幼い頃から、残留孤児二世として中国と日本で壮絶な差別やいじめを受け、さらに生活苦の中で就けた仕事は清掃しかなく、長らく正当な評価を受けてこられなかった新津さん。私は、そんな彼女の仕事と生き方が、多くの方に知られ、世の中の尊敬を集め、社会的評価や相応の金銭を受けることは、まっとうなことだと思っています。ですから、それだけの本を出されたことにも喜んでおりました。

 ですが、当の新津さんの考えは、そういう私の考えや「世の中の常識」とは全く違うところにありました。驚くことに、書籍の売り上げや印税といった類いのものを、全く受け取っていないそうなのです。出版社が印税を払っていないのではありません。新津さんは、「それは、私を育ててくれた故・鈴木常務や会社に恩返しすべきものなのです」とおっしゃいます。お金はいらない、でも“自分の考えや技術が誰かのためになるなら惜しみなく伝えたい”、その一心でマスコミの取材や、書籍化などの話を受けてきたと。

 今回、ロケ中に次のようにお聞きしました。「人は有名になる程に、地位や名誉、お金に揺らぎそうな生き物じゃないですか。なぜ地位や名誉やお金になびかないのですか?」

 すると、即答されました。

「興味ないね。私は少しでも現場に関わっていれさえすればいいから。じゃないと、私が私じゃなくなるからね。私は生きているうちに、携わるところ全てをきれいにしたいから。現場では毎回新しい発見があるのよ。常に自分を更新していかないと、きりがないのよ。進化していかないと。そうして、逆にお客さんに“ありがとう”って言われたら、それより嬉しいことなんてないと思ってるの。」

 番組でも少し紹介しましたが、新津さんの存在は今や国内にとどまらず、世界に知られています。はるばるイギリスBBCが取材に来日し、アジア各国から、現地の企業や空港での清掃指導に招かれ、地元新聞や雑誌に「国宝級日本人」と特集が組まれるほど。なんと中国の複数の企業からは、破格の報酬を提示され、ヘッドハンティングまでされたそうです。

 でも、新津さんは全く揺らがない。

 自らの清掃を究めるため、それらのスカウトは全て断り、むしろスタッフの少ない部署に異動し、今はハウスクリーニングという新たな現場で奮闘されています。

「4年前に、私のことを“プロフェッショナル”として紹介してくれたじゃない? でも私は自分ではそう思ってないんです。まだスタートラインに立っただけだと思ってるので、そこから新鮮な気持ちで、常に自分を更新し続けていくのが私のやり方です。」

 4年前と変わらない、いえ、さらに研ぎ澄まされていた新津さんのプロフェッショナリズムに、私たち撮影クルーは圧倒されっぱなし。

「プロフェッショナル仕事の流儀」も、放送開始から今年で13年になりますが、常に新鮮な気持ちを持ち、更新しつづけたい。まさに、自分たちの仕事への姿勢を見つめ直す、かけがえのないロケになりました。(協力/NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」ディレクター・築山卓観氏)