「助けろよ」コロナ感染拡大のタイで死亡の日本人男性は叫んだ 海外年金暮らしで見舞われた不運 (1/2) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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「助けろよ」コロナ感染拡大のタイで死亡の日本人男性は叫んだ 海外年金暮らしで見舞われた不運

連載「旅をせんとや生まれけむ」

タイの新規感染者はこの時期、1日1万人に迫っていた(提供)

タイの新規感染者はこの時期、1日1万人に迫っていた(提供)

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)
1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。

下川裕治(しもかわ・ゆうじ) 1954年生まれ。アジアや沖縄を中心に著書多数。ネット配信の連載は「クリックディープ旅」(毎週)、「たそがれ色のオデッセイ」(週)、「沖縄の離島旅」(毎月)、「タビノート」(毎月)。

「おや?」と思って立ち止まる。そしてはじまる旅の迷路――。バックパッカーの神様とも呼ばれる、旅行作家・下川裕治氏が、世界を歩き、食べ、見て、乗って悩む謎解き連載「旅をせんとや生まれけむ」。今回は、タイ在住の日本人で初の新型コロナウイルスによる死亡例ついて。

【実際の写真】先頭はずっと先…タイのワクチン接種会場はこんな感じ
*  *  *
 7月6日、バンコクでIさん(79)が新型コロナウイルスに感染して死亡した。タイ在住日本人では、日本大使館が把握する初の犠牲者だった。

 彼の死はタイの日本人社会を動揺させている。感染者が急増するなか、医療崩壊に近い現実を知らされてしまったからだ。駐在員の家族の帰国を決めた会社もある。

「助けろよ。俺を助けろよ」

 入院までのIさんの世話をしたAさん(51)は、いまでも彼が発したその言葉がふっと蘇ってくる。

 Aさんはサービスアパートに勤務している。Iさんはそこに10年以上暮らしていた。ロングステイビザをとり、物価の安いタイで年金暮らしを選んだひとりだった。この制度は20年ほど前にはじまった。当初は60歳代をタイで暮らし、70歳以降の本格老後は日本というスタイルが推奨されたが、実際は70歳をすぎてもタイで暮らす老人は少なくなかった。Iさんは毎朝、ロビーに置かれた新聞を読み、喫煙所での一服が日課だった。

 6月下旬、Iさんが姿を見せなくなった。心配になったAさんらスタッフが、部屋のドア越しに声をかける。

「大丈夫。2、3日寝れば治る」

 Iさんの声が返ってきた。彼の要望でコーラ5缶と氷をドアノブに吊りさげた。翌日はお粥、サンドイッチ……それにコーラ。食欲はないようで、コーラだけでしのいでいる感じだった。コロナに感染? スタッフはドア越しや電話で入院をすすめる。

「タイの病院は金ばかりとる。俺は嫌だ」

 頑なに入院を拒んだ。やがてドア越しに声をかけても反応がなくなり、電話にもでなくなった。Aさんらは防護服に身を包んで部屋に入った。Iさんはベッド脇に突っ伏していた。周囲の床が塗れている。トイレに行こうとして倒れたのかもしれない。まだ意識はしっかりとしていた。そのとき、彼が叫んだ言葉が、「助けろよ」だった。


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