあると言えるでしょう。ただ、なぜギフテッドが生まれるかについては、はっきりした理由はわかっていません。 ――ギフテッドと言われる人たちは、どれくらいの数いるのでしょうか?  世界中にどのくらいの数のギフテッドがいるかという統計も現時点ではありませんが、アメリカで独自にとられた統計によれば、知的能力に基づいた数字では、米国国民の約6%がギフテッドに当たるというデータがあります。おそらく他の地域においても、これに近い割合で特別な能力を持っている人はいると考えられています。 ――昔から、ギフテッドは存在していたのですか?   古くは15〜16世紀に活躍した画家レオナルド・ダ・ヴィンチや、18世紀の天才音楽家モーツァルトなどもギフテッドだったと考えられます。「ギフテッド」が定義づけられたのは、19世紀末ごろだと考えられています。 エジソンやピカソも「ギフテッド」に当てはまる  今日のギフテッドに相当するサヴァン症候群を発見したのは、イギリスのジョン・ラングドン・ダウン医師でした。彼は、ダウン症の発見者でもある高明な医師で、知的障害や重い発達障害を持つ人たちの中に、音楽や芸術、数学などの特定の分野において、飛び抜けた才能を発揮する人や、非常に高い記憶力を持つ人がいると気づきました。  それまで見過ごされてきた、こうした人たちの高い才能に目を向け、彼らの特性を「イディオ・サヴァン」と名付けました。ダウン博士の症例は知的障害を伴っていましたが、その後、言葉の定義は変遷し、現在のギフテッドは高い知的機能を持つことが特徴的です。発明王のエジソンや、偉大な画家ピカソなどもおそらくギフテッドに当てはまるでしょう。 ――現代で「ギフテッド」と呼ばれる人には、どのような人物がいますか?  ビジネスマンや社会に改革をもたらす起業家の多くも、ギフテッドの要素を持っています。例えば、台湾でIT改革を興したオードリー・タン氏、世界有数の資産家でビジネスマンのイーロン・マスク氏。ほかにも、楽天グループの三木谷浩史氏や、「ニトリ」創業者の似鳥昭雄氏のような、日本社会を牽引する起業家たちの多くも、そうだと考えられるでしょうね。  ――「ギフテッド」はさまざまな分野で活躍しているのですね。  幼いころから天才的に楽器がうまかったり、難しい漢字をすべて覚えられたり、数学的な能力がずば抜けていたりする人もいますし、スポーツの世界で活躍している人もいます。「ギフテッド」という言葉を使わなくとも、発達障害があって特別な才能や並外れた能力を持つ人がいます。  ただ、そのように非常に高い能力や才能を持っている一方で、多くの苦労を抱えている人が多いことも確かです。いわゆる発達障害の傾向がある人によく見られる「マインド・ワンダリング」という症状もその一つ。常に新しい考えが浮かんできて、一つのことに集中できなくなるというケースです。一方で一つのことに集中しすぎて、ほかのことが一切できなくなる「過剰集中」の状態になる人もいます。  ――ギフテッドと発達障害の関係性にはどのようなケースが見られますか?  ギフテッドはその名の通り、特別な才能を持っているのですが、同時に、自閉スペクトラム症(ASD)、あるいは注意欠如・多動症(ADHD)などの発達障害の傾向が多く見られます。中には、ASDとADHDを併発している人も少なくありません。  たとえば、ASDの傾向があるギフテッドは、特定の分野に関しては非常に高い能力を発揮できるものの、日常生活で非常に強い“こだわり”を表したり、いわゆる“空気を読む”ことが難しい場合があったりもします。そのため、対人関係がうまく築けない場合もあります。 ――ADHDがある場合はどうですか?  ADHD傾向があるギフテッドは、豊かな発想力を持っていたり、現状を打破するような画期的なアイデアを出したりする力がある人が多いですが、多動性が強かったり、不注意な言動や行動が目立ったりするという ADHDの持つマイナスの要素も、やはり見られます。そのため、社会生活において周囲と衝突してしまい、本人が困り事を抱えているというケースは少なくありません。  このように、「ギフテッド」と言われながらも、本人が困難な状況に陥っている例はたくさんあるでしょう。こうした問題点についても、家族や周囲の人々は目を向けてサポートしていく必要があると思います。 (取材・文/玉居子泰子) 岩波明先生 〇岩波明(いわなみ・あきら)/昭和大学特任教授(医学博士)。1959年、神奈川県生まれ。東京大学医学部卒業後、都立松沢病院、東京大学医学部精神医学教室助教授、埼玉医科大学准教授などを経て、2012年から昭和大学医学部教授。15年から昭和大学附属烏山病院長を兼任、24年から現職。発達障害専門外来を担当。『発達障害』(文春新書)、『発達障害という才能』(SB新書)など著書多数。
