撮影:深沢次郎
撮影:深沢次郎

 炭焼きをするのは農閑期の冬が多い。標高約1000メートルの武石地区の冬の寒さは厳しく、家のすぐ近くを流れる武石川の岸辺は凍りついた。写真には朝日を浴びた氷の粒が輝いている。

「夜、渓流の水のしぶきが地面に落ちてどんどん凍りつくんです。でも、朝日が当たると30分くらいで溶けちゃう。これが撮れるのは、ほんと一瞬です」

■凍った滝を目指した2人

 白っぽい滑らかな大理石のオブジェのような氷の写真もある。

「高さ5メートルくらいの岩肌に滴った水が凍りついた氷柱です。これを撮りに行ったときのことを彼は本に書いている」

 そう言うと、深沢さんは鶴岡さんの著書『まほろば夢譚(むたん)』(コスモの本)をかばんから取り出した。

 そこに収められた短編小説「黙雷」には、氷結した滝を目指して雪深い山のなかを歩く2人の男の会話が、こう描写されている。

<「どうです、まだ着きませんか?」「まだのようだ」「早く着いてくれないことには、そろそろ体力が保(も)たないです」>

「ははは。フィクション、フィクション。実際は車で行って、ちょろっと歩いたところ」と、打ち明ける。

撮影:深沢次郎
撮影:深沢次郎

 さらに、こんな描写もある。

<男はなんとしても滝を掴まえようと、懸命に撮影した。だが、凍った滝は、その美を捉えようとすればするほど、足早に逃げた。(中略)男はついにあきらめて、カメラを置いた>

「でも実際は、こんなにたくさん撮ってないですよ」と言い、深沢さんはまた笑った。

「この短編を書いたときは、朝4時ごろ起きて、一編書いて、飯食って、畑をやったりしていた。彼はいろんな文学新人賞の最終選考に結構何回も残ったんです」

■巻き戻せない時間

 鶴岡さんは10年、「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」で農民文学賞を受賞。翌年、深沢さんが撮影した炭焼きの写真を表紙に、同名の本を出版した。

「それを出したころは、『よーし、これからだ』みたいな感じだった」

 ところが、その約1年後、鶴岡さんは山仕事の事故で左目を失明してしまう。耳鳴りにも悩まされるようになった。それでも小説を諦めることなく、『まほろば夢譚』を書き上げた。

次のページ
「じゃあ、わかりました、とは行けなかった」