C.ロナウドの「90分の睡眠を1日5回」の睡眠戦略 「『眠れない』ストレスが減る」スリープコーチが解説
C.ロナウドの「90分の睡眠を1日5回」の睡眠戦略 「『眠れない』ストレスが減る」スリープコーチが解説 クリスティアーノ・ロナウド(写真:アフロ)    マドンナ、C.ロナウド、ラリー・ペイジ。歴史に残るスーパースターの活躍を支えているのが、独自の「睡眠戦略」だ。経営者やスポーツ選手らの睡眠改善をサポートしてきたスリープコーチの角谷リョウさんが解説する。AERA 2024年6月10日号より。 *  *  * クリスティアーノ・ロナウドの多分割睡眠戦略 【メリット】細切れ睡眠でもつらさや眠さを感じず活動できる 【デメリット】長く続けると「人間らしさ」を失う可能性も  夜まとまった睡眠を取るのではなく、短い眠を何度も取る「多分割睡眠戦略」は、古くは万物の天才レオナルド・ダ・ヴィンチが、現代ではサッカー界の至宝クリスティアーノ・ロナウド選手が「90分の睡眠を1日5回」という形で実践していることで知られている。  多相性睡眠とも呼ばれ、動物の多くがこの眠り方。人も産業革命以前は多相性だったと考えられており、奇異な印象ほど不自然なものではないと言える。  あえてこの眠り方を採り入れることはおすすめしないが、授乳中の方やドライバーなど今まさに細切れの眠りになっている人は、「1日1回3時間の主睡眠を取り、あとは必要に応じて15分程度の睡眠を繰り返す」ことで眠気やつらさを感じず高いパフォーマンスを保てる。主睡眠は夜でなくても、可能な時にとればOKだ。 「睡眠は夜まとめて取るもの、という常識を捨てるだけで、『眠れない』というストレスを大幅に減らすことができます」  ただし、「短眠」の極端なものとも言えるため、長期間続けるのは危険を伴う。授乳中に使う場合も、親がいつまでも多分割だと赤ちゃんが夜寝るリズムを身につけられない。期間を区切り、緊急避難として使おう。 マドンナのフレックス睡眠戦略 【メリット】活動する時間帯を自分の価値観で決められる 【デメリット】頻繁に変えると体内時計に深刻な障害が  65歳にして世界ツアーを成功させるなどエンタメ界の頂点に君臨し続けるマドンナは、毎日午前4時に就寝する極端な夜型を公言している。「夜が一番クリエイティブになれる」という理由が科学的に正しいかはともかく、信念を貫く生き方が彼女の魅力なのは間違いないだろう。  現代はフレックスタイムやリモートワークの広がりで、かつてないほど自由に働き方を決められるようになった。たとえば「子どもに合わせた生活リズムにして一緒にいられる時間を増やす」「夜型にして副業に注力する」など、眠る時間帯を変えることで大切なものに合わせた生活リズムを作れるのだ。 AERA 2024年6月10日号より    眠る時間帯を変える際は30分ずつ前倒ししていく。寝覚めがすっきりするまで同じ時間に起き、さらに30分縮める。 「9割の人は、自身の『朝型』や『夜型』を自由に変えられます。体がリズムを記憶すると、起きるべき時間帯にコルチゾールという物質が分泌され、体温が上昇して目覚めを促します」  秘密兵器が、強い光で起こしてくれる「光目覚まし」。数千円で買え、驚くほど効果抜群だ。  体内物質をコントロールするだけに、頻繁な時間変更は体への負担になるので控えよう。 ラリー・ペイジのチーム睡眠戦略 【メリット】チームの出力を最大化できるリーダー術 【デメリット】強制はパワハラ! 繁忙期スタートは絶対に避けて  最後に紹介する「チーム睡眠戦略」はグーグル(現アルファベット)のラリー・ペイジ氏、ナイキのフィル・ナイト氏ら優れたリーダーが自社に採り入れている今注目のリーダー術だ。  リーダーが会議で方針や戦略を伝えても、部下は昨夜の寝不足を解消する絶好の機会と捉えていることも多い。もし部下たちが本気でリーダーの声に耳を傾けたら、チーム力は格段に上がるはずだ。また、リーダーがメンバー個人の様々な問題に立ち入るのは難しくても、メンバーが質の良い睡眠さえ取れればメンタルを良好に保て、組織のダメージを未然に回避できる。  導入は(1)リーダー自身が職場で昼寝を取る(2)部下にアイマスクをプレゼントして昼寝を勧める(3)職場で「お昼寝タイム」を採り入れる──といった形で進める。部下が睡眠の回復効果を実感したら、自然に睡眠改善への関心が高まるはずだ。 「職場の飲み会は、睡眠不足になっても仕事への影響が最も少ない木曜日がおすすめです」  ただし今の時代、強制はパワハラと受け取られる可能性もあるのでご注意を。  人生の3分の1を占めるといわれる睡眠の使い方を、この機会に真剣に考えてみては。(朝日新聞社・上栗崇) ※AERA 2024年6月10日号より抜粋
飛行機に乗せたペットは1年で何匹死んでいるか?大切な“家族”を守るために理解するべき「動物の本能」
飛行機に乗せたペットは1年で何匹死んでいるか?大切な“家族”を守るために理解するべき「動物の本能」 ※写真はイメージです(gettyimages)    貨物室に預けられていたペット2匹が犠牲になった、年始の航空機衝突事故。俳優の石田ゆり子さんをはじめ、SNS上ではこの2匹の死に関してさまざまな意見が飛び交いました。連載『ウェルビーイングの新潮流』第7回では、ペットのウェルビーイングについて考えます。あなたは家族として迎えたペットと、本当の絆を築けているでしょうか。 貨物室のペット2匹が犠牲に 石田ゆり子さんがSNSでコメント  年始早々の1月2日午後6時前、帰省や観光地からのUターンラッシュでにぎわう羽田空港で、日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機が滑走路上で衝突するという事故が起きました。  残念ながら、海保側には5人の犠牲者が出てしまいましたが、日航機からは奇跡的に1人の死者も出ず、機体炎上の中、乗客と乗務員全員が脱出しました。乗客の避難に携わった日航機のスタッフに対する称賛の声が、国内のみならず世界中から集まりました。  そんな中、貨物室に預けられていたペット2匹がこの事故の犠牲になったことが報じられると、それ対して「緊急時には仕方がない」と日航側を擁護する声が上がった一方、「そもそも動物を貨物として扱うこと自体がおかしいのでは?」という声も上がり、SNS上では論争になりました。  例えば、俳優の石田ゆり子さんは、「いろんな意見があると思いつつも家族同然の動物たちを機内に載せるとき、ケージに入れて機内に持ち込めることを許して欲しいです。災害時、非常時には、モノとしてではなく家族として、最善を尽くす権利を…。生きている命をモノとして扱うことが私にはどうしても解せないのです」とSNSにコメントしています。  欧米の航空会社ではキャリーケースに入れ、フライト中はその中に入っていることが条件で客室に同伴できる会社は多いのですが、現在、国内航空会社ではスターフライヤーを除いてペットは「受託」という形で「貨物扱い」となり、客室に持ち込むことはできません。  唯一持ち込めるスターフライヤーでも、非常時には一緒に脱出できない、いっさい責任を負えないといった誓約書にサインしなければなりません。 騒音や気圧の変化、狭いキャリーケース… 飛行機内でのペットの負担  ペット同乗可能なヨーロッパの多くのエアラインでは、持ち込む動物に細かい規定があります。例えば、 ・機内持ち込みは犬と猫に限定 ・機内では常にソフトキャリーバッグに入れること ・バッグはかんでも破れない素材で、防水・防臭であること ・十分な換気がなされ、ペットが立ったり方向転換できる十分な大きさであること  など、航空会社によっては「生後満12週間以上」「1機体につき○匹まで」「大陸間フライトのビジネスクラスでは同伴不可」と決められていたり、介助犬に関しては「機内ではリードで犬を所定位置につなぐ」「犬用口輪の持参必須」などの厳しい条件が提示されていることもあります。  一方、そもそも論として、飛行機に乗せる際のペットへの負担の大きさを指摘する声も上がっています。慣れない環境に身を置き、エンジン音や機械音などの騒音を耳にせざるを得ず、気圧の変化もあるとなれば、相応の負荷がかかるのは間違いありません。  たとえ機内に飼い主と入れたとしても、狭いキャリーケースに長時間閉じ込められるペットにとっては快適な環境ではないでしょう。  事実、機内はペットにとって必ずしも安全な場所とはいえません。2018年、ユナイテッド航空の客室乗務員が、フレンチ・ブルドッグの子犬が入ったケージを機内に持ち込んだ乗客に、ケージを頭上ロッカーに収納するよう指示、空港到着時にはその子犬が死んでいたという悲しい事件が起きました。その子犬は酸欠状態に陥って死んだ可能性があるとみられています。  実際にアメリカでは毎年、多数の動物が航空機に乗せられており、輸送中に死んだり、負傷したり、紛失されたりする事故が起っています。米運輸省は、60席以上の航空機を1機以上持つキャリアーに、動物の輸送数と輸送されている動物に起きた事故数を報告するよう求めています。 「ペットと一緒に飛行機に乗りたい」は人間の勝手な都合?  少し古いデータですが2017年に輸送された動物総数50万6994のうち輸送中に死んだ動物の数は24、負傷した動物の数は15、逃走などにより失われた動物の数は1と、10万のうち0.79の割合で動物に何らかの事故が起きていました(出典:Department of Transportation)。  動物への体の負担を考えると、飛行機に乗せないのが一番。「ペットと一緒に飛行機に乗りたい」は人間側の勝手な都合でしかないという多くの声があるのも事実です。 「旅先でペットと一緒に写真を撮りたい」「かわいいペットといつでもどこでも一緒にいたい」といった飼い主の勝手な都合で同乗させるのは、できるだけ避けた方がよいと感じる飼い主も少なくないでしょう。  私自身も愛犬と一緒に大好きな沖縄のビーチを散歩したいと思いつつも、搭乗前後を含め数時間ケージに閉じ込めることを考えると、連れて行けるようになったとしても乗せないことを選ぶかもしれません。  近年、ペットと暮らす人が増えている中でコロナ禍はそれをさらに加速させました。3年にも及んだコロナ禍での先行きが不透明な日々の生活の中で、長く続いたリモートワークでの孤独感や不安感もペットたちと戯れることで紛らわすことができたという人も多くいます。  人がペットに癒やされるメカニズムは、さまざまな研究によって明らかになってきています。私たちがペットと触れ合うとき、精神を安定させてリラックスする効果があることで知られる「オキシトシン」というホルモンが脳内で分泌されているといいます。  オキシトシンは、人との触れ合いのなかで分泌され、プラスの感情や喜びを呼び起こします。この物質が、動物との触れ合いでも活発に分泌されるというのです。  また、ペットと触れ合うと、オキシトシンに加えて、イライラやストレス、疲労感を軽減する作用を持ち、癒やし効果が認められている神経伝達物質「セロトニン」や、「フェニルエチルアミン」といったホルモンも分泌されることが分かっています。  実際、犬と暮らす人は孤独感が軽減され、心身の健康にも良い影響があることが、さまざまな研究によって科学的に証明されています。  このようにペットは私たち人間に多くのウェルビーイングをもたらしてくれる存在となっていますが、ペットにとって私たち人間と暮らしていることはウェルビーイングなのでしょうか? “ひとりでお留守番”はストレス 動物を幸せにする「動物行動学」とは  ペットのウェルビーイングをどう実現するのか?を考える上で私たちが忘れてはならないのは、人間とは違う別の生き物であるということです。どんなに子どものように思っていても、違う動物同士が一緒に生活しているという理解をしてあげる必要があるのです。  飼い主は人間の子どものように自分を理解してくれるんじゃないかという期待感を持ってしまい、いたずらすることや、ほえること、家のものをかむことを問題行動としてやめさせようとします。  例えば、犬は元々仲間と群れで生活し狩猟する生き物です。ひとりでのお留守番自体が大きなストレスになります。その状況下では噛むことがストレス解消の大切な手段ですが、適当なかむものがないときは、その代わりに家のものをかんでしまうのです。  実は私たちはあまり犬の行動をよくわかっていません。動物の健康を守る獣医学とは別にそれを研究する学問として動物行動学があります。  動物行動学とは、生物の本能・習性およびその他一般に生物が表す行動と外的環境との関係性を動物の行動から読み解こうとする学問のことで英語ではエソロジー(Ethology)と呼ばれています。 「どうしてこんなことをするの?」という動物の行動を、心理学・生物学・生理学などの観点から総合的に理解しようとすることで、飼い主の対応方法も見えてくることから、動物を幸せにするサイエンスといえるでしょう。  動物行動学に基づく考えでは、動物の本能を発揮させてあげることが心と体の健康に大切だとされています。犬はかむこと、ほえること、走ることが本能的に大好きです、そして仲間と過ごすことが犬の本来の姿です。 ほめることで“正解を教える”うまく本能を発揮させよう  かむという行為は本能的に自然なことでそれ自体が問題なのではなく、家具やリモコンのようにかんで欲しくないものをかむということが問題なのです。行動をただ禁じて抑え込んだのでは、犬はイライラして問題は悪化するばかりです。無理してガマンさせるのでなく、うまく本能を発揮させてあげることが、犬にとっての幸せにつながります。  例えばかむことに関しては、「かんでいいもの」を決めてあげることが大切です。お留守番のときは適度な硬さの牛皮ガムなどを与えることでストレスを発散させてあげることができます。  そして正しい行動をしたときは、その報酬としてその行動をほめてあげることが重要です。犬をほめるということは、しつけとして「正解を教える行為」であり、人間のように称賛を与えることではありません。  ガムのいいところは、かじったらおいしいことです。かじった瞬間に「おいしさ」というわかりやすい報酬でストレスへの正しい対処を学ばせることができるのです。おしっこをあちこちにするのも一緒に生活していて困ることですが、それが犬の本来の習性なので、ペットシーツにしたときはほめてあげないとそれが正解であることが犬はわかりません。知らない人にほえるのも習性なので、知人にほえなかったときは大げさにほめてあげることが必要です。  このように我々は、自分たちの生活にペットをならそうとするのではなく、家族の一員として迎えた以上はお互いがウェルビーイングになるための努力と学びの姿勢が重要です。  きちんと相手を理解した上でお互いが気持ちよく過ごすことで、本当の家族としてウェルビーイングを築いていけるのではないでしょうか。 (インテグレート代表取締役CEO:藤田康人)
思い当たる人は要注意!「生きるのが面倒くさい人」はどんな状態なのか?精神科医が分析
思い当たる人は要注意!「生きるのが面倒くさい人」はどんな状態なのか?精神科医が分析 ※写真はイメージです。本文とは関係ありません(NATALIA MARNA / iStock / Getty Images Plus)  頑張るのが面倒くさい。期待されるのが面倒くさい。恋愛が面倒くさい。人に頼るのが面倒くさい。そもそも生きること自体が面倒くさい……。  死んでしまいたいというほど切羽詰まってはいないが、せっかくの人生を、生きながら降りてしまっているような生き方をしてしまう。そういった特徴を持つ「回避性パーソナリティ障害」とはどんな状態なのか? 自身も生きるのが面倒くさい時期があったという、精神科医で作家の岡田尊司さんの著書『生きるのが面倒くさい人』(朝日新書)から一部を抜粋・改編して解説する。 社会に出るのが面倒くさい  「面倒くさい」が一つの頂点を迎えるのは、社会に出ること、つまり就職とか働かねばならないという問題に向き合うときだ。  なぜ、社会に出て働くのは面倒くさいのだろう。  もちろん、これまで述べてきた要素もそこにはからんでくるだろう。社会に出れば、当然さまざまな人間と接することになる。あまり性格の良くない人や強圧的な人にも出会うだろう。社会に出たときは、一番下っ端なので、周囲にも気をつかわねばならない。当然気疲れもする。人一倍繊細で、対人緊張の強いタイプの人にとっては、それだけでも楽なことではない。  また、給料をもらう以上、責任や負担も増えるし、成果も問われる。学校の成績ならば、怠けたらテストの点が下がるだけのことで、結果は自分の身に降りかかるだけだ。ところが、仕事となると、顧客がからんでくる。会社や所属する部署がからんでくる。自分の身に降りかかるだけでは済まない。人に迷惑がかかり、自分のために他の人が頭を下げねばならないことも起きる。大きな損害が生じてしまうかもしれない。  私の弟は、水力発電が専門で、その中でも、検査の仕事をやっている。回路が設計通りにつながっているか、発電機などの装置がちゃんと所定の動きをしているかを、チェックして、異常を見つけ出す。回路に異常があるのに、大きな電圧がかかると、部品が壊れたり、事故につながったりしかねないので、重要な仕事だ。 岡田尊司『生きるのが面倒くさい人』(朝日新書)>>書籍の詳細はこちら  新米の頃は、いろいろ失敗もあったと聞く。部品の一つ一つが大きくて、しかも途方もなく高価だ。これでいけると思って電源を入れたら、その瞬間部品が壊れてしまうということも起きる。部品一つが何千万、何億もするものもある。それが、一瞬で黒焦げだ。肝を冷やすことが何度もあったそうだが、そういう経験を積みながら、一人前になっていく。しかし、自分のミスで、何千万円もの損を出してしまったと知って、呑気に笑っていられる人は少ないだろう。失敗するのが怖くなって、仕事が続けられなくなってしまうこともあるだろう。実際、仕事自体も過酷で、長時間の残業は当たり前、もたもたしていると、ペンチが飛んでくる。弟と同期で入った社員は、十人に一人も残っていないという。社会に出ると、桁違いのプレッシャーにさらされるということは間違いない。  働かなくても暮らして行けたらとか、就職しない生き方はないかということを考えたことがおありの人は少なくないのではないか。また、いずれ働かねばならないにしても、それを少しでも先延ばしにしたい。作家の井上靖もそういう心境だったようだ。九大を中途でやめ、京大に移ったときのことを、次のように回想している。「特に勉強したいと思うものもなかったが、京都という土地にも魅力があったし、親のすねをかじる年限をふやし、社会へ出るのを更に三年ほど向うへ押しやることにも魅力があった」(『青春放浪』)と。 人に頼るのが面倒くさい  社会で生きていく上で、重要なスキルの一つは、人に頼ったり、助けを求めたりするということだ。ところが、何事も面倒くさい人にとって、人に頼るのはひときわ面倒くさい。人に助けを求めることは、自分でやる以上に、面倒だと感じてしまう。  人に頼ったり相談したりするためには、人と顔を合わせて話をしなければならない。まず、それが面倒くさい。さらに、自分の弱みをさらけ出し、内情を話さないといけない。これがまた、面倒くさい。  というのも、生きるのが面倒くさい人は、他人はどうせ自分なんか助けたくないと思ってしまうのだ。厭な顔をされて、他を当たってくれと、すげなく断られるのが関の山だと思ってしまう。それなら、最初から助けなど求めない方がいい。  路上生活者になった人には、人に相談したり福祉の手続きをしたりするのが、とても面倒なことに思えて、そんな面倒なことをするくらいなら、路上生活で我慢するといったケースが少なくない。通常の感覚では理解できないかもしれないが、それくらい人に頼ったり相談したりすることが、煩わしいと感じてしまう人もいるのだ。  多くの人は、路上生活に陥るほど、面倒くさがりではないだろうが、それでも肝心なことほど人に相談できないという人は多い。相手が煩わしそうにするのではないかと思い、またみっともない内情を知られて恥をかくのではと恐れ、それなら自分で何とかしようとする。それで、大抵は事態をもっとこじらせることになる。 生きるのが面倒くさい  何事も面倒くさい人にとって、この世は、面倒くさいことだらけである。生きることは喜びや楽しさよりも、心配や煩わしさに満ちている。何かしようと思えば、人の好意や親切にもすがらなければならないが、たとえ相手がこちらの言い分を聞き入れてくれるにしろ、本当にそうしてくれるのか、やきもきしなければならない。ましてや、相手が約束を破ったり、理不尽なことをしてきたりすれば、もう苦痛は耐えがたいものになる。悪いことばかりが起こるように思い、自分はひどい目にばかり遭っていると感じてしまう。  またうまくいかないことが起きるのではないか、最後の最後に悪いことが起きて、すべてが台なしになってしまうのではないかと、悪い想像や心配ばかりを膨らませてしまう。  生きることは楽しいことというよりも、苦痛に耐え、面倒ごとや危険から逃れるのが精いっぱいの、不愉快な苦役になってしまう。  かといって、死ぬのも怖いし、痛くて、苦しむかもしれない。それもいやなので、仕方なく生きているという消極的な生き方になってしまう。その無意味さや不安を忘れるために、神経を麻痺させる行為に逃げ続けている場合もある。  本来は楽しみであったはずの営みさえも、面倒で、負担に感じられ、ついやらずに済ませられたらと考えてしまう。責任や負担が少しでも増えると重荷に感じ、すべてを投げ出して逃げてしまいたくなる。実際に、面倒なことからは目をそむけ、見ないようにして暮らしていることもある。内心でやってみたい気持ちもあるのだが、いざやるとなると一歩踏み出せない。前途有望な若者なのに、まるで老い先短い老人のように、守りに入った生き方をしてしまう。  そんな傾向を示す人が、増えているのである。不登校やひきこもりの増加、非婚率の増加や恋愛をしない若者、セックスレスのカップルの増加には、さまざまな要因がかかわっていて単純に論じることはできないが、社会との接触や責任が増えることに対して、負担を感じ、なにもかも面倒くさく思えて、そこから逃れようとする一面もかかわっている。それは、多くの人が感じたことがあるのではないだろうか。 「面倒くさい」の根底にあるのは  このように、われわれはさまざまな形の「面倒くさい」を抱えやすくなっている。面倒くさくない人にとっては、どうしてそれくらいのことがと思うようなことさえも、人間をやめたくなるほど、負担で仕方がないと感じられてしまう。  そんな人が、ごくわずかだけいるというのなら、それはその人だけの問題で片づけられるのだが、「面倒くさい」状態に取りつかれた人が、何十万人、いや何百万人、ことによったら何千万人もいるかもしれないとなると、これはその人が怠け者だとか、やる気がないだけだなどといって片づけられなくなる。  この「面倒くさい」状態を、精神医学的に診断した場合、一つは、うつ状態ではないかという可能性が浮かび上がる。だが、実際に、この状態の人に接してみればわかることだが、学校や仕事に行けなくなって、気分が落ち込んでいるとか、食事や睡眠がとれなくなっているというケースもあるものの、面倒くさい傾向は、そんなふうになる前から始まっていて、うつが先というよりも、面倒くさい傾向の方が先ということが多い。  面倒くさいことを避けてきた結果、事態が悪化して、切羽詰まった末に、うつになったというのが現状に近いのである。  では、うつ状態でもないのに、「面倒くさい」という場合、どういうことが起きているのだろうか。しかも、そうした状態が慢性的に続くことも念頭におかねばならない。 浮かび上がる三つのファクター  そうした中で、今日よく出会うものとして、浮かび上がってくるのが、次に述べる三つのファクターの関与である。  一つは、完璧で理想的な自分や華々しい人生を望み、それ以外の不完全な自分や平凡な人生なら、生きるに値しないと考えてしまう傾向だ。完璧な理想にとらわれ、自分が特別でなければ満足できない傾向は、「自己愛性」と呼ばれる。つまり、自己愛性が強まった状態では、現実が意のままにならないとき、すべてのことが無意味で、面倒に思えて、せっかくの能力や才能を生かすこともなく、無為に暮らす場合もある。求めるレベルが高すぎるため、手近なところで自分をほどほどに生かすということでは満足できない。華々しいこと以外は、面倒くさく感じてしまうのだ。  もう一つは、生まれてきたことや自分が存在すること自体に意味や価値を見出すことができず、虚しさや絶望に陥ってしまう傾向だ。自己否定を抱え、自分は誰からも愛されないと思い、自己破壊的な行動をとってしまう傾向は、「境界性」と呼ばれるが、境界性が強まった状態では、能力やチャンスや成功に恵まれている場合でさえ、空虚感や生きることへの違和感がぬぐえず、何もかもが面倒になり投げ出してしまいたくなる。  自己愛性や境界性も、非常に現代的な問題であるが、もう一つ急増しているものがある。  それは、生きることに伴う苦痛や面倒ごとから逃れようとする傾向で、もっとも本来的な意味で、「面倒くさい」心理が病理の根本にある状態だ。人の世の煩わしさから逃れたいという願望をもち、現実の課題を避けようとする傾向を「回避性」という。  自己愛性や境界性については、論じられることも多いが、まだ十分知られていないのが回避性の問題である。  生きるのが面倒くさい状態を考える場合、死んでしまいたいというほど切羽詰まってはいないが、せっかくの人生を、生きながら降りてしまっているような生き方をしてしまう。  実際、そういう人が増えている。まさにそうした状態と関係が深いのも、回避性である。  本書で中心的に取り上げるのも、回避性が強まった「回避性パーソナリティ障害」という状態についてである。  回避性パーソナリティ障害は、自分への自信のなさや人から馬鹿にされるのではないかという恐れのために、社会とかかわることや親密な対人関係を避けることを特徴とする状態である。 回避性パーソナリティ障害の診断基準  アメリカ精神医学会の診断基準、DSM-IV及びDSM-5における回避性パーソナリティ障害の診断基準は、次に掲げるとおり、七つの診断項目のうち四項目以上当てはまることが要件となっている。  これ以外に、診断のためには、パーソナリティ障害の全般的診断基準を満たすことが必要になる。  パーソナリティ障害の全般的診断基準としては、(1)その人の考え方、感じ方、対人関係のもち方、行動の仕方(これらは、パーソナリティ・スタイルとも呼ばれる)が、その人の所属する文化から著しく偏っていること、(2)パーソナリティ・スタイルが柔軟性を欠き、プライベートな生活だけでなく社会生活全般にも浸透していること、(3)そのため、実際の生活に著しい支障や苦痛を生じていること、(4)青年期または成人期早期より始まり、持続していること、(5)ほかの精神疾患や薬物、身体的疾患などの影響では説明できないこと、が挙げられている。  DSMのような操作的な診断基準の問題点は、四項目以上に該当すれば、「障害」として診断し、三項目しか該当しなければ、「健常」とみなすという機械的な処理のもつ限界である。  三項目と四項目の違いは紙一重でしかない。それで、障害か健常かを区分けされたら、たまったものではない。障害か健常かという区別にこだわるよりも、むしろ、一つの傾向、特性をもった状態として理解した方がよいだろう。 診断基準  社会的抑制、不全感、および否定的評価に対する過敏性の広範な様式で、成人期早期までに始まり、種々の状況で明らかになる。以下のうち4つ(またはそれ以上)によって示される。 (1) 批判、非難、または拒絶に対する恐怖のために、重要な対人接触のある職業的活動を避ける。 (2)好かれていると確信できなければ、人と関係をもちたがらない。 (3) 恥をかかされる、または嘲笑されることを恐れるために、親密な関係の中でも遠慮を示す。 (4) 社会的な状況では、批判される、または拒絶されることに心がとらわれている。 (5)不全感のために、新しい対人関係状況で抑制が起こる。 (6) 自分は社会的に不適切である、人間として長所がない、または他の人より劣っていると思っている。 (7) 恥ずかしいことになるかもしれないという理由で、個人的な危険をおかすこと、または何か新しい活動にとりかかることに、異常なほど引っ込み思案である。 (日本精神神経学会監修 高橋三郎他訳『DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル』[2014]より引用)
「最速」よりも「数日遅い配達」選択でおトクになる仕組み 「2024年問題」で広がりの動きも
「最速」よりも「数日遅い配達」選択でおトクになる仕組み 「2024年問題」で広がりの動きも 不在の際に荷物を玄関前などに置いていく「置き配」も普及したが、国土交通省の2023年の調査では、再配達となる荷物の割合はおよそ11%にのぼる(撮影/写真映像部・馬場岳人)    国連の持続可能な開発目標「SDGs」。達成に向けて、さまざまな取り組みが行われているが、今年は物流などの「2024年問題」にも直面している。持続可能な社会のために消費者一人ひとりができることは何か。AERA 2024年6月10日号より。 *  *  *  近年注目されているのが、持続可能な社会につながる選択をした人がトクをする仕組みだ。  LINEヤフーが運営する通販サイト「Yahoo!ショッピング」は、「最短お届け日」よりも数日遅い配達日を選択すると、1~100円相当のポイントがもらえる「おトク指定便」を昨年4月から導入している。配送日を分散し、物流業界の負担軽減に寄与するのが狙いだ。  同モール内で出店する「LOHACO」(ロハコ)で22年に試行したところ好評だったため、対象を全ストアに拡大した。ロハコの実証実験では、付与ポイントが最大30円で54%、最大20円または15円でも48%と、いずれも約半数のユーザーが利用。30~60代の女性がメインで、コスメや食品(缶詰、スープ)などの注文で多く見られた。  物流業界では「最速で届ける」ことが至上命令のように認識されているが、商品によっては「最速で受け取る」ことよりも、100円以下のおトク感を優先する利用者が少なからずいることを示している。LINEヤフーの担当者、須田琢磨さんはこう意義を強調する。 「再配達を減らすなど効率的な配送を実現できれば、CO2削減などSDGsにも貢献できると考えています」  このサービスは、再配達を避けるため、「確実に受け取れる日」に配送日を指定したい、という利用者の潜在的なニーズを掘り起こした点でも注目される。ただ、導入の可否は各ストアの判断に委ねているため、現時点で「おトク指定便」を利用できる商品は一部で、対象ストア内での利用率も約3割にとどまっているのが課題だという。  それでも2024年問題の関心の高まりを背景に、他の通販サイトでも同様のサービス導入の動きが出ている。 AERA 2024年6月10日号より   「便利だから」の見直し  ZOZOが運営する「ZOZOTOWN」は今年4月、注文翌日から4日以内に発送する「通常配送」よりも余裕のある配送日(商品注文日の5日後から10日後までに発送)を選択した場合、ポイントを受け取れる「ゆっくり配送」を試験導入した。担当者は「試験導入の結果が確認でき次第、本格導入に向けて検討したい」と意気込む。  2024年問題への対応は急務だ。とはいえ、単にトラックドライバーなどの「時間外労働の上限規制」の問題と捉え、それによって自分たちの生活にも影響が出るかもしれない、という受け止め方でいいのだろうか。これにSDGsの観点から異議を唱えるのが、環境・エネルギー問題に詳しい早稲田大学の納富信教授だ。 「大事なのは、私たちがどのような将来社会を望み、そのためには何が必要か、ということをしっかり見極めることです」  働く人の健康や人権を守ることも、持続可能な便利さや豊かさを追求することも、地球環境への負荷を軽減することも、すべてよそ事ではなく、これからの「自分」とつながっている。納富教授は企業や組織、個人それぞれが背伸びしすぎることなく、自身の持つ課題と社会課題との“つながり”を意識し、環境や社会へのインパクト(影響や負荷)を理解した上で行動を選択することが求められている、と指摘する。つまり、SDGsの目標達成に不可欠なのは、それぞれの主体性にほかならない、というわけだ。納富教授はこう強調した。 「便利だから、何かあった時のために必要だからと、多くの資源やエネルギーを消費してしまいがちな意思決定や行動スタイルは、見直すべきタイミングに来ているのではないでしょうか」  企業と消費者の双方が「サスティナブル・ファースト」の共通認識のもと、“真に必要なもの”を見極める能動的なライフスタイルへのパラダイムシフトが求められている。(編集部・渡辺豪) ※AERA 2024年6月10日号より抜粋  

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